第108話「オデットの予定と、おすすめのおみやげ」

 ここは、王都の大通り。

 俺とオデットは、店の前に立っている。

 ルーミアは店の中で、領地の者へのおみやげを選んでいるところだ。

 この店はオデットが紹介してくれた場所で、ルーミアに渡したカバンの中にはコウモリのディックが隠れてる。セキュリティは万全だ。


 オデットが「話があります」と言ったから、俺たちはこうして店の前に出てきたんだけど──


「実は、わたくしは王都に残ることになったのです」


 不意に、オデットが言った。


「ユウキとアイリス殿下が領地の巡回に出かけている間、『魔術ギルド』の仕事をすることになりました。だから、一緒には行けないのですわ」

「……それは残念だな」


 俺はため息をついた。


「オデットが一緒に来てくれれば安心だったんだけど」

「わたくしも残念です。ユウキや殿下と旅をしたかったですし、帝国の近くの土地を見て回りたかったですわ」


 俺たちは並んで、店の前に立ってる。

 ルーミアは店員と話をしてる。カバンの中からこっそりと、ディックが翼を出してる。

『安全』のサインだ。もうしばらくは、話をしていても大丈夫だな。


「『魔術ギルド』の仕事ってことは、オデットに直接依頼が?」

「ええ。『エリュシオン』第5層に通じる階段の調査に、わたくしの使い魔を役立てたいと」

瓦礫がれきと金属でふさがれたあの階段か」

「ユウキが道を開いた階段ですわね」


『エリュシオン』第5層に通じる階段は、瓦礫がれきや岩、金属などでふさがれている。

 人が通れるような隙間すきまはない。

 第5層を調べるには、この障害物をなんとかしなきゃいけない。


 ギルドの魔術師たちは『王騎ロード』で道を開くように、カイン殿下と老ザメルに進言したけど、却下されたらしい。

 障害物の先になにがあるかわからないからだ。


 魔物がいるからもしれないし、トラップがあるかもしれない。

 それがわからない今、秘宝中の秘宝である『王騎ロード』を使うのはリスクが大きい──と、いうのが、カイン殿下と老ザメルの結論だそうだ。


「だから使い魔で瓦礫がれきの向こうを探ることにしたってことか」

「わたくしは蛇の使い魔を使役しえきしております。狭い場所の調査ならもってこいですわ」

「王都に来る途中の馬車でも、オデットは使い魔で俺を呼び出したもんな」

「あれは……そ、そうでしたわね」


 オデットは急に慌てたように、


「そ、そうです。わたくしにも強力な使い魔があることを、ユウキに見せておきたかったのですわ! 今回だってそうです。ユウキたちが旅に出ている間に成果を出して、ユウキをびっくりさせてみせますから!!」

「……なんで怒ってるの?」

「怒ってません! 怒ってませんから!!」

「とにかく、気をつけてな。第5層は危険だってライルも言ってたから」

「ええ。充分に注意しますけれど……」

「どうした?」

「ユウキは、蛇やネズミなどの使い魔は作りませんの? ユウキの使い魔は強力ですから、楽に調査できるでしょう?」

「蛇やネズミは無理かな。『魔力血ミステル・ブラッド』で使い魔にするのには、相手の同意が必要だから。いわゆる、相性があるんだ」


 相性がいいのはコウモリだ。あいつらは集団で使い魔にできる。

 単体なら、犬やキツネ。狼もいける。


 蛇とネズミはだめだった。特に蛇は……あいつらを使い魔にすることで、ニワトリの卵を食うのをやめさせようとしたんだけど、話が通じなかった。しょうがないからコウモリとフクロウの連合軍をニワトリ小屋の警備につけたんだけどさ。


 他には……魔物で使い魔にできたやつがいたな。

 転生してからは、そいつらとは会ってない。使い魔にすると便利なんだけどな……ダンジョンにいないかな……。


「というわけで、今回の調査には使えないと思う」

「仕方ないですわ。どのみち、ユウキは『護衛騎士ごえいきし』として領地巡回に行かなければいけませんものね。無理は言えませんわ」

「オデットこそ。無理しないように」

「どうでしょう。わたくしにも出世欲くらいはありますもの」


 オデットは、ふふん、と笑ってみせた。


「ギルドの依頼なら、きちんと成果は出してみせますわ。あなたに置いていかれるばかりでは、嫌ですもの」

「……置いていってるつもりはないよ」


 俺が家の爵位しゃくいを上げようとしてるのは、アイリスを合法的に引き取るためだ。

 王女を嫁にするためには、上位貴族の仲間入りをしなきゃいけないらしいから。

 そのためには『魔術ギルド』で成果を出すのがてっとり早い。

 C級魔術師になったのは、なりゆきだ。


「そういう意味ではありません」


 けれど、オデットは首を横に振った。


「だって、あなたと殿下は、いつか人の世界からいなくなってしまうのでしょう?」

「……ああ」


 俺はとしを取らない。たぶん、20代前半くらいで成長が止まる。

 そのあとは老化せず、若いままで生きていくことになる。


 アイリスだってそうだ。不死ではないけれど、としを取らずに生きていく。

 そんな俺たちが、人の世界で生きていくのは難しい。

 みんながみんな『フィーラ村』の連中みたいにおおらかじゃないからな。

 俺たちは人の世界から距離を取って生きていくことになるだろう。


 だから、俺とアイリスは将来、一緒に姿を消すつもりでいる。

 自然に。事故に見せかけて。方法も、いくつか考えてある。


「ええ。あなたたちは人の世界からいなくなってしまいます。だから、わたくしは強くなりたいのです。ユウキがいなくても、ちゃんと成果を出せるようになりたいのですわ」


 オデットは宣言した。


「帝国の脅威きょういから人々を守れるように。少なくとも、わたくしの家族や、ユウキの家族くらいは守れるように……ね」


 ──なぜか横を向きながらだったけど。


 やっぱり、オデットはすごいな。

 みんながオデットみたいだったら、俺たちもこのまま人の世界で暮らせるのに。


 でも……オデットはひとつ、勘違いしてる。


「帝国の方は、俺も対策をしていくつもりなんだけど」

「……え?」


 オデットは、きょとん、としてる。


「え……あれ? でも……」

「俺としては、帝国と『第1司祭』をほっといて消えるつもりはないよ。『第1司祭』は不死の技術を持ってる可能性があるし、それはアイリスとマーサに必要だし。そもそも、前世で死ぬときも、俺は家族がトラブルに巻き込まれないようにしたんだから」


 俺の死後、ライルたちが『聖域教会』憎しで暴走するとは思わなかったけどな。


「今の俺は前世より少し、力がある。ライルが残してくれたものもあるから、『第1司祭』にたどりつくくらいはできるだろ。その後のことは、まだわからないけどな」

「……そ、そうですわね」

「今回の領地巡回も、情報収集にちょうどいいって思ってる。帝国の近くの土地なら、『第1司祭』や『聖域教会』の残党のことを知ってる人もいるかもしれない。対処法を考えるのに役に立つだろ?」

「…………」

「場合によっては行方不明になってから行動を起こすけど、とにかく父さまやゼロス兄さま、ルーミアやオデット、ローデリア……とにかく、俺の身内が『聖域教会』に迷惑をかけられないように対策をしていくつもりだよ。でないと、おちおち行方不明になることもできないから……って、オデット?」

「……な、なんでもありません」

「……お腹が痛いのか……いや、その顔は……笑いをかみ殺してるのか?」

「冷静に分析するのはやめてください……まったく」


 笑いすぎたのか、指で涙をぬぐうオデット。


「そうでした。あなたはそういう人でしたわね。忘れてましたわ……あなたが『村の』……いえ『村人に愛された守り神』だったってことを」

「……なんで言い直したんだ」

「ないしょです。あら? ルーミアさんの買い物が終わったようですわよ?」


 オデットの言う通りだった。

 店の前で、ルーミアが手を振ってる。

 持っているのは……お菓子かな。

 男爵領……じゃなかった伯爵領のみんなに食べさせるつもりらしい。


 カバンの中でディックがうなずいてる。特にトラブルはなかったようだ。

 ルーミアは満足した顔で、店から出てくる。


「お待たせしました。ユウキ兄さま、オデットさま」

「やっぱり、おみやげはお菓子にしたのか?」

「はい。ユウキ兄さまの言うとおり、日持ちがするものを選びました」

「そっか」

「あとはゼロス兄さまへのおみやげですけど……それはユウキ兄さまが選ぶんですよね?」

「そうなんだけど……これが難しいんだ。父さまは『最近のゼロスは領地経営の勉強をしている』って言ってたから、それに役立つものをあげたいんだけど」

「ゼロス兄さま、もっと温かくなったら領地の見回りをしたい、とも言ってましたよ」

「そうなると馬のくらあぶみがいいかな」

「かなり高価ですね……」

「ゼロス兄さまは真面目だから、仕事の役に立つものがいいよな」

「移動中のおやつはルーミアが買いましたよ?」

「もうちょっと長持ちするもので」

「そういえば、ゼロス兄さまは最近、よく図書室にいますよ?」

「となると、領地経営について書かれた本がいいかな。でも……ああいうのは高価だからな」


 俺とルーミアは考え込む。


「領地経営についての本なら、わたくしが写しを持っていますわ」


 それを見ていたオデットが手を叩いた。


「よろしければ、差し上げますわ。ユウキのお兄さまへのお土産に」

「……さすがに高価すぎるよ。それは」

「大丈夫ですわ。領地経営についての本の、重要な箇所だけを書き写したメモのようなものですから。公爵家の子女はそれをさらに書き写すことで、おぼえるように言われているのですわ。ユウキならわかると思いますが、覚えるのには書き写すのが一番ですもの」

「オデットが書き写したものがあるってこと?」

「それなら問題はないでしょう?」

「領地経営の本から、重要なものだけを書き写したメモか……」

「それなら問題はないでしょう?」

「……問題はあるな」

「なんですの?」

「そういうのがあるなら俺も欲しいな……」

「だーめーでーす。今回はお兄さまにゆずってさしあげなさい」


 オデットはにやりと笑って、


「ユウキの分は、わたくしが改めて作ってさしあげます」

「それは助かるけど……いいのか」

「というより、たぶん、それでは返しきれないことを、あなたはしてくれると思いますので」

「わかった。じゃあ、楽しみにしてるよ」

「ふふっ。感謝してくださいな」


 じ────っ。


 ん?


「ユウキ兄さまとオデットさまって、仲良しなんですね……」


 気づくと、ルーミアが俺とオデットをじーっと見つめていた。


「ギルドで同じパーティに所属してると、爵位しゃくいに関係なく仲良しになれるんですね……。ルーミア、びっくりしました」

「わたくしとユウキは、互いに命を預けて戦う仲間ですもの」


 オデットはしゃがんで、ルーミアと目線を合わせた。


「だから、あなたのお兄さまは、わたくしのことも身内のように思ってくださるのですわ。もちろん、わたくしもそれに応えるつもりでおります」

「……オデットさま」

「そういえば……ユウキが身内なら、ルーミアさんはわたくしの妹ということになりますわね?」

「そうなんですか!?」

「はい。あなたのお兄さまは、わたくしも身内のように思ってくださってるようなので」


 そう言ってオデットは、くるり、と、俺の方を見た。


「というわけで身内同士、わたくしとルーミアさんは、これからあなたの宿舎でお茶会をしたいと思います」

「は、はい。ルーミアもオデットさまと、色々お話したいです!」

「うん。それは別にかまわないよ」


 オデットが不敵な笑みを浮かべてるのが気になるけど。


「ルーミアも、もうすぐ伯爵領はくしゃくりょうに帰るからな。いいよ。その前にお茶会をしよう」

「はい。ではマーサさんとレミーさんも交えて、ユウキについてお話をいたしましょう」

「賛成です!」

「この前はいろいろあって、思う存分お話ができなかったですものね……」


 ルーミアがオデットのところに泊まった時のことかな。

 確かにあのときは黒ずくめの連中の処理とかで時間を取られてしまったから。


「というわけで、今日は夕方まで、一緒にお話いたしましょう」

「はい。オデットさま」

「もちろん、ユウキも同席するんですわよ?」


 オデットは──ふふん、と鼻を鳴らして、宣言した。


「あなたが領地巡回に出かける前の情報交換ですわ。あなたのことを……あなたの身内がどう思っているか、しっかりと確認していきなさいな。ね、ユウキ」



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