【第115話】ミリアムの受難part2
「これはこれは、『断罪の白き
男は瞬く間にシリューの懐に迫り剣を一閃、シリューは左の剣でそれを受け甲高い金属音が響く。
ランドルフよりも遥かに早い。だが、捉えられない程ではない。
シリューは右の剣を薙ぐ。男がバックステップで躱すのを、追撃し、左の剣を逆袈裟に切り上げる。男はシリューの右に踏み込みそれを躱し、右上から袈裟に斬り、躱したシリューを逆風の太刀で左上から右下へ斬り下ろす。シリューは右の剣で逸らし、そのまま回転し男の顔へ回し蹴りを放つ。思わぬ動きに避けきる事の出来なかった男の、顔を覆った金の仮面が割れて飛び散る。男は若干バランスを崩しながらも、鋭い突きをシリューの喉めがけて放つ。
「やっぱりね、あんただったか……カルヴァート伯爵」
突きを躱し翔駆で一旦距離をとったシリューは、男の顔を確認し納得したように頷いた。
「その言い方だと、前から気付いていたような口ぶりだな……」
カルヴァートは切れた唇の血を左手で拭い、ニヤリと笑った。話し方も変わっているが、もう他人の振りをする必要が無いからだろう。
「殺し屋を差し向けたのは不味かったね」
「なるほど、カタリーナとサムリを殺したのは君か……」
「残念ながら違うね、僕は話を聞いただけだよ」
正体を誤魔化すための嘘だが、実際狙われたのはシリューであり白き翼ではない。完全な嘘とも言えないだろう。
「どちらにしても、君にはここで退場願おうか」
カルヴァートは剣を立てて、八相に構えた。
「無理だね、クイックドロー!」
シリューはカルヴァートの右膝を狙い魔法の不意打ちをかける。
だが、カルヴァートはまるでその行動と軌道を予測したかのように、剣の腹で弾丸を弾く。
「無詠唱か……惜しいな。スピード、パワー、更に魔法。どれも私よりも随分と上だ……だがまるで素人……それでは魔物には勝てても人には勝てんよ」
シリューはランドルフの言葉を思い返した。『剣に関してはド素人……人を殺した事が無い……』、だったか。
「ご丁寧に、どうも。前にも言われた事があったよ」
スピードやパワーだけでは、人間の達人には勝てない、という事か。何となく理解は出来る。
だが、決め手が無いのはカルヴァートも同じだった。
「とは言え、ワイバーンを1人で倒した君が本気で殺す気になれば、勝てるのは私の師匠ぐらいだろうな。もう少し君と遊んでいたいが、まともにやっても勝てる気がしないのでね、私はこれで失礼させてもらうよ」
「逃がすか!!」
シリューが一歩踏み込もうとしたその時。足元の地面から光が吹き上がり、シリューを閉じ込めた。
「なっ、魔法陣!?」
光の壁に触れた手が、まるで殴られたように弾かれる。
「気付かなかったか? 君は罠に誘導されていたのだよ。それは物理結界の魔法陣、ただ、閉じ込めた者の魔力を急速に奪う効果もある。君はそこでじっとしていたまえ」
カルヴァートは嗜虐的な笑みを浮かべて、ミリアムの傍へ歩いて行く。
「待て! 何をする気だ!!」
「彼女には私の偉大な研究の実験台となってもらおうと思ってね。非常に高い魔力に身体能力……なかなか弄りがいがありそうで、楽しみだよ」
「い、いやっ、や、やめて、やめてぇ」
ミリアムは抵抗する素振りさえ見せず、ただ怯えて蹲り震えていた。
男の言葉と態度、そしてミリアムの姿に、シリューは何かが切れる音を聞いた。怒りが湧き上がり、今まで経験の無い感情が膨れ上がる。いや、前に一度だけ、腫れあがったミリアムの顔を目の当たりにしたとき、一度だけ感じた激情。
殺意。
「ふざけるな! ガトリング!!」
怒りに任せ、殺すつもりで男を直接狙った。
「くっ、まさか!? その中にいて魔法を使えるとはっ」
だが、結界の効果に邪魔され、いつもの10分の1にも満たない弾幕は、幸いにも男に逃げるだけの余裕を与えた。
「仕方ない、彼女は諦めよう」
男は弾幕を避けながら、大きな木の陰に入る。
「では、ごきげんよう」
一瞬男の立つ地面が光り、男を包んだかと思うと、次の瞬間光と共に男の姿も消えた。
「くそっ転送魔法陣か……」
男が消えると同時に、シリューを捕らえていた結界も消える。おそらくは、術者の魔力供給が途切れたためだろう。落ち着いて考えてみれば、術式を解読して結界を解除するか、魔法陣を破壊する方法もあったかもしれない。
【魔法陣による魔法の解除は、魔法陣を直接物理的に書き換える必要があります。なお、発動した魔法陣の破壊は魔力暴走を引き起こし、半径30m以上を巻き込む爆発の恐れがあります】
「魔法陣の書き換え、か……」
どのみち、魔法陣の知識の無いシリューには無理な話しだ。それに破壊した場合、ミリアムまで巻き込んでしまう。
シリューはゆっくりと、大きく2回深呼吸を繰り返す。男を逃がしはしたが、ミリアムは守りきれた。そう思うとなんとなく肩が軽くなった気がして、心の中に燃え上がっていた殺意が、静かに消えてゆくのを感じることが出来た。
「大丈夫かい? お嬢さん」
シリューはミリアムに近づきながら尋ねた。
「だ、大丈夫、です……」
力なく頷くミリアムは、何故か俯いたまま、顔を上げようとしない。しかも、服は胸元が大きく切り裂かれ、下着が露出しているにも関わらず、腕を後ろにまわしたままで隠そうともしない。
シリューはそんなミリアムを不審に思ったが、ガイアストレージからマントを取り出し、とりあえずミリアムの肩に掛けた。
「あ……」
それでも俯いたままのミリアムに、シリューは優しく問いかける。
「もと来た道は、わかるかい? そこに見える小道をまっすぐ行けば森から出られる……。わからなくても慌てないで、後で必ず迎えに来るから」
ミリアムが頷くのを確認して、シリューは背を向ける。飛び立とうとした直前、後ろから、か細い声が呼び止めた。
「……シリュー、さん……。シリューさん、ですよね……」
縋るようなミリアムの声。
シリューは空を仰いだまま大きく息をついた。
「ええと……」
そして、ゆっくりとミリアムを振り返る。
隠し通せるとは思っていなかったし隠し通すつもりもなかった。ただ、こんなに早くばれるとも思わなかった。そもそも、大して隠したい理由など無かったのだ。
震えるミリアムの瞳は、この寂しい森の中に、1人置き去りにされることに怯え、助けを求めているように見えた。
「還元」
白き
光が収まり、そこに立っていたのは、いつもとは違う、すまなそうに顔を伏せた少年。
「ごめんミリアム、なんとなく、話せなかった……」
あっさりと正体を明かしたのは、シリューの、せめてもの誠意だった。
「シリュー、さん……」
シリューを見上げるミリアムの瞳には、溢れそうなほどの涙が滲んでいた。
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