その日の前の日【四】

 ダンジョンに帰って来てから心当たりのある場所を探してみて見つからなかったので、とりあえずルルコットの部屋にやって来た。

 

 どこに居るか知らないかと聞いたら、ダンジョンの中にいると教えてくれた。そういえば、用事があるとか言っていたのを思い出す。こんな時間までかかっていたとは思いもしなかった。



俺は教えてもらった座標のブロックに向かう。



そこにはコノハさんと四体のゴーレム、そして一人の少女がいた。


「何をしてるんだ?」


「きゃっ」

「わっ」


 二人と四体に声をかける。四体の方はもちろん反応がない。


「ク、クレフか……?」

「そうだが、どうした」


 なぜか疑問系で確認するコノハ。


「コノハ先生、この方は……?」


 どことなく儚さを感じさせるようなか細い声だった。クリーム色の長袖に、淡い緑色のチェック柄のスカート。両の足首には白と黒のバングルを嵌めているのが目に入る。

 何度か見たことはあるが、この女の子の名前までは知らなかった。


「ああ。クレフ・クレイジーハート。このダンジョンの主人マスターだ」


「ふぇっ!? すすすすみませんご主人さま、た、大変な失礼を……」


 わたわたと慌てるその少女は、コノハと背格好が殆ど変わらない。だが、コノハはその姿にどことなく完成された雰囲気を纏っていて、一方で少女の方はまだあどけなさが残る。


「いい。気にするな。そう、それよりコノハに話があって来たんだ」

「わ、わたしにか?」

「ああ。急なんだが、明日――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 コノハが慌てた様子で俺の言葉を遮る。


「事情をよく分かっていないんだが、その、戻ることはできないのか? 私は見るのも初めてで、なんというかその、落ち着かないんだ」


「え、あ、そっか」


 パリッと、脳に電気が走る感覚がした。


 さっきコノハさんがどこにいるか聞いたときにルルコットから何も言われなかったから、自分のことながらすっかり忘れてた。


コノハさんに一通りの事情を説明する。


「――なるほど。ルルコットの魔法だったのか」

「うん。『オーバーライド』だと人格まで変わっちゃうんだけど」

「そうなのか――あれ? じゃあさっきまでのは――」

「言葉遣いはセリナさんに無理やり変えられただけなの……」


 話し方が変わっていたことに自分で気付かなかったのは、幻惑の魔法にでも掛けられていたせいに違いなかった。あとでセリナさんに聞いておかないと。


「ううむ。分かったら分かったで、その姿でいつものクレフの口調で話されるのには違和感があるな」


 もうすっかり慣れたコノハさんが、いつもの調子に戻って言う。お馴染みの銀色のゴーレムが差し出した分厚い手のひらに腰かけたので見上げる高さになった。いつもと違ってちょうど膝が目線の高さになる。その位置は目に毒だった。


「逆に僕の方はもう戻せないよ。コノハさんの方に慣れてもらうしか」


 セリナさんもあれだけ強く言っていたことを考えると、相当の違和感を人に感じさせるんだろう。まだ鏡で自分の今の姿をちゃんと見ていない僕にはわからない感覚だった。


「いい、わかった。ところでわたしに話というのは?」


「そうだった。急なんだけど、明日の朝に隣の世界に渡ることになって。コノハさんに着いてきてもらいたくて」

「明日? また急な。それはどこに行くのだ?」

「どこって……そういえば聞いてなかった。世界に番地とかあるのかな?」

「クレフ、どこまで冗談かわからない」

「えっと、ルルコットの知り合いがお城の設備を新しくしたみたいで、見に来ないかって言われたんだって。それで僕たちが行って勉強してくることになったんだ。ルルコットは今回は行かないんだけどね。一度行ってるからって」

「そんなでたらめな」

「でもいい機会かなって。ほら、別の世界のダンジョンの経営の中身なんてそう見れるものじゃないから。昨日の一件で僕はまだまだ力不足だなって思ったのもあるんだけど」


 なにかトラブルが起きたとき、まだまだ僕だけの力じゃとても対処しきれない。コノハさんはもちろんのこと、ルルコットやディアフォールの力を借りて、ようやく乗り切ることができるくらいの力しかまだ僕にはなかった。


「そうか」一転、まじめな顔になるコノハさん。「それで、なぜわたしなんだ」


 ゴーレムの手の上、高い位置で、じっと僕を見て聞く。


「えっと」


 理由を聞かれるとは思っていなかった。


「来てほしいから……じゃダメかな?」


 コノハさんは挑むようにも探るようにも見える目で、僕をじっと見つめた。

 そして、口を開く。



「誘いはありがたいんだが。どうもそういうのはわたしには向いてないと思うんだ」



 目をそらされてしまう。僕が何か言葉を返す前に、コノハさんが言葉を続けた。


「いや、ただ断りたいわけじゃない。そういう話なら彼女を連れて行ってやってほしくてな」

「ひゃい!」


 急に話を向けられた女の子が飛び上がった。


「びっくりして変な声出ちゃいました……」


 少女が消え入りそうな声で呟く。


 僕もびっくりした。目線が上がっていたせいで途中から存在を忘れてた。


「えっと、この子は?」

「私の弟子だ。ほら、自己紹介」

「はい、シュナエラ・トーリといいます。まだ見習いですが、コノハ先生のところでお仕事をがんばってます」


 女の子は、今度は呼吸を整えて言った。僕を見上げて、まっすぐな目ではっきりとした自己紹介をした少女に悪くない印象を抱く。


「コノハさんの弟子ってことは、操霊士そうれいし?」

「いや、魔導召喚士だ。教え甲斐があるよ、シュナは」


 僕の質問にコノハさんが答える。


「わたしはまだまだです……いつもコノハ先生の足をひっぱってばかりで……今日もお休みの日なのに私の訓練に付き合っていただいて……」


コノハさんの言っていた用事とは、弟子の育成だったんだと分かる。


「魔導召喚士か。すごいね」


 コノハさんは操霊士だ。鍛錬した魔石や魔導金属を基軸ベースに生命体を錬成し、それを使役することができる。自らの手で一から作り上げていくから、錬成された生命体をどこかに出し入れすることはできない。使わないゴーレムは、倉庫で眠っていてもらうことになる。


 リックは、召喚士に分類される。契約した精霊を精霊界から呼び出し、使役する。

 操霊士と違って、召喚士は使役対象を自分の好みにカスタマイズすることができない。精霊を改造したなんて話をどこかで聞いた気もすれけど、そんなのは例外中の例外。


 そして、呼び出したい精霊が別の召喚士に呼び出されている最中は、もちろん呼べない。召喚士の才能だったり契約の優先順位だったり他にも色々な要因はあるけれど、そういう理由もあって普通は複数の精霊と契約する。

 精霊の中には絶対に一人としか契約しないものもいて、一族代々で受け継がれる場合が多かったりする。


「その二体が、えっと、シュナさんの使い魔になるのかな」


 普段見慣れない、黒と白のゴーレムを指差して言う。コノハさんの銀色のゴーレムより一回り小さい土色のゴーレムよりも、一回り小さい。つまり、コノハさんの特製ゴーレムより二回り小さい。


「は、はい、そうです」

「この形にしたんだね」

「わたしが勧めたわけではないんだが……シュナがどうしてもと言うのでな。造形のディテールはともかく、最初は人型ひとがたがいいのは間違いないからこれで訓練していたところだ」


 魔導召喚士は、操霊士と召喚士のちょうど中間のような存在だ。自らが錬成した媒介に、精霊素子を魔力で留め、生命体を作り上げる。


「と、そうだったな、今日はここまでにしよう。解放リリースしていいぞ」

「はい、先生」


コノハさんの言葉に従い、シュナが二体のゴーレムに近づいた。それぞれがシュナの右手と左手を取る。小さめとはいえゴーレム自体が大きいので、手を取るとか繋ぐとかいうよりは、シュナにお手をするような形になった。


「おつかれさまでした」


 パンと弾ける音がして、二体のゴーレムは黒色と白色のあぶくとなって消えた。シュナの手には白と黒のバングルが残っていた。


シュナはそれを両の手首にはめる。


「え、それが媒介?」


 驚いて思わずたずねる。


「はい。身に着けるものの方がいいと思ったのですが、指輪みたいに小さいものだと魔力をうまく留められな……留められませんでしたので、この形に……」

「バングルって、十分小さいよ」


 その手にはめられているものを見て、誰も媒介だとは思わないはずだ。球体が一番精霊素子を留めるのに適した形というのもあって、それこそ水晶玉みたいに加工して持ち歩く魔導召喚士が多い。


「シュナなら問題なく『橋』も渡れるだろうと思ってな」


コノハさんが最初の話に戻してくれた。

確かにこれだけの魔力制御ができれば世界を渡る間は十分耐えられそうだ。


「コノハさんは、やっぱり来てくれないんだね」


 頑なに弟子を進めるコノハさん。


「さっきも言ったが、そういう話ならわたしよりシュナの方がいいと思うぞ」


 意思は、固そうだ。本当の意図は僕にはわからないけれど、拒まれているのは事実だった。


「そういうわけだから、明日はわたしの補佐はいい。いや、数日間か? とにかく、別世界の旅を楽しんできてくれ」

「で、でもそれだとご主人さまが」


シュナが、僕とコノハさんの顔を交互に見比べておろおろしている。このままじゃかわいそうだから、コノハさんのことは、本当に残念だけど、今回はあきらめることにした。


「コノハさんがこう言ってくれてることだし、シュナさんがよければだけど、行く?」

「――はい」


 まだコノハさんに気を遣いながら、それでもシュナは、はっきりとした返事をした。


「また帰って来てから話を聞かせてくれ」


 コノハさんがシュナにかける声に寂しさが混じって聞こえたのは、僕の気のせいかもしれない。


「はい、いっしょうけんめい、ご主人様について勉強してきます。ご主人様、よろしくお願いします」

「僕も勉強することばかりだと思うけどね。こちらこそ、よろしく。それと」ずっと気になっていたことを口にする。「そのご主人様って呼び方はやめてほしいかな……」


 二人だけの時とかならまだいいけど、外を歩いている時にこの見た目の女の子にご主人様と呼ばれるのはさすがに抵抗があった。マスター、とかなら、まだ呼ばれ慣れている分いくらか許容できそうだった。



「す、すみません。では、え、えっと……お兄様?」



おにいさま?



「え……え?」



 動揺を禁じ得ない。


「え、ダメでしたか? メアさんがいつも『お兄ちゃん』と呼んでいるので、そういう呼び方がお好きなのかなと――」


「……メアは僕の実の妹だからね」


 これはメアがちゃんと話していないか、ちゃんと嘘を話しているかのどっちかだ。お願いだから前者であってほしい。


「そうだったんですか!? ホントのお兄様だったなんて、え、だってメアさんは『お兄ちゃんはお兄ちゃんって呼ばれると喜ぶから』って言ってたのに……」


 後者だった。


「って、コノハさん! 絶対そのとき横で聞いてたでしょ!? なんで訂正してくれないの!?」


「ああ、それくらいなら問題ないかと思ってだな」

「問題あるよ! 変な印象を与えてたらどうするの!」


 これから数日一緒に旅をするのに。



「大丈夫です、お兄様のことは、ちゃんといろいろお聞きしてますから!」



 シュナのフォローにならないフォロー。何をちゃんといろいろ聞いているのか、すごく心配だった。

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