第69話 まさかの……


 項垂れてそれっきり言葉を発しなくなった獣神にシン達は、それぞれの方法で一礼をしてから神殿を後にした。


 そうして先程見かけたスーの下へ向かおうと足を進めて……その途中でシンがぼつりと言葉を漏らす。


「……二人のためにも早く止めないと……」


 その言葉を受けてはたと足を止めたロビンは、口元をぐいと曲げながら言葉を返す。


「二人のためってのは一体全体どういうことだ?

 その二人ってのはメアリーとスーのことなんだろうが……あいつらを止めることがあいつらの為になる……のか?」


 その問いを受けて同様に足を止めたシンは、少し悩むような素振りを見せてから返事をする。


「僕の先生がよく言っていたんです。魔法使いは謙虚でなければならないって……。

 魔法はあくまで借り物の力……自然の中にある魔力を借りて使っているに過ぎない小さな存在が魔法使いで……そのことを忘れて傲慢になってしまえば、この世界から追い出されてしまうと……。

 メアリーさんとスーさんの力は魔法のそれとは違うのかも知れませんが……その在り方はよく似ています。

 そんな力でもって森を砂漠へと変えてしまったら一体どんな反動が待っているのか……」


 あるいはそれはシンの杞憂でしかなく、何の反動も無いのかもしれないが、どちらにせよ獣神と森の為にも二人を止める必要がある……と、そう考えてシンがその決意を固いものとしている中、ロビンは「なるほどな」と呟いて、言葉を返す。


「正直な所、俺からしてみればそうなってもただの自業自得……同情する気にもなれねぇが、今のお前の言葉を伝えてやればあの二人もちっとは自重するかもしれねぇな。

 魔物が出るといっても最近は小粒ばかり……あの二人の力がなくてもなんとか出来るレベルではある。

 となれば、言葉だけで説得できる……かもしれないな」


 ロビンのその言葉にシンは、二人と付き合いの長いロビンがそう言うのであればと頷いて歩き出そうとする……が、その時。妖精達のリーダー各のケットがぷかりとシンの前に浮かんできて……なんでも無いような、いつもと変わらない表情と声で言葉をかけてくる。


<ねぇねぇ、スプリガン、よぶ?>


 あっけらかんとした態度から放たれた、妖精の戦士たるその名を耳にしたシンはたちまちその表情を青いものとする。


 妖精達がその戦士を呼ぶのは、自分達が危機に瀕した時か、『森』の敵を倒さんとしている時であり……メアリーとスーの行いはスプリガンを呼ぶに相当する行いであると、判断されてしまったらしい。


 確かにスプリガン達を呼べば、仮にこの森が砂漠になってしまったとしても、あの時の荒野のようにどうにかしてくれるのだろうが……同時にメアリーとスーのこともあの時の魔王のように討伐してしまうことだろう。


 ただの杞憂でしかなかったはずの、二人が世界から追い出されるとの仮説が、まさかの形で仮説ではなくなってしまったことに心底から驚いたシンは、全力で首を左右に振ってから、


「もう少し、もう少しだけでいいから時間を頂戴」


 との必死の懇願をする。


 それを受けてケットは、首をこくりと傾げて<うーん>と声を上げて、一瞬だけ頭を悩ませて……、


<分かった、ちょっとだけね!>


 と、そう言ってシンの懐の中にある小瓶の中へと帰っていく。


 無垢だからこその容赦の無さと言うべきか……。

 そこに悪意は一切なく、ただただ森を守ろうとしている純粋な善意からのその決断に、シンがガクリと肩を落としていると、その様子を訳も分からずポカンと眺めていたロビンが声をかけてくる。


「……そのスプリガンってのは一体何なんだ?」


 それを受けてシンは顔を青くしたまま、スプリガンが何者であるのか、以前その目で見た光景を説明していく。


「……三体がかりながら魔王と渡り合えるような存在、か。

 だがシン……メアリーとスーはその魔王をも超える力を持っているんだぞ? 仮に現れたとしても相手にならないんじゃないか?」


 説明を受けてのロビンのそんな一言にシンはふるふると首を左右に振る。


「……三体だけならそうかもしれません。

 ですが先生から聞いた話では、かつて妖精を害そうとした国に対してスプリガン達は、数百体がかりでの攻撃を仕掛けています……。

 数百体がかりでその国が完全になくなるまで暴れたそうなんです……」


 あの魔王の時のように最初は三体しか呼ばれないかもしれない。

 その三体だけであればメアリーとスーは勝てるかもしれない。

 

 だがしかし、そうやってスプリガンを害してしまったら……そのために更に森の力を使ってしまったら、森と妖精達を守らんと更に多くのスプリガンが呼び出されて、その国の時のように数百か、あるいは数千のスプリガン達が現れるかもしれない。


 ……そうなったらもうメアリーとスーに勝ち目は無いだろう。


 いくら強いとはいえ、神から授かった力があるとはいえ、スプリガン達に勝つよりも先に、その根源である森が枯れてしまうに違いないのだから。


「……お、おいおい、待ってくれよ。

 もしそうなったらこの森はどうなっちまうんだ? 国が滅ぶまで暴れまわっただって?

 仮に森が砂漠になるのを防いだとしても、結局そのスプリガンって連中に潰されちまうんじゃないか?

 笑えねぇ冗談はあの二人だけにしてくれよ……!?」


 そんなロビンの言葉に対し、シンは言葉を返すことができない。


 この場合の悪は妖精でもスプリガンでもなく、メアリーとスーの二人であり、二人にそんな力を与えてしまった獣神なのだ。


 あるがままの巡り流れる世界の一部である妖精と、それを守らんとする戦士を責めることも止めることも出来ようはずがない。


 止めるべきはメアリーとスー、あの二人であり……そう考えたシンは居ても立ってもいられなくなり、静かに成り行きを見守っていたドルロと共に全力で駆け出すのだった。

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