第28話「元魔王、古代の遺跡(エリュシオン)を見る」

「話が違いませんか。アイリス王女殿下。護衛騎士選定は公平に行われると、父上から聞いていたのですが。他の2名だけにお会いになられるとは」


 背の高い方の少年が言った。

 赤毛の少年だった。金糸のぬいとりがされた服を着て、胸には、火を吹く竜の家紋をつけている。赤い髪の毛を指で直しながら、じっと俺と、公爵令嬢こうしゃくれいじょうオデットを見ている。


「王女殿下の騎士にふさわしいのは、このジルヴァン=キールスだと思いますよ。選定の儀式など、そもそも時間の無駄かと」

「殿下に対し失礼だよ。ジルヴァンさま」

「黙れガイエル。伯爵家の者が、この僕と同格のつもりか」

「……い、いえ。ボクは、そんなつもりは」


 ジルヴァンの後ろにいるのは、灰色の髪の少年だ。

 メガネをかけた小柄な少年で、怯えるように、ジルヴァンの背中に隠れている。

 もう片方が侯爵家のジルヴァンということは、こっちが伯爵家のガイエル=ウォルフガングか。伯爵家は狼の家紋なんだな。


 オデット=スレイは、他の騎士候補生2名が同盟を結んでいる、と言ってた。

 それがこの2人か。どっちが上か、一目で判断がつく。

 これが貴族の力関係か。人間ってこういうの好きだよな……。


「とりわけ理解できないのは、男爵家だんしゃくけ庶子しょしがここにいることだ」


 俺かよ。

 というか、他人を指さすのが上位貴族のルールなのかよ。


「立場をわきまえたらどうだ? 成り上がりのグロッサリア男爵家の庶子。少し『古代魔術』をかじったからといって、下位貴族が王女殿下の騎士になれるわけがないだろう? 恥をかかないうちに辞退したらどうだ」

「お心遣い感謝します。侯爵家ご子息ジルヴァンさま」

「ふん。自分の立場はわかっているようだな」


 それはわかってる。俺は転生した『化け物ノスフェラトゥ』だ。

 どうがんばっても人間にはなれない。

 俺はここで人間を学んで、いつか行方不明になる。人間の教育機関に通うのは、たぶん、これが最初で最後だ。これから200年……あるいは300年生きた中での、ほんの短い記憶になるだろう。

 だから──


「わかっております。ジルヴァンさまとこうして向かい合うのが、ほんの短い時間であることも。すぐに……ジルヴァンさまとはお別れすることになることも」

「なに?」

「ですから、辞退する気はありません。どちらが恥をかくことになったとしても、それはいい経験になるでしょう。いずれは思い出として、忘れることができますよ」

「ちょっと待て。どちらが恥? 僕が恥をかくとでも!?」

「というわけで、俺は騎士選定試験に納得しています。王女殿下」

「おい。僕を無視するな。話をしてるのは僕だぞ!!」

「どんな試験を受ければいいのか教えてください。アイリス王女殿下」


 俺は王女殿下の方を向いて、床にひざをついた。

 オデット=スレイも同じようにする。

 伯爵家のガイエル=ウォルフガングは、隣のジルヴァンをなだめながら──ジルヴァンは渋々といった感じで、同じく床にひざをついた。


「試験は『魔術ギルド』が選んだものになります」


 王女殿下は俺たちの前に1枚ずつ、羊皮紙ようひしを置いた。

 そこには、洞窟の見取り図が記されていた。


「この王都に『古代魔術文明の都エリュシオン』の入り口があることはご存じですね?」

「……『魔術ギルド』のみに入れる通路があると聞いています」

「……ガイエル。お前、ここは僕が答えるところだろうが」


 ぽつりと答えたガイエルと、その背中を突っつくジルヴァン。


「ガイエル=ヴォルフガングの言う通りです。この王都はそもそも『エリュシオン』を管理するために建てられた都。管理責任を負っているのが『魔術ギルド』です。今回の試験は、『魔術ギルド』の初級研修生向けのものとなります」


 アイリス殿下が、俺を見た。

 軽く会釈してから、続ける。


「今回の試験の目的は、その羊皮紙に記された洞窟の調査です。場所は『エリュシオン』の上の層。そこにある洞窟にアンデッドが現れたという報告があります。

 その奥にある聖剣が無事かどうかを確認していただきます。当日はC級魔術師のデメテルと、将軍バーンズが同行します。一番早く聖剣にたどりついた者を、私の守護騎士に任命いたします。以上です」


 聖剣か……。

 200年前に『聖域教会』が、大量に発見した『古代器物』で、前世の俺を殺した武器でもある。

 嫌だなぁ。

 あれで刺されたせいで、俺、長剣アレルギーなんだよなぁ。


「質問をお許しいただけますか」

「どうぞ。オデット=スレイ」

「2名の者が同時に聖剣にたどりついた場合は、どうなりますか」

「その場合は決勝を行います。本人同士が納得している場合は、1人を護衛騎士に、もう1人をその補助的な役割に、と考えております」

「……承知いたしました」


 オデット=スレイが俺を見た。

 同盟関係の確認か。

 2人同時に聖剣にたどりついてもOKなら、試験の間は協力しよう、ってことかな。


「その他の詳しい情報は、のちほど担当の者から説明させます。よろしいですか?」


 再びアイリス王女殿下が問いかける。

 回答はなし。俺もまぁ、特にはない。


「試験開始は3日後です。それまでに体調を整えてください。ご健闘をお祈りいたします」





「ただいまー」


 迎賓館げいひんかんで説明を受けたあと、俺は宿舎に戻った。


「お帰りなさい。ユウキさま」

「ただいま。レミーはいい子にしてたか?」

「してたー」

「すごいんですよレミーちゃん。洗濯物をたたむのを覚えたんです」

「……だけど……ねむいよー」


 メイド姿のマーサの隣で、レミーはあくびをしてる。


「たくさんおひるねしたのに、ねむいの」

「まだ子どもですからね。眠いときは眠っていいですよ、って言ってるんですけど」

「レミーは、あるじさまの使い魔だからね……」

「いいから寝ろ。レミー」

「ふぁい」


 レミーはそのまま今の隅っこで丸くなり、眠ってしまった。

 マーサは小さな身体を抱き上げて、寝室のベッドに移動させる。

 それから、俺のところに戻ってきて、


「それで、試験はどうなりましたか?」

「アンデッドがいるダンジョンの調査をすることになった」

「……あらら」


 マーサは同情するような顔になる。


「それは、大変なことになりましたね」

「嫌いなんだよ。アンデッドって」

「以前、ユウキさまとルーミアさま、マーサでお墓参りに行ったとき、でましたからね。スケルトン」

「あのときは本当に大変だった」

「ルーミアさまは泣き出しましたし、ユウキさま自らアンデッドを処理しなければならなくなりましたものね……」

「あれは内緒な」

「わかっております。無理はなさらないでくださいね」

「しょうがないよ。辞退したら、父さまとゼロス兄さまに迷惑がかかる。適当にやって、試験に落ちたらそれでいいな」

「そうですね。マーサは、一緒におりますので」


 そう言ってマーサはキッチンに向かった。


「今日はユウキさまのお好きなパンケーキにします。王都の市場で、ハチミツが安かったので」

「できれば明日も。試験の前日だからさ。やる気が出るように」

「はぁい」


 そんな感じで、俺とマーサは試験の日まで過ごした。





 そして、試験の当日。


 俺と公爵令嬢オデット、侯爵家令息ジルヴァン、伯爵家令息ガイエルは『魔術ギルド』の前に立っていた。

 目の前には、いくつもの塔があった。

 大きいもの、小さいもの、奇妙にねじくれたもの、1階建てのもの。

 その中央に箱形の建物があり、多くの人が出入りしている。あそこがギルド本部で、他の塔は魔術師の研究施設だと、将軍バーンズさんが教えてくれる。


「……久しぶりだな」

「……おひさしぶりです」


 ギルドに入る直前、バーンズさんは小声で言った。


「面倒な話になってすまぬな。わしと姫さまは、間違いなくお主を推薦したのだが」

「他の貴族が納得しなかった、ですよね?」

「だが、もしも他の者が選ばれたとしても、悪いようにはせぬ。それはこのバーンズの名において約束しよう。お主には借りがあるからな」


 そう言ってバーンズさんは笑った。


 俺たちが案内されたのは、山のふもとにある、1階建ての塔だった。

 先頭に立つバーンズさんと、ローブを着た魔術師が扉を開けると、地下に通じる階段があった。


「気をつけるように。ここは、場がねじれている」

「慣れないうちは、目を閉じ、隣の兵士につかまった方がいいだろう」


 バーンズさんと魔術師は言った。

 階段を降りはじめると、奇妙な感じがした。まっすぐ降りてるのに、斜めになっているような。そう思うと、逆に階段を登っているような……そんな感じだ。


「……なんですの、ここは」

「……気持ち悪い場所ですね」


 見た目は石造りの階段なのに、なにか、大きな生き物の中を歩いているような気がする。

 ここが『エリュシオン』に通じる唯一の通路らしい。

『魔術ギルド』に入ったら、調査のたびにここを通らなきゃいけないのか。


 オデット=スレイは口を押さえて、俺の腕にしがみついてる。

 ジルヴァンなんか左右を歩く兵士に支えられて、なんとか歩いてる状態だ。ガイエル=ウォルフガングはふらつきながら階段を降りてる。今にも転げ落ちそうだ。


「……どうしてあなたは……平気なんですの……ユウキ」

「……平気ってわけじゃないですが」


 前世の頃から、普通に空を飛んでたからな。

 風にあおられて回転したり、上下逆になって飛んだりなんてしょっちゅうだ。慣れた。


「そのうち慣れますよ。オデットさま」

「……は、はいぃ」

「……それにしても」


 まさか俺が『古代魔術文明の都エリュシオン』に来ることになるとはなぁ。

 200年前は『聖域教会』が管理していて、一般人は近づいただけで殺されてた。

 嫌な場所ではあるけれど……わくわくする。

 ほんっと、魔術師って業が深いな。


「まもなく『エリュシオン』の内部だ。しっかり見ておけ」


 バーンズさんが言ったあとで、階段が終わり、視界が開けた。




 その先にあったのは、巨大な大穴だった。

 火山の火口……じゃないな。擂り鉢状の地形に、螺旋階段のような通路が続いている。

 俺たちがいるのは、すり鉢の頂上だ。

 目の前には手すりのついた通路があって、それがすり鉢の側面をなぞるように伸びている。その通路はずっと下り坂。それが穴の外壁に沿うように続いていて、らせん状の通路になってる。下へ、下へ。一番下にはなにがあるのか、ここからはまったく見えない。


「ここが『エリュシオン』だ」


 バーンズさんが長柄の斧を手に、言った。


「発見されて220年経った今でも、完全に解明はされていない。お前たち研修生が入っていいのは、上層だけだ。それより下に行った場合は、生命の保証はできない」

「ぼ、僕は侯爵家こうしゃくけ嫡子ちゃくしだぞ。将軍とはいえ、その口の利き方は!」

「そのようなことはまともに歩けるようになってから言うものだ」

「……ぐっ」

「その状態で、聖剣の洞窟に入れるのか? 少しはユウキ=グロッサリアを見習ったらどうだ」


 いや、動じてないのは俺だけじゃなくて、ガイエル=ウォルフガングも……。

 と、思ったら通路の隅でうずくまって震えてる。我慢してただけか。


「聖剣の洞窟はすぐそこだ。ついてこられる者だけくればいい」


 そう言ってバーンズさんは歩き出した。

 俺はオデット=スレイに肩を貸して、そのままついていくことにした。

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