追憶小編
絶えて久しくなりぬれど
――にゃあ
まあるく大きなお月様が、闇夜に潜む二つの目にくるりと光った。
猫は住宅街の塀からどこかの屋根へぴょんぴょんと飛び移っていく。その姿を見ているのはお月様と星ばかり。
屋根からまた塀へ、塀から小道へ迷わず進む。猫は何かに導かれるようにして夜の闇を駆けていた。どこへ向かっているのか。それは猫も分からない。分かっているのは猫に乗り移っている存在のみ……。
「おや、珍しいですね。生霊でしょうか」
にゃっ
猫は不意に差し出された手に持ち上げられて宙を掻く。背中を反らしてその主を見ると、持ち上げたのはどうやら長身の男のようだった。
「生霊は、長く体から離れると危ない。ただ夢を見ているというのならば、もう帰りなさい」
にゃあ
「……気がかりがあるというのなら少しは手伝いましょう。おや?」
しかし、次の瞬間にはふっと生霊は戻っていった。一体何が鍵だったのだろうかと思い、彼は周囲を見回す。見えるのは、電気が点いたばかりの家が一つ。
***
「……という夢を見たのよね」
「ばあちゃん、最近よく夢の話をするな。井谷のことがあってからくらいか?」
病院の一室で自分が猫の姿になってどこかを彷徨いていたという夢の話をしたのは碓井たき。見舞いに来ていた碓井翔はのんびりとした穏やかな会話になるのだろうかと先日までの緊張感を忘れて緩んだ顔をする。
だが、それは祖母が明かした話によって驚きに塗り替えられることになった。
「そうねぇ。実はあの人には話していたのだけど、私もね、血筋で言えばあちら側なのよ」
「嘘だろ……」
***
たきは羽矢家の長女として生まれた。しかし、ろくな力を持たない普通の子どもとして生まれてしまった。羽矢家は霊能者の家系だったため、そんなたきは疎まれ、親族に知られるのも困るということで一日の多くを閉じ込められて過ごしていた。朝晩に食事が運ばれてきたのはせめてもの情けだったのか。
彼女は自分の価値などないことを毎日突き付けられていた。
そんな日が続いたある日、たきは不思議な夢を見るようになる。それは、猫になって不思議な力を使う青年のところへ遊びに行くというものだった。
にゃあ
「おお、今日も来たのか。お腹は空いていないか? 今日は特別美人だなぁ」
にゃっ
毎夜重ねられる逢瀬に、たきは恋に落ちてしまいそうな自分を自覚していた。猫としての自分しか知らない相手にどうやって恋心を打ち明ければ良いのか分からず途方に暮れたこともある。
「おうおう、一丁前に照れて。かぁいいなぁ……そろそろな、迎えに行くぞ。猫ではない、お前さんをなぁ」
しかし、猫と青年の最後の逢瀬の際に言われた言葉に驚きと希望を抱いた。
――どうか、私を見つけて助けて
それから少ししたとき、とうとうたきが閉じ込められていた蔵の扉が開かれる。開けてくれたのは、彼だった。眩しい外の光にたきは目を細めた。
「約束通り、迎えに来たぞ。――お嬢さん、名は?」
「たき……です」
たきは強く腕を引かれて、彼の腕の中に飛び込んだ。必死に縋り付き、解けないように絡める指を見て彼が、碓井
家から解放された彼女は碓井のもとで過ごすうちに自らの力を知った。
すなわち、自分が猫になって見ていた夢。あれが能力であったと分かったのだ。
「うん、夢系統は隠した方が良いだろうな。渡世にさらわれるわけにはいかねぇ」
ということで力は隠されたのだった。
Fin.
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