第84話 外伝『アーリーデイズ』(22)

「くっ、あ、あちぃな。クソガキどもは長いこと何してやがるんだ。たくっ」


 キャッチマンは額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら、悪態をつく。


 その顔には嫌悪感がありありと出ていて、はたから見ても相当イライラしているのがわかる。

 そしてそんなイライラに比例するようにタバコの量が増えていく。


「うーん、そうですね……休憩にしては長いですよね」


 元々体力がある方ではないカヤにも疲労の色はこく出ている。それも仕方ないーー。


 なぜなら、義孝たちが喫茶店に入ってから1時間半が経過していたからだーー。


「はぁ……クソ、タバコこれで最後かよ」


 キャッチマンは不機嫌そうに空いたタバコケースを握りつぶした。

 しかし、いつまで待っても義孝たちが店から出てくることはない……。


 そこでキャッチマンはあることに気が付いた。


(ん? ……さっきから客の入りが妙にいい気がするな……)


   ◇◇◇


「川島~~!! アイスティーとオレンジジュースとアップルジュースねぇ!」


「はいはいはいはい…………」


 俺はテンション低く新島の注文を聞き、言われたドリンクを用意し始める……何で俺は地方に来てまで働いているのだろうか……。


 新島の話いわく……。


『今日テレビで放送されてお客さんが一気にカモンするようになったのっ! それでダディが急遽食材とかを仕入れに行ったんだけど、その間私1人だから手伝って! バイト代出すからっ! そこの彼女もぜひ!』


 とのことだった……。


 一応言っておくが俺は労働には絶対に魂を売らない男だ。

 今日は休みだぞ? 何で働くなくてはいけないんだ。例えバイト代が出るとしてもお断りだ。俺の休日の時間はしけた賃金では賄えない。


 しかし――。


『時給は緊急だし2000円出すよ!』


 その言葉で俺は魂が揺らぐ。

 いや……だって俺が普段のバイト代の倍以上だぜ……高校生の時給としては破格だ。ちょっと心がざわつくのは多めに見てほしい。

 それに――。


『へぇ! 義孝君! やってみようよ! えへへ! 私バイトって1度してみたかったんだよね』


『わああああ!!! あやめも! あやめも茶屋の娘をやるでござる!』


 アヤメは労働基準法的に問題あるだろうと思ったが……手伝いって名目ならいいのか……?


 とまあ、そんなこんなで、連れがやる気満々だったので仕方なく……仕方なく引き受けることにしたのだ。

 だから決して労働の悪魔に魂を売ったわけではない。


「ほらっ、アイスティーとオレンジジュースとアップルジュースだ」


 緊急のバイトなので俺に割り振られた仕事は単純なもので、店内からは見えない厨房の端でひたすら出来合いのドリンクをつぎ、洗い物をするだけだ。


 手間のかかるブレンドや料理などは新島が担当をしていて、そしてアヤメと美奈が運ぶ。

 新島のやつ、俺と同い年なのに料理の手際とかいいな……。


「ねぇねぇ、義孝君、義孝君。次はコーラとミルクティーね」


「はいはいはい。りょーかい」


 俺がやる気のない返事をすると、ニコニコと俺のそばに寄ってきた。


「ふふっ、やっぱりこういうのって楽しいなぁー。ねぇ、さっき私ナンパされちゃったんだ~。ねぇ、どう思う? 今どんな気持ち?」


 何かを期待するような視線で悪戯っぽく言う美奈。

 こいつは何を言ってるんだ……? そんなの――。


「お前がナンパされると当たり前だろ……? お前は自分がどれだけの美少女か自覚をした方がいいぞ? 馬鹿じゃねぇの?」


「ほ、褒めらてるのに……怒られるてる?」


 いや、お前が当たり前のことを聞くのが悪い。


「で、でも……その……義孝君的には私がナンパされても……いいの?」


「いや……お前の性格上、どうせナンパの撃退術はマスターしてるんだろ? むしろ相手の男が心配だ」


「そうなんだけど……そういうことじゃないの! 確かに二度と私に話しかけられないよに心をぽっきりへし折ったけど……たぶんあの人、今後女性に興味持てないと思う」


 大ごとじゃねぇか……。


「ちぇー、嫉妬心で燃え盛って火事になる義孝君を見てみたかったのになぁ……なんか残念」


 何で俺が火事になるんだよ……心底残念そうに言ってるんじゃねぇ。


「はぁ、まあ……お前が男と楽しそうに話してると、複雑な気持ちにはなるけど……」


 俺も男だし……多少の独占欲というものはある。美奈みたいな美少女ならなおさらだ。

 まあ……俺別に美奈の彼氏っていう訳じゃないから……気持ち悪い独占欲なような気もするけど……。


「…………」


「ん? 美奈? どうした……? 俺の顔を見つめて。顔が赤い気がするが、体調でも悪いのか?」


 美奈は礼の薬の件がある……体調には注意を払った方がいいだろう。


「う、ううん。体調はいいよ……かつてないぐらい。な、なんなら、今にも踊りだしたいぐらいに……踊ってもいい?」


 ……相変わらず行動が奇抜過ぎる……。


『あああああ、お兄ちゃん! 美奈ちゃん! さぼったらめっ! でしょ!』


 その時アヤメが厨房に入ってきた。

 頬を可愛らしくぷくぅーと膨らませている。


「はいはい、仕事はしますよー。ほら、美奈そろそろ仕事に戻るぞ」


「……うん! えへへ……お仕事頑張らなくちゃ」


 美奈は機嫌よさそうに厨房から出ていく……まったくコロコロと表情が変わって見ていて飽きないやつだな。


 それにしても……あんなに機嫌がいいって……美奈は働くのが好きなんだな……。

 俺にはわからん感覚だ……。

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