15 明日を紡ぐ歌


 天生目東高校の文化祭、陽明祭がいよいよ始まる。

 来留芽と樹はスタッフの一人として無事に潜り込めていた。待ち合わせ場所に行けば穂坂と和泉がおり、スタッフの上着と帽子を渡されたのだ。そのまま彼等と一緒に何事もなく蜘蛛の巣になっている高校内部に入り込めた。

 どこの門も蜘蛛の糸がびっしりと張られていたが引っかかることもなかった。やはり、あれは何らかの識別機能があるのかもしれない。


「ただ、この服を脱いでどうなるかは分からないから気を付けようね~」


 樹は今の時点でかなり警戒しており、こっそりとそう指示を出した。ちなみに、服は特注の普段着だ。つまり霊能者向けにいろいろと仕込めるようになっている、言わば戦闘服。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「いや、こちらこそ、無理に手伝いに押しかけたようでごめんなさい」

「そんなことありませんって。穂坂達の方が無理を言ったのでしょう? 見たところ彼等とも同年代のようですし、今日は仕事よりも楽しんでいってくださいね」

「お気遣いありがとうございます」


 おそらく、樹は相当無理をして丁寧な態度を作っている。もう二十代も後半の良い歳をした男が十六歳に見られるのは嬉しくもなんともないのだ。

 これは後でいろいろと荒れそう、と来留芽は心の中で思って肩をすくめた。

 ちなみに、STINAのスタッフ達は大蜘蛛の影響を受けないように守護をかけてある。合わせて、天生目東高校の状況に違和感を持たないように認識を曖昧にする術も。この辺りでミスして裏警察の世話になるのは避けたいところだ。


「さて、まずはこっちのお仕事だね~。設営の手伝いします!」

「おっ、助かるよ。これがスピーカーとか置く場所ね。で、マイクスタンドや楽器類はあそこに置くんだけど、数とか確認してくれるかい?」

「「分かりました」」


 樹は力が必要な仕事を、来留芽は位置取りの確認をそれぞれ行う。とりあえず何かはしていたという実績作りだ。これさえしておけば後でいなくなっても誤魔化しが効く。


「――よし、幕も閉じているし、後はここの生徒を驚かすだけだ」

「あはは。楽しみだね」

「僕達がいないの、ばれないかな?」

「大丈夫だろ。今は生徒のほとんどがおかしいんだから」


 ステージの外側に人の気配が集まってくる。そろそろだろうかと判断して来留芽と樹は壁側に集まっている先生達の元へ向かった。


「おっ、来たか……っ! それがメッセージカードか」

「まぁ、ビックリするよね~。この混ざり具合。まぁ、これなら余程の相手でもない限り干渉はされないよ~」

「はは。確かにそうだな……じゃあ、これを各クラスの担任に分けてくる」

「いや、配るのは僕達がやるよ~。ついでに守りをかける意味もあるんだからね~」

「そうだな、分かった」


 ちなみに、誰にどれだけ渡すのかについても分かっていたりする。三井が年度始めの学校だよりを持ってきており、そこに担任と生徒数が載っていたからだ。

 せっかくの好意を振り払われた形になる出雲路は今何を思っているのか。そんな疑問を持ってちらりと見上げた来留芽と彼の目が合う。


「どうかしたか?」

「いえ、ただ、先生方の守護も大変だと思うので、このくらいのことは任せてほしいと言いたかっただけ」

「そうか。まぁ、今はあまり大変というわけでもねぇ。ここ数日でいい加減に慣れたからな」

「……」


 来留芽は無言で会釈して出雲路の前を通り、先に進んでいた樹を追った。その背中を見て、出雲路は疲れたような溜め息と自嘲的な笑いを漏らす。


「上手くいかねぇもんだなぁ」


 そんな呟きを知ることなく、来留芽と樹はメッセージカードの束を減らしにかかっていた。顔と名前は昨日三井から借りた学校だよりを読み込んで何とか一致させた。もっとも、完全記憶能力という反則的な特技を持つ樹にとっては楽な作業だったのかもしれないが。

 全国模試の前などに薫が目の下に隈を作りながら「その能力寄越せ」と簒奪を狙ってゾンビのごとく徘徊していたのはオールドアの笑い話の一つだったりする。再来年には来留芽も似たような状態になるのだろうか……。

 それはともかく、来留芽と樹は体育館をぐるりと一周するようにして先生方にメッセージカードを託した。そして、また舞台裏に戻る。


「あ、古戸さん」

「カードは照明が落ちれば生徒に渡る。後は穂坂くん達の準備次第」

「おー、じゃあ、始めるかっ!」


 楽器やマイクは既に所定の位置に置いてある。そして、ここに張られていた蜘蛛の巣は来留芽と樹が全力で払った。さすがにあの空間で過ごす気にはなれなかったからだ。仮に大蜘蛛に気付かれるとしても不快な空間にいるよりはずっとましだった。

 ついでに、彼等の歌の力が鼈甲と魔祓に届くように場を整えておく。


「古戸さん、こっちはおれ達に任せてくれ」

「うん、任せた」

「それにしても良い感じだね~。ほどよくリラックスしている」

「あはは。昨日、ちょっとあって」

「何にせよ、STINAの調子が良いならこっちとしても助かる」


 そのまま来留芽は何となく穂坂のピックに目を向ける。そこで、その鼈甲が何やら記憶にあるものよりも力が増しているような気がして二度見した。


「穂坂くん、その鼈甲……何か、強い力に触れさせるみたいなことした?」


 思わずそう尋ねてから、普通の人間である穂坂がそれを可能とするはずがないことを思い出す。しかし、来留芽はその鼈甲が今からのステージに対して何やら息巻いているような、息づきを感じたのだ。


「来留芽、これ、“いぶき”が宿っているよ~」

「いぶき?」

「生命の息吹。場合によってはすぐに変じるかもね~。僕達の界隈では有名だけど使い手は滅多にいなかったかな~。一体どこでこれに関わったのか」


 真剣な調子の樹に穂坂達は戸惑ったように顔を見合わせる。そして、和泉がおずおずと口に出した。


「……昨日の夜だよね? 確か、渡世零って人が僕達に“いぶき”を使ったんだっけ」

「零さんか~。だったら、問題はないだろうね~」


 どの術も大体そうだが、使い手が下手だと術の出来も悪くなる。例えば、息吹にしても実力のある者が使えば生命の活性化につながるが、下手な者が使うと逆に生命を枯らすものへと転じかねないのだ。

 樹は目元に手を当てて天を仰ぐと、はぁ~、と溜め息を漏らした。零ならばその実力は折り紙つきだ。万が一にも作戦が崩されることはないだろう。


「STINAの皆、照明の準備もできたって。スタンバイしちゃって!」

「はーい」


 完璧なサプライズライブにするために様々なチェック項目を手にしたサポートチーフが走り回る。幕の向こう側ではちょうど開会式が行われているようだった。


《ただいまより、陽明祭を始めます》

「……ねぇ、古戸さん。勝手なお願いだって分かっているけど、ちょっとだけおれ達の背中を押してくれないか?」


 良く見れば四人ともまだ表情に固い部分が残っていた。それに穂坂は少しだけ震えてもいた。

 別にそれを情けないとは思わないし、彼等への期待を取り下げるつもりもない。


「それじゃあ、一人ずつ」


 来留芽は四人の背中に頑張れ、という気持ちを込めて背中を押すように順番に手を当てた。


「あなた達なら、できる」

「「「「おう!!」」」」


 パッと体育館の電気が消える。小さなざわめきの中、穂坂達の背後から光が照らされた。その光はこれから、天生目東高校の生徒という観衆へと届くのだ。


《サプライズゲスト! 陽明祭最初のパフォーマンスはこの方々!》


 そして、幕が開く。



 ***



 やっぱりというか、覚悟はしていたけど、始まりは歓声からというわけにはいかなかった。

 おれは怯みそうになる気持ちを引き留める。最初の頃を思い出せ。観客ゼロだって珍しくはなかった。


「やぁ、こんにちは! おれ達は今を輝いている高校生バンドSTINA!」

「自分で言うのもなんだけどねー」

「だけど、まだ知らないって人もいるんじゃないかな」

「自己紹介がてら、一曲目いこうか。『SECRET MESSAGE』!」


 STINAの名前が売れ始めたきっかけの曲。それが『SECRET MESSAGE』だ。これは、おれ達を代表するものになっている。


「目覚めてもらうぜ、天生目東高校の皆……!」


 何でもない日常の中に、ふとした気付きをもたらす。恋愛がテーマの曲だけど、この中には今の彼等に強く伝えたいものがある。


 ――毎日のなかに頑張れのメッセージ


 変化を是とするその言葉。今こそ妙な力で学校生活をぼんやり過ごしているだけになってしまった彼等に響かせたい。


「もういっちょ! 『明日へのパズルピース』!」


 ユーリの合図で照明の趣が変わる。光は限界まで落として暗く。だけど、細く、線のようなものだけは彼等に向けて伸びるように。

 それはあたかも、もがいてあがいて最後に掴もうとするときに見えるような希望の光。

 この曲はこの日のためにあったのではないかと思うほどタイミング良くできたものだった。ターゲットは学生。イマイチやる気がでない時へのエールのようなもの。

 やる気がでないときって正直に言えば何を話しても届かない気もしてる。だけど、何も発信しないのはもっと良くないことだから。

 おれは、スゥッと息を吸い、ピックを強く掴む。そして、気持ちを込めて歌い始めた。


 ――悟ったような顔してさ

   朝日と夕日見送って

   変わらない毎日を

   何となく過ごすなんて

   退屈にならないか?


   同じ道をたどり

   過去と今とを行き来して

   思考が凍りつく

   そんなのつまらないだろ?


 彼等はたぶん、本当にこんな感じで過ごしているのだと思う。まずは、現状に疑問を持ってもらわなきゃな。

 そしてここから「だけど」と気付いて欲しいという願いを込めて歌い上げるのだ。


 ――今、羽ばたいてく僕らは

   退屈なんて似合わない

   一度きりのこの瞬間とき

   笑っても泣いても

   二度目は来ないから


   人生はいつだって

   わくわくさせる駆け引きさ

   僕らまた手を取り合って

   明日へのカケラ

   つかもう


 朝、カーテンを越えて光を届けようとする太陽を感じて憂鬱になったこと、おれはある。

 望んでいなかった“明日”が来てしまったと暗い感情に体を支配されたこと、おれもある。

 それはたぶん、自分一人に限ったことじゃないんだろう。


 ――今、輝いてく僕らは

   ともに笑って泣いて

   情熱燃やしていこうぜ

   この瞬間を悔いなく

   駆け抜けるために


   明日へと人それぞれ

   夢のカケラ集めて

   生きているその鼓動は

   未来を期待してる

   希望のリズム


 だけど、おれ達が生きているのはどうしたって“明日”じゃなくて“今”なんだ。さらに言うなら、その“今”は一度過ぎればもう二度と戻れない貴重な瞬間。それを何に使うかは人それぞれだけど、どうせなら……理想の明日を探しながら今を楽しく精一杯過ごそうじゃないか!


 自分がわくわくするような明日へとつながるピースは、自分が気付ける範囲にきっとある。


 ――今、羽ばたいてく僕ら

   今、輝いてく僕ら

   一度きりのこの瞬間とき

   情熱燃やしていこうぜ!


   人生はいつだって

   わくわくさせる駆け引きで

   明日へと人それぞれ

   夢のカケラ集めて

   五、六十年かけるパズルで

   未来を描いていこう


 人生って長いよな。人によっては五、六十年どころじゃなくてここから七、八十年も生きる可能性がある。それだけ“今”を重ねていけるけど、それが長すぎるっていうなら長いなんて思えないほどのわくわくをおれ達が贈るから。


 ――さぁ、一緒に!


 つうっと汗が頬から、首から伝う。二曲立て続けに歌い上げた今度こそ、ぼんやりしていた天生目東高校の生徒達の目は完全に覚めて大きな歓声がこの場所を包み込んだ。

 熱いのに爽やかな空気が彼等の心の淀みをも払ってしまったかのようだ。


「今日の舞台はおれ達も一緒に楽しむからな!」

「盛り上がっていこ-!」


 わぁぁ、ともきゃぁぁ、ともつかない悲鳴のような声が大きく響いた。彼等はもう無気力とはほど遠い。これが、本来の彼等らしい生気みなぎる姿なのだろう。この高校の一員であるノブやユーリもほっと安堵したような笑みを見せていた。

 とりあえず、任された部分は達成したぞ。

 おれ達は小さくグッと握った拳を見せ合うのだった。


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