第27話 脱出成功からの

 王都は荒れて・・・いなかった。

 人買い集団の捕縛という大事件ではあったが、これを元締めの宗秩省そうちつしょう総裁に知られるわけにはいかない。

 今月の王都警備担当の騎士団が静かに速やかに捉えていく。

 アジトにしていた民家でも、食材を届ける商店の店員に化けた騎士が中に入り込み、あっと言う間に逮捕が終わった。


 ではその時奴隷予備軍は何をしていたのか。

 彼らは地下通路を歩いていた。


「うまくいったわね」

「簡単だったわ」

「んな訳ないだろう」

 

 先頭が通路に入ると同時に地下通路の扉を開ける。

 アンナが静かにその中に拉致者を誘導する。

 予め説明されたように静かに後に続く。

 最後の一人、エリカが収納されるとすかさず閉める。

 音もなくこの一連の動作をするには、奴隷候補たちと扉の開け閉めをする者の連携が大事だった。

 一人でもパニックを起こしたり驚きの声をあげたりしては台無しだ。

 簡単そうでいて難しい作戦なのだ。

 隠し通路が一直線ではなく曲り道だったからこそできた行動だった。

 入口から出口が丸見えならまず無理だったろう。


「皆さんが協力して下さったからこその成功ですわ」

「ファーとライも丁度いい瞬間で開け閉めしてくれたもの。助かったわ」


 二人に笑顔で言われれば黙るしかない男たち。

 惚れた弱みだ。


「ごめんなさい。これだけの人数が話し始めると、さすがに外に声が漏れてしまうの。もう少しだけ猿ぐつわを我慢してくださいね」

「はぐれてはいけませんから、縄のほうもご容赦くださいませね。必ず安全な場所にご案内いたしますから、わたくしたちを信じてくださいませ」


 冒険者四人に率いられ、王宮侍女と警備隊隊員たちは地下の道を進む。

 トロッコを使えば早いのだが、さすがに二十名近い人数を乗せることはできない。

 すでにかなりの距離を歩いている。


「一体どこに出るんだ ? 」

「そうねえ、どこがいいかしら、アンナ」

宗秩省そうちつしょう総裁に絶対知られない場所がいいのだけれど」


 娘二人はこれだけの人数が現れても話題にならない場所を探す。

 スラム街も考えたが、一斉摘発とか言われて突撃されれば逃げようがない。

 まず総裁主導の人買いを明るみに出さなければならないのだが、それらを握りつぶされては困る。


「みんなを保護してもらえる安全なところっていったら・・・」

「あそこしかありませんわよ」

「でも、物凄くリスキーじゃない ? 」

「そこなのよねえ。一歩間違えれば全員縛り首になりかねませんし」


 何か危ない会話をしている。


「おい、その場所は本当に安全なのか」

「そうですよ。縛り首とか、なにやら怪しい話ですが」


 心配する男たちは無視して話し合っていた少女たち。


「やはりあそこしかありませんわね」

「うん、多分口は堅いだろうし、箝口令布いてもらえばなんとかなるんじゃないかしら」

「いざという時にはファーとライに頑張って頂くことにして」


 え、なんで自分たちが頑張るんだ ?

 何がなんだかわからない先輩冒険者に、後輩たちは笑顔で告げる。


「ライ、約束通り、わたくしをちゃんと守ってね」

「え、はい、元からそのつもりですが」

「もちろん、あたしのことも守ってくれるのよね、ファー ? 」

「お、おう。あたりまえじゃないか」


 言質はとった。

 娘たち二人は嬉しそうにお互いのパートナーの手を取って歩き出す。


「なんでしょう。この不安な気持ちは」

「ひと騒ぎあるような気がしてならないんだが、気のせいか ?」


 そんな四人をさらに不安な気持ち一杯で眺める奴隷予備軍たちだった。



 その翌日。

 総裁は晴れて皇太子妃に内定した男爵令嬢エリカノーマを連れて御所へと向かった。

 皇帝ご夫妻と皇太子殿下、その側近。

 対面式が終われば宗秩省そうちつしょうの手を離れる。

 後は引き続き離宮でのお妃教育からの婚約式、数か月をおいてご成婚の流れになる。

 ここから先は本人の腕次第だ。


 御所の前には王宮侍女と警備兵が待っていた。


「お待ちしておりました。総裁閣下。そして皇太子妃内定おめでとうございます」

「ここより我らがご案内いたします。どうぞこちらへ」


 二人の侍女が彼らを先導する。

 後ろを警備兵がついてくる。

 ところどころで御所に仕える者がいて、二人にお祝いを言い頭を下げる。

 奥に進むうち、総裁はあることに気が付いた。

 警備兵の中に見覚えがある者がいるのだ。

 それもつい最近会ったことがあるような。


『いや、気のせいだろう』


 頭を振って侍女たちに続く。


「おや、対面式は応接室で行うはずでは ? 」


 この廊下はいつも報告の為に訪れる執務室へと続いている。

 

「実は今朝になって応接室の不備が見つかりまして、残念ながら回復には至りませんでした。急遽執務室で執り行うことになりましたこと、お詫び申し上げます」

「そうか、了解した」


 一つの扉の前で侍女たちが止まる。


「こちらで皇帝、皇后両陛下と皇太子殿下がお待ちでございます。どうぞお入りください。本日は誠におめでとうございます」


 侍女たちは扉を開けると、脇に控えて頭を下げる。

 総帥は男爵令嬢を従えて中に入る。

 そして頭を深々と下げる。

 と、背後の扉が勢いよく閉まる。

 気が付くと自分たちは警備兵に囲まれていた。


「こ、これは一体・・・」


 執務机に座る皇帝陛下。

 その横に立つ皇后陛下と皇太子殿下たち。

 その隙間から見知った顔が現れる。


「ごきげんよう、総裁閣下」

「おひさしぶりです。お元気でした ? 」


 取り逃したあの皇太子妃候補だと気が付くのに数秒かかった。

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