第39話 とある優雅な休日(5)

「……本当にごめんなさい」


 俺の事情を知ってしまったことを水着売り場で申し訳なさそうに謝る音無さん。


 その大きく落ち込む姿を見て逆にこちらが申し訳ない気持ちになる……職場では俺と娘たちの関係はなるべく伏せるつもりだった……それは無用なトラブルを避けるためだ。クビや転勤にはなりたくはないからな。


 でも……せめて自分の部下には説明するべきだったのかもしれない……と思った。


「…………」


 まあ、でも今はそれよりも大事なことがある。


「音無さん、そんなことよりも……」


「そんなこと? そんな言葉で済ませていいわけないです。私は勝手に店長の深い部分を聞いてしまいました。店長は奥さんを失ってすごく悲しまれてるんですよね……? だから、風俗に行ったり、殆ど知らない女をデートに誘ってしまうんですよね?」


 冗談ではなく真面目な口調と顔で言う音無さん。


「まてまえまてまてまてまてまてまてまて。俺はそんな殊勝な人間じゃない!」


 やばい音無さんの中の俺がどんどん美化されていく……。

 そうかそういう訳か……だから俺なんかのデートの誘いを受けたのか。

 というか、そうじゃなきゃ音無さんみたいな真面目な子が、奥さんがいる男の誘いに乗るはずがないか……不倫とか大嫌いそうだし。


 俺は何とか誤解を解こうとするが……。


「そんなことないです。店長は立派な父親です」


 誤解がひとり歩きをしている。

 

「ていうかこんなこと言いあってる場合じゃないんだって……!」


「えっ?」


『ヒソヒソヒソヒソ』


 俺たちを遠巻きに見てコソコソ話す店員やお客さんたち。

 傍から見れば俺は若い女の子に水着を着せて、頭を下げさせている変態中年だ。


(警察が来たら言い訳ができない。くっ、最近こんなんばっかりだな……!)


「す、すみません……。すぐに着替えますね」


 音無さんは俺の視線の先を追い、今の状況に気が付いたらしい。すぐに試着室に入った。

 頭の回転がはやくて助かる……でもこのまま何も買わないで出るのは何だな……。


「すみません~これ買いたいんですけど……」


「あ、はい……か、かしこまりました」


 俺は作り笑い全開の店員に、同じく全力の作り笑いを返した。

 

   ◇◇◇


「えっと、店長。ごめんなさい……私いろいろ勘違いしてました……」


「いや、音無さんはなにも悪くない……」


 俺は不信感マックスだった店員から『商品』を受け取り、それをカバンに突っ込むと、着替え終わった音無さんをつれて店を出た。

 それで、駅前は人が増えてきたので、近くにあった喫茶店に入り、罪悪感からしょんぼりしていた音無さんに俺の事情を説明した。

 

 幸い店内に人は少なかったので静かに話すことができた。


 いきなり娘たちがやって来たこと。今は一緒に住んでいること、などだ。


 音無さんは静かに話を聞いていて、納得したのか大きく息を吐いた。

 はぁ、誤解が解けたのはいいけど、これでまた軽蔑されると思うと気が重い。なんたって理由はあれど娘をほったらかしにしてたわけだしな……。


 だが……音無さんの反応は俺が予想していたものとは違った。


「店長は立派ですね……」


 優しくほほ笑む。

 えっ? なんで? 普通は『責任っていう言葉を知っていますか?』ということを言われても仕方ない気がするんだけど。

 葵ちゃんは馬鹿だからあれだけど、音無さんみたいな真面目な人には糾弾されると思ってた……。


「なんでだ? 俺は娘をほったらかしにして、社畜をやってたんだぞ? それにあいつらの母親の命日なんか風俗に行ってたぞ」


 これは後で知った話だ。どうしようもなかったとはいえ、後悔してもしきれない。

 

「それは最低ですね……それなのに今日も行こうとしてまし……」


「人間はそう簡単に変えられないんだよ……てか、俺が行こうとしてたの気が付いていたのか……怖くて聞けなかったんだけど……」


「それはそうですよ……あんなにきょろきょろしてれば嫌でもわかります」


 俺そんな挙動不審だったの? でも男なら仕方ないだろ……俺は悪くない。男はいつまでも風俗にロマンを求めてるんだからな……。


「でも、それでも……店長は素敵です。子供を受け入れる決意は経験した人間にしかわかりませんから……」


「そうか……」


 ああ。音無さんには俺の気持ちがわかるんだ……18歳で3歳の娘を持つ音無さんには……。

 理解されるというのはなんというか……嬉しいもんだな……。


「そうだ。これやるよ……」


俺は先程買った商品の入った袋を音無さんに差し出す。


「えっ、これって先の私が試着していた水着じゃないですか?」


 音無さんは俺から受け取った袋をのぞきこんで驚いた顔を見せた。

 まあ、そりゃそうだろう……いきなりおっさんからプレンゼントを貰うなんて気持ち悪いよな。


 だが、音無さんの反応はそんな感じではなく、ただただ申し訳なさそうだった。

 

「も、もらえませんよ……いくらですか? お金払いますよ」


「いいって、俺が気まずくて勝手に買った物だしな……それにそんな水着を持って帰ってみろ。娘になんて言われるか……」


「そ、それなら、娘さんたちにプレゼントしたら喜びますよ?」


 やっぱりプレゼントは喜んでくれるか……うむ。


「でも、その水着は無理だな。サイズが合わん、主に胸の――」


「ぶっ飛ばしますよ?」


 とてもいい笑顔だ。すごくいい笑顔だ。ただし目は笑っていない。すげぇ―怖い……。

 

「…………ありがとうございます。頂きます」


 だがやがて、笑顔はまた申し訳なさそうな顔になり、ぎゅと水着が入った袋を抱きしめた。


「ああ、よかった……それで一つお願いがあるんだけど……」


「ええ、気分がいいので、少しならエッチなことでもいいですよ?」


「えっ!? マジで!?」


「……店長せっかく見直してたのに……はぁ冗談です」


 おい何ため息を吐いてやがる。てめぇが言い出したことだろうが。

 なんのトラップだよ。


「ふふっ、男の人からプレゼントなんて初めてです……」


 嬉しそうだからいいか……。

 よし、風俗代が浮いたから、資金には余裕があるし、『前から考えていた』ことをしよう。


 俺は音無さんへのお願いを口にした。

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