第134話「元魔王、魔術師デメテルに相談する」

「コレット=メメントの件については、カイン殿下から許可が出ている」


 デメテル先生は言った。


 イーゼッタ=メメントと会ったあと、俺はC級魔術師のデメテル先生を探した。

 コレット=メメントの件について確認するためだ。


 俺が直接、カイン王子から話を聞くことはできない。

 だから王子の直属の部下である、デメテル先生に確認することにしたんだ。


「準B級魔術師のイーゼッタ=メメントより、妹コレットをユウキ=グロッサリアの護衛としたいとの申請があった。カイン殿下はそれを許可されている」


 デメテル先生は、少し考えてから答えた。


「コレット=メメントは闇と幻影の魔術を得意としている。敵を幻惑させたり、幻影で敵を引き離したりということが可能だそうだ。その魔術で、君とオデット=スレイの手助けをしたいというのが、申請の理由だった」

「俺としては、特に護衛は必要ないのですが」

「……そうか。君は知らないのだったな」

「なにがですか?」

「上級魔術師が家族を別の魔術師の護衛とする場合、弟子見習いにして欲しいという意味もあるのだ」


 弟子見習い?

 ……俺は弟子を取るつもりはないんだけどな。

 アイリスにマーサ、オデットにローデリア……家族や、守りたい人たちで手一杯だから。

 ──って、口に出すわけにはいかないのだけど。


「『魔術ギルド』に所属する者の義務として、技術を未来に伝える、というものがある」


 デメテル先生は続けた。


「ギルドに魔術師を集めるのもそうだが、弟子を取り、『古代魔術』の技術や知識を引き継いでいくというのも、義務のひとつだ。ただ、家族を弟子にするとどうしても甘くなるからな。有望な魔術師に預けて、弟子にしてくれるかどうか頼むという習慣があるのだよ」

「拒否はできないんですか?」

「もちろん可能だ。ただ、一度受理されているからな。拒否にはカイン殿下とザメル老の決済が必要だな……ふむ」


 デメテル先生は首をかしげて、なにかを思い出すような仕草をした。


「しかし、弱ったな。ザメル派は現在、王都の近くの町に集まっているはずだ」

「……あ」


 思い出した。

 そういえばフローラ=ザメルとも、王都近くの町で別れたんだったな。

『ザメル派』の打ち合わせがあるということだったが、あれはまだ続いてるのか。


「『ザメル派』の方でも、エリュシオンの地下第5階層の探索計画を練っている。あちらにはあちらの考えがあるようでな。今、町を訪ねて、弟子入り拒否の手続きを頼むのは難しいな……」

「イーゼッタ=メメントさまは、前もって申請を出していた、ということですか?」

「恐らくは。前回の『賢者会議』の直後に」


 つまり彼女は以前から、俺に妹を預けるつもりだった、ということか。


 だが、理由がわからない。

 妹を俺の監視役にしたいとしたら、やり方が妙だ。


 デメテル先生の話によると、俺がコレットと一緒にいなければいけない義務はないらしい。

 申請は受理されているけれど、師匠役が拒否することはよくあることだそうだ。


 本来は『魔術ギルド』の上級魔術師の立ち会いのもとで、本人同士の顔合わせをして、そこで意思確認をする。

 どちらかが弟子入りを拒否すれば、すぐに解除手続きができるようになっている。

 だが、今は『エリュシオン』地下第5階層の探索という大イベントが控えているせいで、手続きの責任者であるカイン王子とザメル老の手が離せない。

 そのせいで、最終手続きが宙に浮いてしまっているそうだ。


「ふむ。ユウキ=グロッサリアは拒否している。ならば、イーゼッタ=メメントさまはどうして、妹を君の弟子見習いにしたのだろうか?」

「手続きが途中で止まっているなら、あまり意味はないですよね?」

「いや……あるな。弟子入りする者は一時的に、実家からせきを抜くことになる」

「籍を?」

「弟子が貴族の実家に甘えないようにという措置だ。カイン殿下とザメル老が書類を受理しているのであれば、コレット=メメントはすでにメメント侯爵家には戻れないことになる。一時的に無関係になるわけだ。もちろん、本人が再度手続きをすれば、すぐに戻れるのだが……」


 籍を抜く……つまり、実家と無関係な状態になる。

 イーゼッタ=メメントやメメント侯爵家がなにをしても、コレット=メメントは無関係になる。

 ……これにどんな意味がある?


 わからない。そもそも、俺は人間をやってまだ13年だ。

 こんがらがった貴族の礼儀や裏取引がわかるほど経験豊富じゃないんだ。


「そういえばイーゼッタ=メメントさまは、俺に『地下第5階層で見つけたものは、カイン殿下に差し出して欲しい』と提案されていました」

「……無粋なことをする」


 デメテル先生は吐き捨てた。


「強要されたのか? それならばカイン殿下に報告し、しかるべき措置を取るが」

「提案、といったところです。こちらが断ったら、すぐに引き下がりました」

「……そうか」

「失礼を承知でうかがいます。カイン殿下は、今回の探索で成果を自分に集め、その功績でなにかしようとお考えなのでしょうか?」

「本当に失礼だな。君は」

「申し訳ありません」

「いや、準B級魔術師からあのような提案を受ければ無理はないか……だが、無いよ」

「そうですか」

「素直に信じるのだな。君は」

「質問が悪かったですから。実際に殿下がなにか隠れた計画をお考えなら、格下の俺に言ったりはしないでしょう。なにもお考えでないなら、そもそも言うことはなにもない。どちらも否定しか帰ってこないわけですから」

「……できれば、自分の言葉を信じて欲しいものだな。このデメテル=スプリンガルは、今年ギルドに加入した者の世話係だ。それなりに、君たちを大事に思っているつもりなのだが」


 ふと、照れた表情で、デメテル先生は言った。


「オリエンテーションでガイエル=ウォルフガングとジルヴァン=キールスが脱落してしまったことを、自分は今でも心苦しく思っている。自分が気づいていれば、止められたはずだったからだ。君たちは『魔術ギルド』の次代を担う重要な人材だからな」

「……デメテルさま」

「ふむ。柄でもないことを言ってしまったな」

「いえ。ありがたいお言葉です」

「とにかく、自分は君たちの味方だと言いたいのだ。今回の『エリュシオン』地下第5階層の探索でなにか危険があるようなら、必ず君とオデット=スレイに伝える。このデメテル=スプリンガルが、魔術師の名誉に賭けて誓おう」

「ありがとうございます。デメテルさま」


 この人は、信じていいような気がする。

 俺が『魔術ギルド』に入ってから、何度も世話になってる。

 デメテル先生は、積極的に俺の味方をしてくれるわけじゃない。けれど、敵にもならない。

『カイン派』で、カイン王子の側近ではあるけれど、俺に対しても公正だ。


 となると、イーゼッタ=メメントの狙いがわからなくなる。

 デメテル先生を関与させずに、カイン王子がなにか企んでいるということがあるんだろうか?

 あるいは、一部の『カイン派』の暴走か。


 ……情報がなさすぎるな。

 いずれにしても、俺の方針は決まってる。

『エリュシオン』地下第5階層の探索で成果を上げて、準B級魔術師までランクを上げる。

 他の魔術師から、干渉されないようにする。

 それだけだ。


 そんなことを考えながら、俺はデメテル先生と別れたのだった。





「……ユウキ=グロッサリアさま」


 出待ちされた。

『魔術ギルド』の門を出ると、コレット=メメントが待っていた。


 ローブ姿で、フードを下ろして、表情を隠している。

 背中を丸めているから、小さな身体が、余計に小さくなったように見える。


「さきほどは姉が無理なお願いをして、申し訳ありませんでした。その……あの」

「デメテル先生に確認しました」


 俺は言った。


「コレットさんが俺の護衛になるという申請は出されているそうです。ただそれは『弟子見習いになる』という意味があるそうですね」

「そ、そうなんですか?」

「……知らなかったんですか?」

「す、すいません」


 びくり、と、肩を震わせる、コレット=メメント。


「私は、姉に言われたんです。指定の時間に、『魔術ギルド』の研究棟に来るようにって。その場で命令をするかもしれないから、間違いなくそれに従うように、って」

「それは……」


 コレット=メメント本人も、今回の話について知らなかったということか。

 もっとも、彼女が本当のことを言っているかどうかも、俺にはわからないわけだが。


 でも、弟子かー。

 まぁ確かに、前世では子どもたちの教育係をやってたからな。

 アリスも、その両親のライルもレミリアも……村人まるごと俺の弟子と言っても間違いじゃないんだが。

 転生してまで、弟子を取るつもりはなかったんだけどな……。


「……あの、ユウキ=グロッサリアさま?」


 コレット=メメントはいつのまにか、フードを外してる。

 無言になった俺を見て、不安になったのだろう。

 大きな目を見開いて、じっとこっちの表情をうかがっている。


 ……よく見ると、顔色がよくないな。

 手足も細い。ちゃんと食事はしてるんだろうか。

 侯爵家の令嬢なんだよな。この少女は。

 なのに、どうしてこんなに怯えた表情をしてるんだろう。


 事情はわからない。

 けれど、この少女が俺の弟子になるという申請は、『魔術ギルド』に受理されている。

 その結果、コレット=メメントは侯爵家から離れている。

 で、顔色がよくない。栄養が足りていないように見える。となると──


「わかった。うちの古城──じゃなかった、俺の宿舎に来るといい。ご飯にしよう」

「え? え? ええっ?」

「ん? もう夕食は食べたのか?」

「い、いいえ。食べてません。侯爵家の物置──いえ、家を出たのは昨夜ですから」

「それはよくない」


 前世でも、親の仕事が忙しくて、いい加減な食事をしてた子がいたからな。

 不死の魔術師が出す昼食を当てにするのはどうかと思ったが。

 もちろん、ちゃんと親には教育的な指導をしたのだが。


 とにかく、食事を取っていない子どもを見ると、元・守り神の血が騒ぐ。

 落ち着かなくなる。心配になるのだ……って、今、お腹が鳴ったな? いや、隠さなくてもいい。照れなくてもいいのだ。とにかく、ご飯にしよう。


 宿舎に戻って、すぐにできるスープを作ろう。

 栄養価が高くて、パンを浸けると美味いやつだ。前世でよく子どもに食べさせてた。

 もちろんこぼす奴がいたから、前掛けは必需品だったが。


「というわけで、俺の宿舎に来るように」

「……あ、え? はい」

「事情はあとで聞く。今は、とにかくご飯を食べるように。すべての話はそれからだ」

「…………はい。ユウキ=グロッサリアさま」


 俺が歩き出すと、コレット=メメントは素直についてくる。

 貴族たちの事情は知らない。

 もしも本当にコレット=メメントが監視役だったとしたら……それはそれ。

 前世と『黒王騎』のことだけばれなければいいか。


 そんなことを考えながら、俺は宿舎に向かったのだった。






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