第10話 彼女を幸せにする覚悟はあるか?

 突然だが、親父の職業は「サラリーマン」である。大学を卒業した後、大手の製菓会社に入った。入社後の成績は、まずまず良好。先輩達からも好かれ、三年目には大きなプロジェクトを任されるようになった。

 親父は、自分の仕事に誇りを持った。昔から菓子が好きだったようだけど。自分の手で新しい菓子を開発するのは、親父にとってこの上ない喜びであったようだ。

 

 親父は、朝食の目玉焼きに箸を伸ばした。


「つまり、その子はオモチャが擬人化した女の子で」


「うん!」


「理由は納得出来んが、うちのバカ息子に好意を抱いていると?」


「うん! それが擬人化に関われた人の特権なんだって!」


 母ちゃんはまるで子どものように、その目をキラキラと輝かせた。


 親父は、その目に溜め息をついた。


「百歩譲って、お前達の話が本当だとしよう」


 ダイニングの中に緊張が走った。親父の放つオーラに影響されて。

 親父は俺達の顔を見渡すと、真面目な顔でラミアの顔に視線を向けた。


「ラミアさん」


「はい」


「君は、これからどうするつもりだ?」


 ラミアの顔が曇った。


「分かりません。でも、『彼の近くにはいたい』と思っています」


「コイツが学校に行っている間も?」


「はい。元の姿に戻れば」


「なるほど。コイツに君を携帯させるわけか」


 親父は、俺の目を睨んだ。


「智」


「んあ?」


「彼女を幸せにする覚悟はあるか?」


「ふぇ?」と、俺は驚いた。「彼女を幸せに?」


「そうだ」


 親父はまた、彼女の顔に視線を戻した。


「この子は、普通の子とは違う。彼女に戸籍は、無いし。法律上では、『彼女は存在しない人間』と言う事になる。存在しない人間は、大変だ。国が提供する公共サービスはもちろん、その他諸々の制度も受けられないだろう。お前との間に子どもが」


「で、出来るわけがないだろう!」


「出来たらの話だ。お前との間にもし、子どもができたら。その子は、戸籍の無い母親から生まれた事になる。法的なトラブルは、まず避けられないだろう」


 俺は、椅子の背もたれに寄り掛かった。親父の言葉に圧倒させて。「大丈夫」と反論しようとしても、その雰囲気に結局負けてしまった。


 重苦しい空気が流れる。


 俺は暗い顔で、自分の頭を掻いた。


「そ、そうだけど」


「なんだ?」


「親父は、この子に『出て行け』って言うのか?」


「そうは、言っていない」


 親父は、彼女の目を見つめた。


「ラミアさん」


「は、はい」


「生活費の方は、心配しなくて良い。元々、金は余っているんだ。扶養家族が一人くらい増えても、問題はない」


 ニコッと、笑う親父。


 ラミアは、その笑顔に目を潤ませた。


「ありがとうございます」


 場の空気が和んだ。今までの緊張が嘘のように。俺も、その空気にホッとした。


 俺はまた、椅子の背もたれに寄り掛かった。


 親父は、彼女に微笑んだ。


「長々と話して悪かったな。朝飯が冷める。早く食べてしまいなさい」


「はい」


 彼女は「ニコッ」と笑って、今日の朝飯を食べはじめた。


「いただきます」


 俺達は日曜日のニュース番組に目をやりつつ、今日の朝飯をまた食べはじめた(ラミアは、そうではないが)。


 俺は自分の朝飯を食べ終えると、流し台に自分の食器類を持って行って、その食器類を洗った。ラミアも俺に倣って、自分の食器類を洗った。


 俺達は歯を磨き、俺の部屋に戻った。


「さて」


 昨日は、デートに行ったし。


「今日は、何するかな?」


 俺は、部屋の中を見渡した。部屋の中には一応、一通りの物が揃っている。

 32型の液晶テレビや1TBのBlu-rayレコーダー。

 少年まんがのコミックスと、友達のススメで買わされた雑誌が並ぶ本棚。

 ほとんど曲の入っていないオーディオコンポ。

 安売りのバーゲンで買った服が収納された洋服ダンス。

 去年の夏に買ったゲーム機(これも友達のススメだ)。ゲーム機の近くには、そのゲームソフトが置かれていた。

 

 俺は、後ろの彼女に視線を戻した。


「何かしたい事はある?」


「別に。昨日は、デートしたから」


「そう」


 うーん。


「困ったな。俺も別にやりたい事はないし」


 俺は部屋の中をまた見渡したが、ふとさっきのゲーム機に目が留まると、そのゲーム機に近づいて、ゲーム機の前面にある起動ボタンを押した。


「とりあえず、ゲームでもやるか?」


「ええ」


 彼女は、一本のゲームソフトを指差した。


「そのソフトをやりたい」


「人生ゲームを?」


「ええ、コンピューターも入れて。二人だけじゃ、つまらないから」


「了解、その方が喧嘩にならないからな」


 俺は、ゲーム機の中にソフトを入れた。

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