【第120話】対峙

「……なるほど、そんな事が……それはすまなかったね、神官殿」


 シリューから、かい摘んだ経緯を聞いたカルヴァートは、頭を下げミリアムに謝罪した。


「そ、そんな、カルヴァート様のせいじゃありませんっ」


 仮面の男がカルヴァートの偽物とわかったミリアムは、ようやく落ち着きを取り戻し、頭を下げられた事に逆に慌てる。


「いや、私の治める街で、私の顔をした者が起こした事だ。防げなかったのは、私の責任だよ」


 上辺だけではなく、本気で責任を感じているのだろう、とシリューには思えた。ただ、この悪趣味な部屋に、これ以上留まって話をする気にもなれなかった。


「とにかく、皆を連れて上のホールへ行きましょう」


「ああ、そうだな。ここは空気が悪すぎる」


「あの、シリューさん、それなんですけど……」


 解放され座り込む4人の前で振り向いたミリアムは、眉間に皺を寄せ不安げな表情を浮かべた。


「どうした?」


「……それが……」


 ミリアムが指さした人たちは皆、瞳孔の開いた虚ろな目で、低い呻き声をあげている。


「はっはあああっっ!」


 時折何かに酷く怯えたように叫び、呼びかけにも全く反応が無い。その中には捜索対象であるジャネット聖神官の姿もあった。彼女は床に蹲り、痙攣するように身体を揺すり、涙と鼻水と涎を垂らし虚空を見つめていた。


「恐らく……精神に異常をきたしてるんだと思います……」


 ミリアムは彼女らの惨状に、耐えきれず顔を背ける。


「長い間あんな状況にあったんだ、無理もないか……ミリアム、魔法で……何とかならないかな?」


 シリューの問いにミリアムは空しく首を振る。治癒魔法で怪我は治せても、病気や病んだ精神を治す事はできない。


「聖系魔法では、無理です……でも、シリューさんのセイクリッド・リュミエールなら……」


 ミリアムは、そっと顔をあげ胸の前で手を組み、期待の色を滲ませた瞳でシリューを見つめる。


「……セイクリッド・リュミエールか……」


 確かに、光系魔法セイクリッド・リュミエールは魔力を絞って発動すると、心の不安を取り除いたり、精神を安定させたり出来る効果はある。だが本来は広範囲で闇の眷属や邪悪な者を消し去る、浄化系の魔法だ。自我を失うほど精神を壊した人たちに、効果があるとは思えなかった。


「……ん、まてよ……セイクリッド・リュミエールを精神安定に特化出来れば……」


 元からある効果の一つを切り離し強化する。それは治癒を再生に変質させるより、ずっと簡単な気がした。


 ギフト【生々流転】


 未だに理解できていないが、分かった事が一つだけある。




【光浄化魔法:セイクリッド・リュミエールを、向精神作用に特化。セイクリッド・ベンゾジアーセに変化します】




 そう、〈変化〉だ。


「自分で言うのもなんだけど……ご都合主義極まれりってとこだな。ま、必要だから便利だけど……」


 今のところ、必要な時に必要な形に変化する、としか言えないが、それでもかなりぶっ飛んだ能力だ。


 シリューは4人の傍から、ミリアムを下がらせる。


「シリューさん?」


 怪訝そうな表情のミリアムに、シリューはフェイスカバーを首までおろし微笑んだ。


「多分行けると思う……セイクリッド・ベンゾジアーセ!」


 眩い光が4人を包み、まるで憑き物をすべて焼き尽くすかのように、螺旋を描き天井へと立ち昇り、やがてゆっくりと消えてゆく。


「あ……」


「え? わ、私……?」


 消えた光は、彼女たちの瞳にその欠片を残し、表情には人間らしさが戻る。


「当分の間はケアが必要だと思うけど、多分もう大丈夫だよ」


 複雑な表情を浮かべるミリアムに、シリューは頷いて見せた。


「シリューさん……」


「また嫌な思いをさせたかな……?」


 宿での事を思い返し、シリューは遠慮がちにそう言った。


「そ、そんなっ、そんな事っ……」


 ミリアムは、ピンクの髪を揺らし何度も何度も首を振った。


「とにかく、後は任せた。何かあったらすぐ避難できるように、1階のホールで待機してて」


「シリューさんは?」


 シリューはぴんっと人差し指を立て、天井を見上げた。


「あんまり待たせちゃ、失礼じゃないかな?」


 シリューに倣って上を見上げたミリアムは、思い出したように頷きそして笑った。


「気を付けて」


「ああ。じゃあちょっと行ってくる。ヒスイ、ミリアムと一緒にいてっ」


「はい、です」


 ヒスイがシリューのポケットから出て、ミリアムの肩にとまった。


 2人に微笑んだシリューはフェイスカバーを鼻まで引き上げ、地下シェルターを出て1階への階段を昇る。向かったのはホールの奥、残る2人の使用人がいる部屋だ。


 シリューはホールを抜けて部屋の前で立ち止まり、勢いよくドアを蹴破る。


「一度やってみたかったんだ、これ」


「むっ」


「貴様はっ」


 中の2人は、相当な訓練と実戦を経験しているのだろう、ドアが破壊された事にも驚く様子はなく、冷静に剣を抜いて構えた。


 だがわざわざそれに付き合ってやる必要はない。


「ショートスタン!」


 二つの電撃が走り、貫かれた2人の男が崩れ落ちる。


 城の使用人は全員沈黙させた、これでミリアムたちの邪魔をする者はいない。


 シリューは階段を翔駆で一気に駆けあがり、3階へ向かう。


 地下で多少時間を食ったが、金の仮面の男を示す輝点はまだ3階南側の部屋にあった。


「気付いてないのか……?」


 そう思ったが、森での戦闘でも用意周到だった相手だ。何らかの仕掛けを用意している可能性が高い。


 シリューはドアの正面から外れ、壁に背をつけ中の様子を走査する。特に魔法的な罠は無いようだが、発動前の魔法陣なら反応しない。


「仕掛けがあるなら、力技でゴリ押すまで……ガトリング!!」


 毎分6000発の金属の雨を喰らった木製のドアは、跡形もなく粉々に吹き飛んだ。


「おやおや、まったく君たちは、ドアの開け方も知らんのかね?」


 シリューが部屋を覗き込むと、奥の窓際に大きな執務机があり、相変わらずカルヴァートの顔をした偽物が、ゆったりと椅子に腰掛けていた。


 ドアの真向かいにある壁は、ガトリングの掃射を受けて大きな穴が開いている。


「君たち……?」


 ここにはシリュー1人しかいない。


「ああ、あの神官のお嬢さんだよ。彼女も、ドアは蹴破る物だと思っているらしい」


 男はそう言って肩を竦めた。


「……なるほど……アレね」


 魔石を保管してあった部屋の、派手に吹き飛んだ2枚のドア。シリューはその時の様子を思い返し……納得した。


「さあどうぞ、入り給え」


 男がにこやかに手招きをするが、シリューは入口を入ってすぐに立ち止まり、床に敷かれた絨毯を蹴り飛ばす。


 むき出しになった床には、思った通り発動前の魔法陣が描かれていた。


「フレアバレット!」


 バランスボール大の炎で、床の表面を魔法陣ごと焼き焦がす。


「気付かれた、か……」


 男の目に、僅かな動揺が浮かんだのをシリューは見逃さなかった。


「いつまでその顔でいるつもりかなぁ? 地下牢で本物のカルヴァートさんを保護したんだけどね」


「そうか……ではもうこれも必要無いな」


 男はゆっくりと首輪を外した。首輪が眩く光ったほんの一瞬に、男は新たな仮面を装着して素顔を隠す。


「予備もあったのか……でも」


 シリューは即座に解析をかける。


 だが……。




【解析が拒否されました。高度な隠蔽アイテムの使用が認められます】




「なっ!?」


 他人に擬態してまで事を成そうとする相手だ、認識阻害や正体を伏せる隠蔽のアイテムを使っていたとしても不思議ではない。だが解析を弾くような隠蔽アイテムなら、おそらくアーティファクトだ。


「ん? まさか、『鑑定』持ちですか?」


 水の入ったグラスを弾いた様な、甲高い音が響いたのを聞いて、男が自分の左腕に装着した腕輪を、袖を捲って確認する。


「さあ? なんの事かな」


 『鑑定』はおそらく『解析』の下位互換だろう。本当の事をわざわざ教えてやる必要はないが、驚いたのは男がスキル名を口にした事だ。


 スキルやステータスの概念は、異世界人かその血を継ぐ者だけだと、以前パティーユから聞いた。だとすればこの男は……。


「何の話かは分からないけどね、お前が魔族だっていうのは分かってるよ」


「……ああ、なるほど。部下たちを鑑定したわけですね……」


 シリューは答えなかったが、男は納得したように頷いた。


「実に面白い……君の正体に、非常に興味が湧いてきましたよ『断罪の白き翼ブランシェール』さん」


 男が金の仮面越しにシリューを見つめ、ゆっくりと立ち上がった。


「男に興味を抱かれるのは、勘弁してほしいなぁ」


 解析を使ったのは悪手だったかもしれない、結果的に相手の正体も掴めないまま、自分の正体を探るヒントを与えてしまった。


 僅かなシリューの焦りを、男は見逃さなかった。


 男の放ったダガーが、シリューの眼前に迫る。


「くっ」


 想像以上の速さに、シリューは辛うじて身を捻りそれを躱す。次の瞬間。


「なにっ!?」


 シリューの周りに光の壁が出現した。


「魔法陣結界!? どうやって」


 床に描かれた魔法陣は床と一緒に焼き尽くした筈だった。


 男は楽しそうに指を伸ばし、天井に向ける。


「君は面白いように罠に飛び込んでくれますねぇ」


 光はシリューが顔を向けた木の天井を透し、更にその奥から降り注いでいた。


「二重の罠、床は囮か」


 男には、ただ逃走の時間を稼ぎたかっただけで、はじめからシリューと闘うつもりなど無かったわけだ。


「積もる話は次の機会に。では、今度こそご機嫌よう、白き翼」


 床から光が弾け男を包む。


「待てっ!!」


 姿が消える瞬間、シリューの声が聞こえたのか男は陽気な仕草で右手を挙げた。


「機会があれば、ですが……」


 余韻のように、男の声だけが残った。





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