第26話「元魔王、王都に到着する」
──オデット=スレイの馬車の中で──
「わたくしはユウキ=グロッサリアを甘く見ていました」
スレイ家の馬車の中で、オデット=スレイは言った。
「男爵家の庶子だから、こちらが同盟を持ちかければよろこんで飛びついてくる、と。でも、彼ほどの相手に対して失礼でした。わたくしも、甘すぎましたわ」
「あの戦闘能力と……状況把握力。使い魔も……強力。戦士としても魔術師としても……一流……です」
「他の2人を倒すまでは、彼は強力な同盟者となるでしょう」
「その……後は」
「最も恐ろしいライバルとなるでしょうね。それまでに、彼のことをもっと知らなくては」
オデットは、指で空中に紋章を描いた。
右手の指でひとつ、左手でひとつ。最後に右手の指で書き加える。
小声で詠唱しながら、家庭教師の方を見る。小柄な家庭教師は「正しいです」とうなずく。
「……来たれ。我が『地属性』の使い魔。『影の蛇』よ──」
馬車の床に魔法陣が生まれ、そこから、真っ黒な蛇が現れた。
蛇なのに、動きが異常に速い。
オデットが見ている間に、一瞬で荷物の陰へと消えていく。
「これをユウキ=グロッサリアの馬車に潜り込ませます。この距離なら魔力のリンクが維持できます。声くらいは、拾えるはずですわ」
「……おみごとな『古代魔術』です……おじょうさま」
「まだまだですわ」
オデットは金色の髪をかきあげた。
「わたくしはアイリス王女の隣に立つ、護衛騎士となるのです。これくらい当然ですわ」
──数分後、ユウキの馬車で──
「……馬車の中に使い魔がいるな。誰のだ?」
『……キュキュ』
「レミーちゃんも気づいたようですね」
「たぶん
「はーい。お気を付けて」
『きをつけてー、あるじさまー』
俺はマーサとレミーに手を振り、馬車を降りた。
──再びオデット=スレイの馬車の中で──
「そ、そうですわ。あなたを呼びにやりましたの! 使い魔は!! そのために!!」
「そうなんですか」
「……使い魔が呼びかける前に気づくなんて……すごい探知能力ですわね」
「直感です」
嘘だけど。
馬車の四隅には俺の血がちょっとだけしみこませてある。
血は俺の手足の一部だ。近くを誰かが通れば、
レミーにも俺の『
「公爵家のオデットさまくらいになると、『古代魔術』の使い魔で人を呼ぶのかなー。とか思ったんですが」
「よぉくごぞんじですわねぇ!! その通り! ですわっ!!」
「大声を出すと外の兵に聞こえますよ」
「ぐぬぬぅ」
公爵令嬢オデットは
なんでだ。
「お呼びしたのは他でもありません。あなたがどれほどの望みを持っているのか、確かめたかったのですわ」
「望み?」
「『魔術ギルド』の研修生になると、ギルドの魔術師が先生になることはご存じでしょう?」
「そのあたりは、兄から」
「正式なギルド員となれば、『
「……それは知りませんでした」
俺が『古代器物』を見つけたら、グロッサリア
あるいは、俺が新たな貴族の家を立てることができる、ってことかな。
「新たな貴族の家って、一代限りですか?」
「そうですわね。本人の死去とともに、
「本人が死ななかった場合は?」
「そんなの誰が想定しますの」
そうだよなぁ。
俺が
俺の場合、死なない可能性があるからなぁ。
一代限りの
たぶん、問題になるだろうな。
「変な質問なんですけど」
「どうぞ」
「持ってると死ななくなる『古代器物』って、どこかにありませんか?」
「どれだけ欲が深いんですの」
「いや、実際に不死にならなくてもいいんです。そうじゃなくて『それを持ってるなら、死ななくてもしょうないな』って、まわりが思ってくれるようなアイテムであれば」
「……あるかもしれませんわね。『古代器物』であれば」
「ぜひ手に入れたいですね」
「まったく……あなたはどれだけ大きな望みを持ってますの?」
オデット=スレイは言った。
俺の望みか……。
そんなの決まってる。『人間を知ること』だ。
それと、アイリス=リースティア王女がアリスの子孫かどうかを確認すること。
あとは、『フィーラ村』がどうなったのかを知ることだ。
まとめると、
「──俺の望みは王女殿下を守る騎士となることです」
「それは、
「それもあります。だけど本心は、自分のやったことの結果を見てみたいんです。自分がそれなりに生きて、こうしようって決めた結果、どうなったのか。それがいいことだったのか悪いことだったのか知りたい。それだけです」
「わかりますわ。あなたは『古代魔術』を使いこなすために努力してきたのでしょう。その努力の結果、王女殿下じきじきに騎士として指名されたのですもの。ならば、その行き着く先が見たいですわよね。自分がどこまで行けるのか」
「え?」
「え?」
「あ、はい。そうです。俺は自分の魔術がどこまで通用するのか知りたいんです」
「たいした方ですわね。あなたは」
オデット=スレイは
「あなたには出世欲はないのですね。わたくしはあなたが、尊敬できるライバルだとわかりましたわ」
「オデットさまは、どうして王女殿下の騎士に?」
無礼かもしれないけれど、聞いてみた。
一般的な上位貴族がどんな理由で王女殿下の騎士を目指すのか、興味があったからだ。
「わたくしが騎士になりたいのは、アイリス=リースティア殿下を守るためですわ。わたくしは、
「アイリス?」
「────っ!?」
オデット=スレイの顔が真っ赤になった。
それから彼女は、はぁ、とため息をついて、
「アイリス=リースティア殿下は、わたくしの幼なじみでもありますの。小さいころは、共に魔術を学んだこともあります。詳しいことは言えませんが、アイリス殿下には魔術を学ばなければいけない事情があるのです。わたくしはあの方の側でお守りし、サポートする者になりたい。それだけなのです」
「オデット=スレイさま」
「……このことを話したのは、あなたが初めてです」
オデット=スレイは、俺から視線を逸らした。
それから、「はぁ」とため息をついて、
「このことをお教えしたのは、わたくしがあなたに嘘をついたからですわ」
「嘘を?」
「本当はわたくしは、あなたがどんな方か探るために、使い魔を馬車に潜り込ませましたの。でも、あなたはわたくしの予想以上にすごい方で、使い魔が見つかってしまった」
「え? 俺も次からは、コウモリ使って人を呼ぼうと思ってたんですけど」
「怒られるからおよしなさい」
「嘘だったんですね」
「お詫びいたしますわ。わたくしはどうしても……アイリス殿下の護衛騎士になりたくて」
「わかりました。それは、もういいです」
俺だって正体を隠して、人間やってる身だ。
それに、守りたいもののために手段を選ばないって気持ちはわかるからな。
「俺はオデット=スレイさまを信頼します」
「…………ユウキ=グロッサリア」
「次から使い魔をよこすときは、わかるように寄越してくださいね」
「使い魔で連絡取るの前提ですの!?」
そう言ってオデット=スレイは、笑った。
「本当に……あなたには敵いませんわ」
馬車の席に座ったまま、オデットは祈るように手を組み合わせた。
「どうか、アイリス殿下の騎士が、わたくしかあなたでありますように」
「──オデットさま。ユウキ=グロッサリアさま。王都が見えてまいりました!!」
不意に、馬車の外で兵士の声がした。
俺とオデットは窓を開け、外を見た。
街道に先に巨大な城壁がそびえ立っていた。
「あれが、王都ミルガリアですわ」
オデット=スレイが言った。
「そして『
……『
『聖域教会』があの場所を見つけて200年経つけど……今は、どうなっているんだろうな。
そびえ立つ城壁を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
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