想交蛇足

死者の残響


 二人だけの旅路。松山と柊の間には奇妙な緊張が漂っていた。

 お互いにお互いをしっかりと認識した状態で、二人だけで過ごすのが久しぶりだったからだ。困惑、戸惑い、不安と少しの気恥ずかしさ、安堵といったさまざまな心情が混じっていた。

 何を言うこともなく、二人足を揃えて歩くのは明らかに異界と言える景色の場所だった。

 暑くもなく、寒くもない。

 明るくはないが、暗くもない。

 天国ではないが、地獄でもない。

 そんな不思議な場所だった。


 しばらく歩いたとき、前方に人影が現れる。柊と松山の二人と同じ、制服を着た姿だ。

 彼等が何者であるのか。うっすらとだが察した柊は足を止めてしまう。

 いや、それ以上進めないのだ。

 だがここで止まっていては意味がない。彼女には罪がある。自身でも自覚している罪が。ここは、それを償うために避けては通れない道なのだ。

 松山は柊の背中に手を回した。共にいるからと彼女を勇気づけるかのように。


『『『待ってたよ、柊文殊』』』


 彼等は口々にそう言った。そこに恨みだとか、怒りといった感情は見られない。かといって、喜びや安堵といったものもない。どこまでも平坦な声だった。

 それは聞く人の思いによってガラリと印象が変わるものでもあった。


 柊にはどのように聞こえたのか。彼等が待っていたと言ったその時、彼女はビクリと小さく震えていた。

 そんな様子に、彼等は特に反応しない。


『柊文殊、私たちが残っているのは最後に伝えるため』

『『道を選ばせてくれてありがとう』』


 口を開いたのは半数ほど。しかし、彼等の背を押したことは感謝されるような行いではなかった。

 柊が罪を罪として自覚しているからこそ、その感謝はじわじわと苦しめる。いっそ、真綿よりも両手で……引導を渡してくれれば。そんな風に思ってしまう。

 だからこそ、


『でも私は生きたかった』

『本気で死ぬつもりなんてなかった』

『『あなたは私たちを殺した』』


 詰られているというのに、安堵してしまった。


『私たちのなかには恨みも憎しみもあった』

『でもそれを一緒に持っていく気にはなれなかった』

『あなたの存在が僕らのなかにあるのが苦しかったから』

『『探して。私たちの恨みを、憎しみを』』

『それは私たちが捨てたものだけど、だからこそ、あなたのものになるべきだから』

『すべてを持ったら――一緒に昇華して。そしてあなたも、どうか救われて欲しい』


 それだけ言うと彼等はふっと消えてしまった。

 残された二人は彼等の言った通りに、彼等が残したという恨みを探す。

 それはまるで壊れたガラスをかき集めるかのようで――果てしない作業だった。

 それでも一つ一つ集めて恨みの色がはっきりと見えてきそうな頃、柊は涙を流す。


『ごめん、なさい……』


 謝罪を受け取ってほしい者達はとうにいない。


 彼等は柊を許すつもりがなかったのだろうか。いや、違う。恨みも、憎しみも、呪う気持ちも薄まり、彼女に救われて欲しいという思いを抱いたのは間違いない。ただそこに至るまでに行き場のない恨み辛みを捨てざるを得なかったというだけのことだった。


 でも、もしかしたら――あれは彼等なりの優しさだったのかもしれない。

 彼等の“救われて欲しい”という気持ちを引き受けた松山だからこそ、そう思えた。

 


          Fin

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