新間(妹)レポート④
常勝の王様は、常勝の王様のまま、遂に高校生活最後の戦いが始まろうとしていた。
相手は勿論、不屈の皇帝。
U-17ワールドカップで大きく評価を上げた香田君だったが、高校三年になってここまで、結局日向君の牙城を崩す事は出来ていない。挑めば挑む度、日向君が力で蹴落として来たんだ。
でも、二人の差は大分縮まっていた。それは間違いない。それでも、まだ総合的に見て日向君の方が優れたプレイヤーだと云うのは、私だけじゃなく多くのサッカー関係者の見解だ。
只一人、日向大輔本人だけが、自分が香田圭司に劣っていると思っているんだろう。
大学生になった私は、無事に希望の大学に合格し、時間の都合を見付けては日向君の練習を見学に行っていた。
練習では常に、誰よりも自分を追い込んでいる彼がいた。
それまでは最低限の身体のケアをしていたが、U-17の後は鬼気迫る程の練習量で、チームメイトも、監督も、コーチも、姉や学校関係者も、日向君に練習は程々にする様にと忠告したらしいのだが、彼は聞く耳を持たなかったらしい。
元々、彼は次期日本代表のエースと呼ばれる絶対的存在だ。最早誰も彼に強く言える者が居なくなっていたんだろう。
…私に何か出来る事はないだろうか?
でも、日向君とは姉を介して三回程顔を合わせた事があるけど、会話なんて当然無し。……あれ?私、ストーカー?
いや、違うわ。私のは取材だから。大体、離れた所から見てるだけで、誰にも迷惑はかけてないもん。
頻繁に練習場に顔を出す私に、一度内村君が声を掛けて来た事があったけど、全力で逃げた…。日向君を追いかけ過ぎて、異性との接し方を学ぶ機会を逸してしまったのだから仕方ない……。うん、仕方ない…。
結局、私は何も出来ず、運命の日を迎えた。
全国高校サッカー選手権大会決勝。東条学園対帝都高校。
日向君は…いつにも増して、決意に充ちた厳しい表情だった。
対する香田君も、絶対勝つと云う決意に充ちた表情だった。
同じ決意に充ちた表情なのに、なんであんなにも違うんだろう?
勝つ事に希望を抱く者と、負ければ全てを失うと焦燥する者。私は、試合前から言い様の無い悪い予感がしていた…。
笛が鳴った。
日向君は……やっぱり日向君だった。
開始早々、香田君からボールを奪うと、あっという間に五人抜きでゴールを決めたのだ。
そのプレーを見た全ての人達が確信したと思う。日向大輔は、日本サッカーを新たなステージに連れて行ってくれると。そんな人々の希望が全て詰まった、そんなゴールだった。
でも、私はある種の不安を拭いきれなかった。
小学校時代、地区予選決勝でも、彼は五人抜きを決めた。只一つ違うのは、あの時はゴールを決めた後、本当に楽しそうに笑っていた。
でも、今の彼は、直ぐ様表情を引き締めてプレーを再開させている。
彼も成長したのだから当然だ。そう思うのは簡単だけど、私は違和感を覚えた。
そんなに…そんなに追い詰められてるの?なんで、もっと自分を信じられないの?
その後も日向君が点を決め、2対0となった。
見ていた人の多くは、これで東条の優勝を確信したかもしれない。
でも香田君も、やっぱり香田君だった。
前半終了間際、カウンターから絵に描いたような見事なゴールを決めたのだ。
2対1。これで勝負は分からなくなった。この辺りから、次第に帝都を応援する観客の声が多くなって来ていた。
日本人は、努力が報われる瞬間を好む。そして、トップが墜ちて行く様を傍観する事も好むんだ。
東条学園・日向大輔と帝都高校・香田圭司の関係は正にそれで、観客は帝都の…香田君の下克上を期待しているのかもしれない。
後半が始まると、日向君の運動量が一気に落ちた。
…おかしい。どんなに前半ハイペースだったとしても、日向君のスタミナが前半だけで切れる訳が無いんだ。となると、考えられるのは…怪我!?
前半終了間際の香田君が点を決めたシーン?あれで怪我をしたんだろうか?……いや、違う。あのスライディングはそんなに怪我をするようなプレーじゃ無かった。
なら、考えられるのは怪我の再発。まさか、ドイツ戦の膝の怪我が治ってなかったの?あれから一年以上も経ってるのに……いや、一年間、彼は我慢してたんだ。
…私は馬鹿だ。いつも見てたのに、なんで気付かなかったんだろう?悲壮な雰囲気ばかりに目が行って、彼の身体の異変に気が付かなかったなんて…。
試合は私の不安が的中し、終盤、香田君のゴールで、遂に帝都高校が東条学園からリードを奪ったのだ。
途端に沸き起こる帝都への大きな声援。
会場が…日本中が香田君の勝利を、日向君の敗北を望んでるって言うの!?
ピッチ上、彼はがむしゃらに走っていた。そこにはもう、王様としての威厳は無い。只ひたすら、足掻くように走る姿だけがあった。
なのに、この声援はなんなの?誰よりも頑張って練習して、周囲の期待に応えるために心も体もすり減らしてまで戦ってきた王様に!
試合前から抱いていた不安が消えない。
私は、例えここで日向君が試合に負けたとしても、一切関係ない。これからも彼を追い続けるつもりだ。
でも、もう止めて!!日向君を追い詰める様な歓声も、日向君も!これ以上やったら、これ以上やったら………
その瞬間は、時の流れが遅くなった様に見えた。
ボールに向かって走る日向君。でも、日向君はボールに追い付く前に、トップスピードのまま、まるで糸の切れた人形の様にバランスを失い、受け身を取る事無く頭から転倒して、起き上がる事なく担架で運ばれて行ってしまった。
この日、日向大輔は“一度”死んだのだ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます