第2話
アナザーワールド、それは現実と全てが異なる世界。この世界での一日は現実世界の5分を意味し、一週間が30分、一ヶ月が2時間へと変貌する不思議な時間の進み方が適応されている。
そんなありえない戯言もこの世界で実際に体験した実体験によって私の意識は少しずつ変わっていくこととなった。とにかくこちらの世界では全てが違う。当たり前という概念がことごとく破壊されていく日常に、私は当初恐れを感じていたがそれを温和したのは紛れもなくクラスメートの存在であった。
そんな目から鱗状態の《世界ルール》をとても楽しそうに語り尽くす広瀬多香美が私の目の前に立っている。こちらから一言口を挟まない限り、永遠と話し続ける勢いがある。
要するに止まらないマシンガン多香美が特に念押しする内容があった。それは「こちらの世界で命を落とすと、現実世界に戻って来れない」ということだ。「他は忘れてもいいけど、これだけは絶対に覚えておいて」と何度も念押しされた。
彼女は嘘を付いていないだろうか、本当に彼女の言った通りなのだろうかと私は思考を巡らす。確かめようのない世界ルール、議論のしようがないことに落ち着いた。
当たり前だが生きてこの方18年、私は死んだことがない。故に実感が全く湧かないのである。多香美の滅多に見れない真剣な眼差しを見ていると、この話はリアルだろう、そう認識するしかないのだ。
顔色がコロコロ変わる多香美、滅多に見せない真面目なあのドシリアスな表情、最高に笑える顔、そんな妄想をしていると案の定、多香美に注意される。
「現実を見てって言ったばっかだよ」
「見てるから」
「じゃあ今、なんで笑ったの?」
「思い出し笑い」
「嘘」
「本当だって」
「そうは絶対見えない」
「はあ?」
しばらく続くくだらないやりとり。お互い頑なに譲らない。
なんやかんやで、こんなやり取りするのは私の弟、龍との間柄くらいなものか。別に悪くはない。
「一瞬のスキが命取りになる」。
多香見の親友、小池明日奈が続けて言葉を並べた。
「絶対ムリはしないこと、もしヤバイって感じたら大声で叫ぶこと、近くにいる誰かが助けにやってくるから。自分の力で何とかできそうなんて、一切考えない事」
はぁ・・・と無意識に顔に出してしまったらしく、また二人に注意される。かなり本気なようだ。
☆
目の前には武器屋。
弟の龍は超が付くほどの無類のゲーム好きなので、私もこの風景は見たことがあった。きっと龍にこのことを話すと飛び跳ねて喜ぶだろうなと想像してしまい、またニヤける。龍なら現実世界を捨ててこっちの世界な方がうまく生きていそうなくらいだ。むしろ現実よりも生き生きと。
二人がこちらを見ていた。
ハハハと苦笑いする私。
「令和ちゃん、大丈夫かい?」と多香美。
「えっ、もしかして私の事心配してくれているの?」
「・・・うん」
なんか距離感が掴めない。
「だって、私が連れ出してきたじゃん、それでアナザーサイドで死んじゃったらさ、もう私生きていけないよ」
「はぁ?何言ってんの。私自らここに来たんだよ。ここから先は、多香美、あんたは関係ないよ」
「そうかなー・・・」
「そうだよ」
「でも心配だけはさせてよね、仲間なんだし」
「仲間?」
「これから一緒に旅に出る仲間じゃん」
満面の笑顔。
本当にやりずらい。
「宜しくね、令和ちゃん」
「・・・うん」
まさか、あの多香美に心配される日が来るなんて。
「で、令和ちゃん、決めた?」
「えっ」
多香美が手当たり次第、適当に武器屋の武器を物色している。
大剣、弓矢、杖、他にもゲームや映画の中でしか見たことのない、武器、いや凶器がたくさん並んでいる。
「あ、ごめん、私お金持ってない」
また二人に笑われる。
多香美、「まかせなさい!」とばかりに胸を貼り武器職人の前に仁王立ち。使い古された巾着をチャラそうな店員に渡す多香美。
「おお、これくらいありゃ、ここにあるもの、だいたいものは買えるぞ、お穣嬢ちゃん」
「お、お嬢ちゃん?」
またしてもゲームや映画くらいしか、出てこない言葉が飛んできた。
多香美が私を急かす。
私は迷った。数があり過ぎてどれか一つ選ぶことができない。幸い後ろにならんでいる人はいないのが救いだったが、そもそも武器なんて一度として選んだことがないので、何を基準にしたらいいかも正直わからない。単純にファッションとは違うのだ。
龍の言葉が思い出される。
「どの武器を選ぶかによって、その後のゲームの難易度が変わるんだ」
一通り武器に触れてみるも、なかなか1つに絞れない。明日奈がしまいには「2,3こ買っちゃえば」と放った矢先、多香美に怒られて小さくなる明日奈。多香美がプンプン起こりながら私の肩に手を置いてくる。
「でもさ、令和ちゃんなら、何でも何でも似合いそうだよね」
「えっ?」
「身長高いし、様になりそう」
「確かに」と後ろから明日奈。
「ねぇ、それ辞めてくれる?」と私。
「何?」
「そういうの」
「?」
これだから天然は困る。
☆
最終的に槍を選ぶことにした。
決め手は龍だ。
槍はリーチが広いからかなりオススメだよ、反対側の柄でも相手を殴れるし、回転させたり、物干し竿にもなる。あ、最後のは余計だった。
槍も種類があり、私が選んだ槍は武器屋にある中でも比較的短いものだ。実際に長い柄の槍も試しに持ってみたが、掴んでいるだけで腕が痺れる。更に言ってしまえば振りかぶるだけで息切れをする程の重量感がある。最終的に私が決めた槍は約2メートルあった。リーチがある分、持つ位置がとても重要になってくるだろう。イコール訓練が必要だ。
☆
早速、訓練とやらが始まった。
いや訓練というよりも実践だ。まさか練習をせずにすぐに現場に投げられるとは・・・鬼コーチとはことこだ。理由は簡単だった、時間がないからだ。実際の話、先生となる二人もすぐに戦場に出され、そこで戦いの基礎を必死に自ら学んだそうだ。
といってもいきなりダンゴムシが相手っていうのはどうかと思うのですが・・・。
多香美が語るには、雑魚中の雑魚、それがダンゴムシだった。
でも、ちょっと待って。あの時、多香美は「逃げて、危ない」と大声を上げていたではないか。
ダンゴムシを先端で突く。
多分数字が入るゲーム世界だったのなら1か2のダメージ表示だろう。後ろでスルメを食べている多香美と弓矢の手入れをしている明日奈に目を移す。
「ファイト、ファイトー!」
全く・・・、全然先生の役割じゃないじゃん。
目に掛かった髪をたくし上げ、グッと力を入れて槍の先端を標的に向かって突く。
ダンゴムシが怒った。
決っしてダンゴムシの感情がわかったという話ではない、凄い特殊能力を得たという話でもない。こちらに突進してくるダンゴムシ。驚いて反射的に手から槍を落としてしまう。悲鳴を挙げる私。どうやら二人は私を助ける気が全くないらしい。あろうことか私を指指して見て何か楽しげに言葉を交わしているではないか。マジかよ。しかも大爆笑しはじめる多香美。
マジかー、これは私一人でやるしかないらしい。
幸いにもダンゴムシの歩くスピードが無茶苦茶遅いというありがたい性質の為、何とか槍を掴み直すことに成功した。
今度はワラジムシの背後に周り込み、腰を落とし「エイッ!」と全力で槍を突く。一瞬手応えを感じたかのように思えたものの、再び槍が手から弾かれてしまう。
硬過ぎ。こいつ。
本当にこの雑魚を倒すことが私にできるのだろうか。
確かに距離を少し取ればなんとか、立て直すことができる。けど、あの体表はどんなに槍で突いても円前ダメージを与えることができない。30分近く戦って流石の私でも気づいてしまった。ちなみに現実世界ではここまで1分すらも経過していないと多香美が口を挟む。
「足元、狙らってみて」
突然、明日奈が先生らしいことを発する。
流石に勝負が付かない状況に見かねたのか、徐々に多香美からもアドバイスが飛んでくるようなってくる。しかし残念なことにそれも最初だけであった。どんどんアドバイスというよりか、指摘、否、ダメ出しに変わりつつある二人の怒声に変わりつつある。
そのピンポイントな指摘に私はついにキレてしまう。
「黙ってよ、全然集中できないから!」
私の初めての反発に驚いたのか、それから無言でダンゴムシと戦う時間がしばらく流れた。ちょっと言い過ぎたかなと反省をした。
それから更に数時間、惜しくも多香美の言った通り、ワラジムシの足を狙うと明らかにダメージを蓄積させることができること知った。しかし、このダンゴムシ、かなりグロイ。例え甲殻虫でガード力が高いにしろ、向こうにも痛覚があるのか、否、ないのかわからないが、いや知りたくもないのが本音。それでも明らかに獰猛さが増していることのが嫌でもわかる。あまり時間を掛けないほうが無難だ。
何度か戦うことを諦めようとした私、その度に多香美が軽々ワラジムシを一瞬にして分断する姿を見せつける。そんな姿を見せつけられたら、どうなるか・・・、自分でも意外や意外、私の中に眠っていた血が、負けられない精神に火が付き槍の火力がどんどん増していった。そうこうしているうちに、攻撃はもとより槍の回転切りなんていう特殊な棒さばき成らぬ槍捌きスキルを覚える。
なんだろう、難しい問題を解くことができた。そんなひらめきに私は一人感動をした。
身体の重心移動と共に槍を回転突き、相手の隙をついて全体体重を載せた一撃。着実ダメージを与えられるようになっていく。そしてついに実戦、約5時間かかって一匹討伐することに成功。それも誰の力も借りずにだ。
ちなみにこの世界で死はリアルだった。よくゲームなんかではそのまま消えていったりするだろうけど、アナザーサイドであるこの世界では、そんな綺麗な消え方ではなく、息の根を止める、生命活動を止めることを意味するのだ。倒した瞬間の歓喜の後にダンゴムシの亡骸に切なさを感じた。
☆
「ひどっいなー」
「うっさい、バカ」
多香美が頭上の木の上から見下ろしていた。確かに彼女の言ったとおり、私はボロボロになっていた。地面を転げまわり、槍を全力で振った為、手がボ豆だらけ、福原令和史上最大の疲労困憊状態であった。
「流石、令和ちゃん」
「ふん、楽勝よ、次は?」
案外私は負けず嫌いであった。
それを知った一戦となった。
ちなみに後で聞いた話では、あのワラジムシは雑魚ではなく、比較的グレードが高いモンスターということを知らされた。コツを掴めば楽に倒せるが、初心者はまず倒せない相手。私の潜在能力に期待した多香美の策略も見事にはまったわけだ。
さてそんなこんなで、数時間で戦闘能力が上がったことを実感する。そして精神的な強さが増すことを実感した。ヘタをすればボス戦でも行こう!そんな気合を漲らせながら、多香美と明日奈と乾杯をする。
ついに明日から物語がの幕が開ける。これから長い長い旅が始まる。まるで冒険漫画の主人公になった気持ちで寝床で目を閉じる。
翌朝、事情が一変していた。私が目を覚ました頃には既に二人の姿はなく、書き置き一つ残されず、私は置いていかれたのだ。
同年代の戦士に話を聞くも、早朝に二人の走る姿を見た人が見つかった。
「めっちゃ急いでいたな」
「どこへ行ったんですか?」
「知るわけないだろう」
「ですよね」
この世界にスマホはないので。連絡の手段がない。一度はぐれてしまうと、そう簡単に再会することが難しい。
数日が経過した。一応近場の村での聞き込みを四六時中行ったが、全く情報がなかった。このまま二人が帰ってこなかった場合、私は何をすればいいのだろうか。まさか、ここまで来て元の世界へ戻る選択肢は考えたくない。なにしにここに来たのか?
そしてある日、私は決心をした。
多香見と明日奈をこの手で探すことを。そう簡単に見つかることはないと思うがこのまま無駄に時間をだけを浪費することだけは何とか避けたい。以前多香美が見せてくれたこの世界の地図。数年旅をしてきた多香美でさえその地図の100分の1も通ってきていない。二人がどこへ行ったの検討がつかない絶望的な状況。アテのない旅路。
数日後、私は冒険者令和として、前へ進むことにした。事前に討伐のバイトをしてある程度お金を貯めること成功していた為、数日分の食料を手にし、慣れ親しんできた場所から一歩出ることにする。
今まで見てきた風景との別れ、唐突に切ない感情、余韻が私を襲う。しかしクヨクヨしていても何も始まらない。愛用の槍を力強く握りしめ、私は福原令和の一人旅が始まった。
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