少女と黒い腕

29


 あるところに、不幸な少女がおりました。


 優しい父母に恵まれていたはずの少女は村を盗賊団に襲われ、両親を殺されました。まだ幼かった少女は殺されるのをまぬがれた代わりに、捕らえられ、不自由な生活を二年ほど過ごしました。そして、少女を飼うことに飽きた盗賊団は、少女を奴隷商へと売り払いました。


 少女は盗賊団にいた頃にも、すでに奴隷のような生活を続けていたものですから、そこにあまり違いはありません。


 奴隷商は売り物の少女を痛めつけることもありませんでしたし、むしろ少女にとっては平和な日常であったといえるでしょう。その頃に気づいた不幸と言えば、少女が両親の顔どころか、自分の名前すらも忘れてしまったことぐらいでした。


 奴隷商が少女の次の主を見つけたのは、三か月ほど後のことになります。


 少女が次に売られたのは、大きな街にある教会でした。


 少女は石でできた独房に放り込まれました。


 少女はそこで、決まった時間に祈りを捧げるという日常を繰り返すこととなります。


 わずかな食料を恵んでもらう代わりに、神へ祈りを捧げます。


 少女には知る由もありませんが、この世界では、祈りを捧げることで魔力を水晶に蓄えることが可能であり、力仕事のできない女の奴隷を独房に監禁し、一日中祈りを捧げさせ、水晶に魔力を貯めさせるためだけに生かすという――まるで鶏に卵を産ませるように奴隷を扱う施設があったのです。


 わずかな食事を手に入れるために、少女は毎日祈ります。


 そして、腹を満たせることに心の底から感謝していました。


 しかし、その単調な繰り返しの日々が一年ほど過ぎた頃、異変が起きました。


 今までよりも、差し出す魔力に対して支給される食糧の比率が減ったのです。

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