【第113話】蒼穹の激闘
「くらえ!!」
先行するワイバーンを追尾しながら、シリューは
だが、ワイバーンは右に左に、まるで見えているかのように身を躱し的を絞らせない。それに数百発はあたっている筈だが、ワイバーンの硬い鱗を撃ちぬく事が出来ない。
そのうち脅威ではないと判断したのか、避ける事すらしなくなる。
「くそっ、これならどうだっ。ホーミングアロー!!」
音速の鏃が次々を発射され、ワイバーンを捉える。だがこれも結果は同じで痛がる様子もない。
なおも追いすがるシリューを、ワイバーンが首だけを反転させ顎を開く。
「え?」
口元が光ったと思った瞬間、放たれた爆光球が躱す間もなくシリューを襲う。
「ぐっ」
空中を移動可能とはいえ、足場を構築しての翔駆に反射的な機動は出来ない。目の前で腕をクロスさせ咄嗟に身構えるシリューを、激しい爆発音と衝撃波が吹き飛ばす。
「痛っっっ!」
くるくると何度も回転し、上下の感覚も曖昧になりながら、それでも何とか足場を築き墜落を回避する。
【特殊技能:爆光球を獲得しました】
「え? ここで? どうやって!?」
シリューは思った。場合によってはもはや人間の所業ではない。
【掌上で構築され、投擲します】
「なるほど、ボールみたいに投げるわけか……」
シリューはほっと胸を撫で下ろす。心底思った、口から吐かなくて良かった、と。
「あれ? どこ行った?」
実際、体勢は立て直したものの、自分がどっちを向いているのか把握できていなかった。余計な事を考えたのも不味かった。
空中の一点に留まったまま、シリューはきょろきょろと辺りを見渡した。
風の唸る音が背後から聞こえたと思った直後、全身を巨大なハンマーで殴られたような衝撃が走った。
「がはっ」
ワイバーンの体当たりによって弾かれたシリューは、猛烈な速度で地面に激突し、まるでピンポンのように何度も跳ねる。
街の中なら、何人も巻き添えになっていただろう。
ワイバーンは吹き飛んだシリューの真上に
不遜にも空の領域へとやって来た、地を這いまわるだけの虚弱な生物に鉄槌を下した。ワイバーンにどれほどの知能があるのかは不明だが、今この状況を見た者がいればそう思っただろう。
「今のはヤバかった……」
シリューは立ち昇る土埃の中、よろよろと立ち上がった。フェイスカバーを指でおろし、口の中に溜まった血を吐きだす。
白の装備でなかったら、五体ばらばらにされていただろう。実際、何本か肋骨と肩も折れている。
「ヒール!」
淡い光が全身を包み、シリューの傷を治癒していく。
「お返しだ!!」
体を動かせるようになったと同時に、シリューは覚えたての爆光球をワイバーンへと投げつける。一発、二発、四発、八発……。
連続する爆発によって、ワイバーンの姿が見えなくなる。十二発、十六発……。
「どうだっ」
だが、風に流された爆煙が晴れ、再び姿を現したワイバーンは全くの無傷だった。
「なるほどね……さすがに自分の技じゃ傷つかないか……それならっっ!!」
大地が爆ぜ、一気に空中へ駆けあがったシリューは、開きかけたワイバーンの下顎をその速度のまま蹴り上げる。
爆光球を吐こうとして隙を突かれたワイバーンは、僅かにバランスを崩しただけで、すぐに飛び去ったシリューに顔を向ける。
「やっぱり無理か……ま、これだけの体重差じゃあね」
空中での機動にも慣れてきたシリューは、巧に爆光球を躱しながらワイバーンの周りを飛ぶ。
「サンダースピア!
雷の二重攻撃。ワイバーンはその巨体に似合わず、ひらりと回避行動をとる。
数発は命中したが、さほど効いているようには見えない。
「まったく、少しは痛がれっての……」
ワイバーンが額を向け高速で向かって来る。
シリューは咄嗟に上へ避けた。
だが、ワイバーンはシリューの動きを読んでいたかのように上下反転し、その太く力強い脚で蹴り飛ばした。
辛うじて直撃を避けたシリューだが、それでも錐もみ状態で弾かれる。
「……回りすぎて、気分悪くなりそう……」
一旦距離を取ると、ワイバーンはシリューとは反対に首を向ける。その先は……。
ワイバーンが爆光球を放つ。
「させるかぁぁぁ!!」
街へと向かう爆光球を、シリューの放ったフレアバレットが追尾し撃ち落とす。
何度か同じ事を繰り返し、ようやくワイバーンがシリューを向きなおる。
シリューにはその銀の目が笑ったように見えた。
「もしかして……魔力切れを狙ってるのか?」
そうだとすれば、唯のワイバーンにしては異様に知能が高い事になる。
「こいつも……カルヴァートに何かされてる……?」
シリューの読みは正しかった。
ワイバーンは、魔族の研究段階にある特殊な薬で異常進化をとげ、攻撃力・防御力が大幅にあがり、しかも、完全にカルヴァートの支配下にあった。
「雷撃も、爆破もだめ……ガトリングのメタルバレット程度じゃ奴の鱗に傷もつけられないし……」
ワイバーンは、まるで次の手を見せてみろ、と言っているかのようにじっとシリューを睨みつけている。
「余裕あり、か……」
せめて、あの鱗を貫通できる方法があれば……。
【メタルバレット7.62mm通常弾が、30mm高硬度アンチ・マテリエルキャノンに変化します】
「アンチ・マテリエル……要は対物ライフル、 いや30mmだから砲だな……」
シリューは目の前に表示される、セクレタリーインターフェイスの文字に感嘆の声を漏らす。
これなら……。
シリューはゆっくりと地上に降り立つ。その姿は、魔力が尽き戦いを放棄したように、ワイバーンの目には映ったのかもしれない。
シリューは走査モードでスキャンし、ワイバーンの心臓の位置を確認していた。
ワイバーンが口を開き、光を集束する。シリューはそれを見上げ、フェイスカバーを引き上げる。
「なあ、お前は死ぬ程の痛みを味わった事があるか?」
ゆっくりと右手を上げ、指をワイバーンへと向ける。
「これがそうだよ……アンチ・マテリエルキャノン!!」
雷鳴にも似た轟音が響き、音速のほぼ5倍で撃ち出された高硬度、大比重の弾丸が衝撃波さえ置き去りにし、構築されつつあった爆光球を散らし、広げられたワイバーンの口から後頭部を撃ち抜く。
更に連続発射されたもう一発が、胸の強固な鱗をまるで陶器のように砕き、筋肉と胸骨に守られた、ワイバーンの心臓を破壊した。
「グェッ……」
喉の奥から短い断末魔をあげ、ワイバーンはその巨体を大地に落とし、一瞬ピクリと痙攣した後でその生を終えた。
「……痛みを感じる暇も無かった、かな?」
シリューは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
金の仮面の男を追って森を駆けるミリアムは、一瞬ざわつくような胸騒ぎを覚え眉をひそめた。
森に入って10分ほど走っただろうか、少し開けた場所で先行する男が立ち止まった。
「よくついて来られましたね……」
男は緩やかに振り向き、感心したように呟いた。
「ええ、誰かさんに比べれば、ぜんぜん遅いですから」
ミリアムは少しだけあがった息を整え、鋭く男を睨んだ。
覇力による身体強化は、瞬発力を引き上げるがスタミナを増加する効果は無い。もともと、スタミナの無いミリアムは長い距離は不得手だったが、この男のスピード程度なら、あと10分は持つだろう。
「ですが、1人で追ってきたのは悪手でしたね……」
男が、腰に帯びた片刃の剣を抜き構える。
反りのある美しい刀身が、日の光を映し怪しいほどの輝きを放つ。
ミリアムは背中にぞくりと寒気を感じ、思わず息をのむ。
「あんまり、甘く見ない方がいいですよ……」
戦鎚を構え、僅かに身を屈めたミリアムは、男に気付かれないよう口元を隠し、小さな声で呪文を詠唱する。
「降り注げ水流、我が力の連動跪け……ウォーターバレット!」
直径50cmほどの水球が6つ、仮面の男へ向け撃ち出される。同時にミリアムは地を蹴り、一気に間合いを詰める。
僅かな時間差で迫る水球を、男は軽い体捌きでいとも簡単に躱してゆく。
だが、それはミリアムの狙い通りの動きだった。
ウォーターバレットは水の塊、大した威力は無いが、剣で斬ればバケツ一杯程の水が降りかかり目を開けていられない。つまり、躱すしかないのだ。
「はあああああ!!」
男が最後の水球を躱した、まさにその場所に、ミリアムの渾身の戦鎚が振り下ろされる。
だが男は、剣の峰を振り下ろされた戦鎚の柄に沿わせ、ほんの僅かな力でその軌道を逸らす。
目標を失った戦鎚が大地を抉る。
「なんと……獣人以上のパワーですか……」
男は一旦間合いを取り、しげしげとミリアムを眺める。
「それに、素晴らしい魔力と魔力量をお持ちのようだ。成る程……ランドルフの話していた天才神官とは、貴方の事ですか……」
ミリアムの瞳には、無機質に光る金の仮面が、不気味な笑みを浮かべたように映った。
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