第84話 メアリーのために


 メアリーの放った一撃により、ロビンの背後に現れた瘴気が跡形もなく消し飛ばされ、その音を受けて慌てて振り返り……ゆっくりと倒れて崩れ落ちるメアリーの姿を見て、彼女に助けられたのだと悟ったドルロとロビンとシンは……一体何がと驚きながらも大慌てでメアリーの下へと駆け寄っていく。


 そしてすぐ側にいたスーが訳も分からずその身体を支える中、メアリーは力を失いがくりと倒れかかり……その目を閉じてしまう。


「め、メアリー!? い、一体何が……!」


 メアリーをしっかりと抱きかかえて、ゆっくりと地面へと寝かしながらスーがそう声を上げて……どうしたら良いのか、何をしたら良いのか分からずに困惑していると、シン達が駆け寄ってきて……ロビンとドルロがどうして良いのか分からずに立ち尽くす中、シンがメアリーの額にそっと手を振れる。


「……魔力が無い?

 無いっていうか、感じられないっていうか……一体何をしたらこんなことに……。

 獣神様の力のせいだって言うなら……獣神様はどうしてこんな力を……」


 額に触れながらそうつぶやいたシンは、その疑問の答えを得ることよりも、今はメアリーをなんとかしなければと気持ちを切り替えて、自らの魔力をメアリーの中に送り込もうとする。


 ……だが、シンは先程、精霊蔦を作り出すためにその魔力のほとんどを使ってしまっていた。

 残された魔力は僅かで……とてもメアリーに送り込む程の量は確保できなくて、どうしたら良いのかと愕然とする。


 一瞬スーを森に連れていって、森の魔力を獣神の力で……と、そんな考えが浮かぶが、そもそもその力が原因となって様々な出来事を引き起こしたのだ、そんな力に頼るなどできようはずがない。


 他に何か手がないか、魔力を回復する手段がないかとシンが周囲に視線を彷徨わせていると……ふよふよと、複雑そうな表情を浮かべた妖精達が、宙を漂ってくる。


「ケット、クー、タイルス……メアリーのために力を貸してくれないかな?」


 シンが妖精達にそう声をかけると、腕を組んで複雑そうな表情を更にぷにりと歪めた妖精達が声を上げる。


<うーーーーん……>

<悪い子……なんだけど、今は良い子だった>

<森を守ったんだけど……前は悪い子だった>


 悩むこと無く深く考えることなく、その心の思うままに生きてきた妖精達にとって、メアリーという存在はなんとも判断を下し難い存在であるようだ。

 

 獣神から力を受け取り、その力に溺れて……獣神の言葉に耳を貸すことなく力を乱用した悪い子で……。


 だが、先程は森のために瘴気を戦うロビンを、自らの身に危険が及ぶかもしれないと予感しながらも助けた良い子だった。


 果たしてメアリーは良い子なのか悪い子なのか……助けて良いものか悪いものか。


 うんうんと悩みながら妖精達はその首を右へ左へと傾げ続ける。


 そもそも妖精達はそうやって悩むことをしない存在だ。

 即断即決、深く考えずに行動する、本能的とも言える存在である。


 それがそうやって悩むのは、良くも悪くもシンの影響だと言えて……悩みに悩んだ妖精達は、どうしたら良いのだろうかと、シンの方へと視線をやる。


 シンが決めてよ。


 そう言わんばかりの妖精達に、シンはどう言葉を返したものかと悩む。


 メアリーを助けて、とそういえば、妖精達は助けてくれるに違いない。

 だが妖精達は心の何処かでメアリーを悪い子だと、助けたくない子だとも考えている訳で……その気持を無視した決定を安易に下して良いものだろうか。


 そう悩んだシンは、悩んだ末に……妖精達にこう言葉を返す。


「ケット、クー、タイルス。

 僕はメアリーを助けたいと思っている……そのために君たちの力を借りたいんだけど、君たちが悩む気持ちも分かるから、君たちにメアリーを助けてとはお願いできない。

 だから皆……メアリーじゃぁなくて、僕に力を分けて……僕を助けてくれないかな?

 君たちが僕を助けて、僕がメアリーを助ける。

 ただ遠回りしただけで結果としては同じことなのかもしれないけど……以前みたいに僕を助けてくれるって形なら……」


 と、そこまで言葉を続けてシンは、喉を鳴らして言葉に詰まる。

 

 なんて都合の良いことを言っているんだ。

 ただ妖精達の力を都合の良いように利用したいだけじゃないか。

 

 そんなことを考えてシンが歯噛みしていると……妖精達は首をかしげるのをやめて、表情をぱぁっと明るくして、三人同時に、


<いいよ!>


 と、そんな一言を口にする。


「え!?」


 まさかそんな簡単に許可が出るなんて……と、シンが驚いていると、ぷにりと笑顔を浮かべた妖精達が声を上げる。


<シンはいい子だからー>

<今回も森のために頑張ったからー>

<頑張らなくて良いのに、頑張ったからー、いい子!>


 そう声を上げてふわりと宙を舞った妖精達は……三人でくるくると、円を描くように空を舞い飛んで……その円の中心に、小さな壺を作り出す。


 それは以前シン達が口にした妖精の花蜜と呼ばれるもので……シンは円の下にそっと手を伸ばし、その壺を受け取る。


「ありがとう!」


 受け取り、礼をいって、妖精達の笑顔を眺めながら壺にされた栓をそっと引き抜いたシンは……その中身を口にし、そこに込められた魔力を体内に充満させて……自らの魔力として取り込み、取り込み次第にメアリーに送れるようにと、手の先へと魔力を移動させ、集中させる。


 そうしてからその手でそっとメアリーの額に触れて……瞑目したシンは、妖精達に深く感謝しながら、メアリーが助かることを祈り……ありったけの魔力を送り込むのだった。

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