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 アンテナショップ内に入ったメイド服姿のバーチャルアイドル、SNS上ではミカサと言うらしい。


 実際にSNS上でもそこそこの知名度を持つ有名人だが、活動場所は電脳空間と言う変わったアイドルでもあった。


 バーチャルアイドルが近年になって多く出現したのは否定しない一方で、リアルアイドルの出番が奪われるとSNS上では炎上騒動になっている。


【あのミカサが来ているらしい】


 あるつぶやきがきっかけになり、急速に拡散をするのだが――その姿が見られるのはバーチャルアイドルが投影できるアプリをダウンロードしている特定ガジェットのみ。


 アプリ自体は無料だが、ガジェットの方は自前で用意する必要性がある。これによって、リアルアイドルで起こりうるトラブルを事前防止しようという事らしい。


 実際に効果があるのが疑わしい方法だったのだが、一定の成果は得られているとアプリ開発メーカーの発表では言及されている。


 本当かどうかは疑わしいというユーザーが多く、実際に試して要約理解したほどだ。それ位、公式発表でさえまとめサイト等で詳細をゆがめられたり、一部個所を省略されて拡散していた。これではSNS上で炎上が起こるのも無理はないだろう。


 そうした事情はミカサも把握はしているだろう。しかし、知名度も高くないようなバーチャルアイドルが訴えても、パリピ勢等と同類に見られるのがオチだ。


 その為か、あえてミカサは突っ込むのを止めている。むしろ、その方が逆に他からは色々と言われるが火に油を注ぐよりはマシと言えるだろう。


 更に自体を炎上させたら、それこそ芸能事務所の思うつぼだ。過去に起こった事件、それを繰り返す訳にはいかないのだから。


【一連の事件、それを繰り返せばエンドレス化していき、いずれコンテンツ流通ビジネスは破綻する】


 この発言が真実になってしまうかどうかは定かではないが、特定発言のみが拡散されていない状況をみると――。



 アンテナショップ内で誰かを探すミカサだが、ガラス張りに見える壁には何も映っていない。あくまでもバーチャルアバターと言う扱いなので、実体がないという事のようだ。


 しかし、不正データのアバター等では鏡に映る仕組みになっているようだが、仕組みに関しては防犯技術の拡散を懸念して非公開らしい。


(なるほど――そう言う事ね)


 ミカサが周囲を見回し、自分の姿が見えない事には違和感を持つが――普通の壁と思って気にはしていなかった。しかし、その正体を改めて知った時には妙に納得しているようでもある。


「気のせいか」


 あるプレイヤーが人影を感じてスマホの画面に向けていた視線を別の方へと向けるが、そこには誰もいない。気のせいと言う事のようだ。


 しかし、ミカサが通ったのは事実であり――もしかすると、彼はバーチャルアバターのアプリをインストールしていなかったのかもしれない。


【あのミカサが来ているらしい】


 しばらくして、先ほどの人物が例の書き込みを発見し、人影が実は本当だった――と気付くのだが、その時には既にミカサは別の場所へ。


 別の人物はバーチャルアバターのアプリをインストールしていたので、同じアプリの連携機能等からミカサが来ている事を認識したらしい。


 基本的にバーチャルアバターのアプリは一社だけしか提供していない事もあり、そこからあっさりと場所が割れたのだろう。


(何となく、リミットは少ないみたいね)


 ミカサは、そろそろ用事を済ませないとパニックになると認識した。そこまでメジャーなバーチャルアバターではないが、更に有名所のアバターまでくるとパニックになるのは目に見えている。


 いくらアプリ所持者限定でしか見えないと言っても、限界はあるだろう。透明人間なんている訳はないのだが、中にはステルス迷彩の様な技術も存在する為だ。



 アンテナショップのセンターモニターが置かれている場所へ移動し、ライブ中継を視聴していたのは暮無くれないヒビキである。


 既に情報収集等の目的は達成したので、後は様子を見てから帰ろうと思ったが、ライブ映像で興味のある者が移っていたので、それを確かめていた。


「なるほど。あれが噂のレッド――とは少し違うみたいね」


 ヒビキは隣から突如として声が聞こえた事に違和感を持つ。ヘッドフォン等はしておらず、スマホの通話アプリもインストールしていない。


 それなのに声がするのはどう考えても怪しいと認識するのだが、ヒビキの場合はレッドダイバーの声も聞こえたので偶然とは思えなかった。


(女性の声? 他のプレイヤーの声とは思えない)


 何かの故障とも考え、スマホを取り出すのだが――そこで何かの異変に気が付いた。


 とあるアプリが反応を示しているのである。このアプリはレッドダイバーと遭遇した際にダウンロードしたアプリなのだが――。


「かなり特殊なアプリが反応していた――と言う事かな」


 ヒビキの目の前に姿を見せたのはメイド服を着た典型的なメイドだった。メイド服を着ていればメイドと言うのは当たり前のように見えるが、草加市ではそうとも言えないのが現実だ。


 メイド服で客引きをする人物もいれば、メイド服を着ている女性格闘家と言う路線だってある。それが、聖地巡礼化した草加市の特徴でもあるから。


「君は一体、何者?」


「何者と言われても、答えにくいかな」


「メイド服を着た典型的なメイドが、草加市にいる訳――」


「このアバターは汎用アバターだから、色々とね」


 メイド服姿の三笠は色々と諸事情がありつつも、話せる範囲で話す。そして、彼女がヒビキに遭遇したのは偶然ではなかったのである。


「君に私の姿が見えているという事は、そう言う事よ」


 ミカサの一言、それは明らかにレッドダイバーの事を知っている様な口調だ。レッドダイバーがバーチャルアバターと言う訳ではないのだが、何かを知っているのは明らかだろう。

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