長谷川きらりの冒険
彩瀬あいり
01. 長谷川きらりの再来
人間、眠っている時は必ず夢を見るらしいけど、私は全然覚えていない。
ごくたまにやたらリアルな夢を見て――改めて考えると人間関係がおかしいんだけど――、起きた時に「あれ?」って夢か
それは
「キラリ様、よくぞ参られました」
「お懐かしゅうございます、キラリ様」
「お元気そうでなによりです、キラリ様」
キラリ様キラリ様キラリ様
耳がキラキラするぐらい連呼される「キラリ様」って一体なんだろう?
マントとかローブとかを身につけたファンタジー的な服装の人々が目線の下に居る。私は彼らより高い位置に居て、見下ろしている状態だ。
居たたまれない。注目を浴びるのは苦手なのだ。そのうえこの崇められているような状況はなんなの。教祖? 教祖なの? 宗教団体の人達ですか?
動転する私をよそに、真ん中にいた人が代表なのか、
「御呼びたてして誠に申し訳ありません、キラリ様。ですが、まずは御身をお休めください。事情はそれからお話させて頂きます」
「…………」
やっぱりキラリ様って私のことだったらしい。冗談じゃない、私はキラリなんて素っ頓狂な名前じゃない。
すみません、人違いです。
そう言おうとした時、ドーンという重い音が響き、薄暗い部屋に光が刺した。正面の扉が開き、外の光が入ってきたのだ。その光を背に五人の人影が立った。
「キラリ!」
「キラリ様」
敬称があったりなかったりしたけど、例外なくキラリという名前を発したのは、複数の男の声だ。どうしよう、訂正する前に相手側の仲間が増えた。
この調子でなし崩しに間違えられて後で問題になったら困るだろう。
私はさっきの代表者っぽい人に声をかけつつ、高座から足を降ろそうとし、想定より床への距離があった為
に足を着きかねて転び、痛いと思った時には意識が暗転していた。
目が覚めると白いカーテンに遮られた広いベッドに寝ていた。
知らない天井だ……と、一応呟いておいて、身体を起こす。目覚めてコレってことは、夢オチじゃないらしい。
着ている服は私が認識するかぎり、今朝着た服そのままだ。ジーンズにTシャツ。日焼け防止にUVカット仕様のパーカーを羽織っている。昼ご飯を買おうと出かける矢先だった――はず。
なんとなく気落ちして
手の平返し。
ふとそんな言葉が頭をよぎり、日本語って面白いなーと改めて手をくるくると裏返していると、衣擦れの音が聞こえた。
「キラリ様、お気が付かれましたか?」
「あ、はい」
シャっとカーテンが開き、さっきの青い瞳の代表者さんが姿を現した。禿頭が目に眩しい。
万に一つの可能性として「ここは病院でした」っていうのは、儚く消えたようです。
「御目が覚めて良うございました。皆、心配しております」
「あ、はい」
「どこか痛いところはございませんか?」
「そうですね、寝ているかぎりでは平気そうです」
「安心いたしました」
柔らかな安堵の声。本当に心配してたようで、胸がなんだかあったかくなる。善意ってこういう気持ちを言うんだろう。
なんだか和んでしまって、私は状況を忘れていることに次の言葉で気づいた。
「それでキラリ様、今回の召喚についてご説明させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
まったくちっともよろしくない。
「あ、あの!」
「はい?」
「私、ですね。違うんですよ」
「違う、といいますと」
「ですから、私はそのキラリ様とやらじゃないんです」
「……はい?」
かくかくしかじか。
説明するほどの内容がまったくないが、とりあえず私の主張はただひとつ。
キラリ様って誰やねん。
「違うと申されましても」
「いや、だって顔とか違うんじゃないですかね」
「お顔ですか? 美しい黒髪と黒を帯びた瞳、キラリ様の特徴そのものではありませんか」
「いや、それだけで判断されても困るんですけど」
アジア人の顔は見分けつきませんってことなんだろうか。たしかに私も日本人以外の人種は、よっぽど特徴的じゃないかぎり判別が難しいけども。
あれこれ応酬を重ねた結果、顔の造作云々ではなく、色だったり髪型だったりでキラリ様認定されているらしいことがわかってくる。
そんな馬鹿な話があってたまるか。髪なんてそんな一時的な物を判断材料に加えないで欲しい。自分が縁遠いせいで、髪の毛は伸びるんだっていう当たり前のことを忘れてしまっているんだろうか、この
「でしたら、貴女様は一体どなたなのですか?」
「私は小林文乃です、人違いです」
「オハヤシ・ウミト?」
お囃子・海と。なんとも陽気で夏満載な名前だな。
困惑気味のおじさんは、なにやらぶつぶつ呟いている。どうして、何故とか言うのは正直こっちの台詞である。どう声をかけるべきか悩んでいたら、自問自答がひと段落したらしいおじさんが私に向き直り、口を開く。
「わたくし共と致しましても、何がどうしてこのような事態となったのか分かりかねますが、貴女はキラリ様ではないのですね?」
「違います。……申し訳ないですけど」
「――いえ、謝罪すべきはこちらの方です」
あまりにも消沈しているので心苦しくなって思わず謝ってしまったが、おじさんも沈痛な面持ちで謝罪を口にする。
そして説明が始まった。
この世界は、私の住む世界とは違う世界――異世界ってやつらしい。わー、二次元の定番だーと乾いた笑いが漏れる。
ティアドール王国というのが今いる国で、諸外国との小競り合いが絶えない競争社会。元々あった帝国が倒れ、各国が独立して治めているが、属国意識が抜けきれずに合併する国が続出し、帝国崩壊後は十六あった諸国は、今や七つと数を減らしている。
そんな中、ティアドール王国は豊富な魔力で名を上げており、国土は小さいけれど、国力は引けを取らないと高評価を受けている、ランク的には中間位置にいる国だそうだ。
魔力。これまたお約束ワードが出てきたなと私は胸中で呟く。
禿頭のおじさん――名をヴ・テオルドさん。誰かに似てると思ったら、去年定年退職した大森部長だった。そんなわけで、私の中で彼の渾名は「部長」になった。
部長(仮)の説明を理解しやすいようにかみ砕くと、こうなる。
魔力の強いティアドールをよく思わない諸国からあれこれと喧嘩をふっかけられていたが、ついに国内に攻め入るぐらいの問題に発展しつつある。モチベーションを上げる為にも、救世主たる稀代の聖女・キラリ様を再び呼んで、旗頭として頑張ろうではないか! ということらしい。
なんということでしょう。キラリ様は聖女だったよ。神々しいっていうより、私の認識ではパチもん的なイミテーションの煌めきって気がするけど、なんだってそんな名前にしたんだろう。胡散臭いことのこの上ない。
「ですが、それがキラリ様のお名前ですし」
「え、本名なんですかそれ」
「ハセガワキラリ様とおっしゃいます」
救世主を探すというのは、わりとよくあることらしい。
なにか問題が起こった時、それに対処する人を認定するのだ。人それぞれに特性があるのだから、その事態に最も適した人材をあてがって収拾を図るという。
そうきくと、あながち間違った方法じゃない気がするから不思議である。
救世主は国内に居る誰かかもしれないし、別の大陸に住んでいる外国の人かもしれない。召喚陣によって呼ばれる為、どこの誰かは呼ぶまでわからないのだ。別の世界からという話も、珍しいことではないらしい。ハセガワキラリもその一人だ。
彼女は五年前この地に降りて、なんと帝国大崩壊に一躍かった英雄なんだそうだ。当時の年齢、十五歳。若さのパワーである。
溢れんばかりの聖なる魔力をその身に宿し戦う少女――、うん、十五歳だもの、魔法少女の許容範囲だろう。名前もソレっぽい。問題なのはそれが本名だってことなんだが。五年前が十五歳なら今年で成人か。
就職活動に支障が出ないことを陰ながら祈っておく。
最初は帝国を倒すような大それたことをするつもりはなかった。だが、皇帝の横暴さに耐えきれなくなっていた諸国がそれぞれ奮起し、ティアドールも魔力の担い手として参戦することになってしまう。皇帝も高位魔力の使い手として名を馳せており、対抗手段として駆り出されたのだ。
戦いは熾烈を極める。血で血を染める武力的な戦いではなく、争いを鎮めるような、正しい魔法で負の魔法を抑え込みたいと考えたティアドール陣営は、召喚魔法を実行した。そうして現れたのが、ハセガワキラリである。
召喚した少女は、五人の守護騎士に見守られながら、聖力を扱う修行をして、魔法を覚えていく。
聖魔法の属性は光、
そして古代魔法によって皇帝は消えた。
文字通り、存在が消えたという。悪魔に魅入られていて、もはや人間ではなくなっていたとも言われている。
皇帝の側近達は捕えられ、ある者は幽閉され、ある者は処刑された。
解体された帝国は、それまで各諸国を治めていた長により、それぞれが独立。幾つかの同盟は結んでいるものの、ティアドールはどことも合併せず、今に至っている。
「えーと、それで今回はどうしてまたキラリ様を呼ぶ話になったんでしょうか? また何か問題が起こったとか」
「そうですね。お話した通り、我がティアドールは穏健派を貫いており、領地を積極的に広げる気はないのです。ですが、この地を組み入れたいという国は増える一方でして……」
「防衛対策として呼んだんですか?」
「キラリ様のお名前は広く知られております。争いを血を流すことなく沈めた聖女として」
「ええ、それで?」
「聖女が再びお姿を現し、お声かけ頂ければ、彼らも引いてくれるのではないかと思いまして」
「なるほど、騒動の鎮静化を狙っていると」
「我々としては、互いに不可侵を守ることが出来れば、それで良いのです」
ティアドールは魔法の力でふわっと生きてる草食系国家で、侵攻国は血気盛んな脳筋国家。
相容れるわけがない。脳筋は人の話をまず聞かないからな。
「事情はわかりましたが、私は本人ではないので、如何ともしがたいのですが」
「仰せの通りです。ウミト様には申し訳なく……」
うん、ウミトじゃなくてフミノな。
「それで、私は一体どうなるんでしょうか」
人違いとわかったら殺されるようなタイプの国家じゃないことは確かだ。部長もいい人っぽい。
だが、個人としての感情と、国としての扱いはまた別だろう。私としては、時間と事情が許すなら、少しばかり観光したい気分だけど、
「私の一任で決めていいものでもありません。まずは王に物申しご判断を仰ぎます」
社長決裁でした。
社長――もとい、国王様と会う手筈を整えるまでは、部屋に居てくださいと言われて、私は備え付けのソファーに座りこんだ。座面は少し固め。やたら沈むソファーが苦手な私としてはいい感じの感触である。
ここはキラリ様の部屋らしい。かつて彼女が過ごした部屋で、召喚に際して掃除をして準備していたという。違う人が使って申し訳ないかぎりである。
陽の差し込まない位置に背の高い本棚があり、異世界の本に興味を惹かれて近づいてみる。背表紙に書かれた文字は読み取れない。
ですよねー。
と思って、ふと重大なことに私は気づいた。
あれ? なんで言葉通じてるんだろう。
お互いの意思疎通が何の問題もなく行われている。あまりにも自然で疑問にすら思わなかったが、これは一体どういうことなのか。勝手に頭の中で翻訳とかされちゃうご都合主義的な設定だろうか。
――まあ、通じないよりいいか。言葉もわからない中で不安に潰されるより、何が起こっているのか把握できる分、心の負担は減るというものだ。
目の高さにある深緑色の分厚い本を一冊引き抜いてみる。表紙の文字もやっぱり読めない。アルファベットとも違う、手がかりひとつない文字に、私はお手上げだ。辞書が欲しい。
パラパラとめくってみると、紙は大分黄ばんでいて、古本のように見えるが、ひょっとしたら紙の質が悪いだけで、比較的新しいのかもしれない。
別の本もめくってみる。たまに絵が挿し込まれているが、ジャンルがよくわからない。外国童話っぽい挿絵だけど、物語とは限らないわけで。
まあ、何にせよ読めないのだから意味がない。何かひとつ取っ掛かりでもあれば推測も出来そうなものだが、文字がわかったところで、単語の意味がわからなければ、それもまた無意味だろう。
要するに、林檎がアップルであることは知っているけど、この世界において林檎を表す単語がわからなければ、文字は読めても内容を理解できないということだ。
諦めて別の場所を観察する。
アンティーク感溢れる鏡台が目に入る。机上には何も置かれていない。全部仕舞ってあるんだろう。見てみたいけど、部屋の主は私を想定しないことを考えると、他人の引き出しを勝手に開けるみたいで気が進まない。
部屋の広さは、私の感覚でいうと中会議室ぐらい。普段座っている執務室より広いので、一人で居ると広すぎて落ち着かない。
壁に沿ってゆっくりと部屋を一周する。二つある扉のうち、片方は廊下に出る扉だ。もう片方が気になって、そっと開けてみる。勿論、ノックをしてから。
そこは衣裳部屋だった。
布をたっぷり使った贅沢なふわっふわのドレス。つばの広い帽子が何種類が置かれているし、レースやリボンも沢山吊るされている。服飾関係が好きな人は涎ものだろう。生憎と私は女子力が低いので、これを見ても「うわーすごいなー」で終了する残念仕様だ。
これはやはりキラリ様の為、なんだろう。一体何者なんだ、キラリ様。
ハセガワキラリ
名字はおそらく長谷川だろうけど、名前の方はどんな漢字か想像がつかない。姫羅璃とか、そういう当て字系?
長谷川姫羅璃
字面がうるさいので、脳内で考える時は平仮名表記にしよう。
長谷川きらり
うん、柔らかくなったけど、女児アニメの主人公っぽい。――魔法少女だから間違ってないか。
衣裳部屋から出たところで、廊下側の扉がノックされる。
「ウミト様、よろしいですか?」
「はい」
扉の向こうから姿を現したテオルドさんが告げた。
「王がお待ちです」
社長面談の始まりである。
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