第13話 こーこはどこーかな ?

「ここは ?」


 きれいな街並み。

 ゴミ一つなく整った道。

 建物の脇には雑草一本生えていない。

 ここは城下町か。

 にしてはきれいすぎる。


「だと思うでしょ ? 残念でした。大外れ」


 少女たちがウフフと笑う。

 こっちに来てと言われて、大きな荷物を持ってついていく。

 何故か街行く人たちがこちらを見てコソコソ言っている。


「気にしちゃだめよ。悪気はないんだもん。ほら、着いたわよ」


 エリカが小さな家の扉を叩く。

 すぐに中から返事があり住人が顔を出した。


「エリカじゃないか。久しぶりだな。どうしたんだ、急に」


 年の頃は四十後半。

 人の上に立つ顔をしているとライは思った。

 

「こんにちは、おじさん。ちょっと困ったことになってるの。えっと、箝口令、頼んでいい ?」

「ごきげよう、おじ様。わたくしたちとこの人たちの事、外に漏れないようにしていただけるかしら」


 男は四人を中に招き入れると、外に向かって大きな声で叫んだ。


「すまんがこの四人のことは内緒で頼む。外に漏らすな」


 街の人たちが了解の印に手を挙げているのが見えた。


「さて、そっちの坊やたちは誰だ」


 扉を閉めて四人を奥のテーブルに誘う。

 エリカたちは勝手知ったる他人の家と、さっさとお茶の支度をする。


「俺たちは冒険者だ。俺はファーでこっちはライ。彼女たちとはちょっとした知り合いだ」

「俺はこの街を纏める顔役だ。エリカの親父さんと知り合いで、こいつが小さい頃からの付き合いだ」


 三人は握手してテーブルにつく。

 そこに少女たちがお茶を配ってまわる。


「ところで今日はどうしたんだ。王宮で大人しくお妃教育受けていると思ったら度々こっちまで出てくるし、門を通った様子もない。どうせ王宮の隠し通路かなんか見つけたんだろうっていうのがみんなの一致した考えだがな」

「すてき、おじ様。大正解」

「なんでみんなわかるのかな」

「冗談だ、ばか」


 顔役は入れたてのお茶を行儀悪くフーフーと冷ましながら口にする。

 どうせめんどくさい話を持って来たんだろう、さっさと話せと促される。


「うーんとね、話せば長いんだけど、簡単に言うわね」

「殺されそうになってるから、ここでしばらく匿っていただきたいの」

「まて、なにスラっと簡単に言ってんだよっ !」



「つまりこういうことだな ? 皇太子妃候補なのにイチャモンつけられて拘束されそうになったと。それがどうやら責任者のお偉いさんが関わっているらしい。捕まったら何をされるかわからない。で、隠し通路を使って逃げてきた。間違いないな ?」


 少女たちがウンウンと頷く。

 

「なんで実家に帰らなかったんだ ? そっちのほうが安全だろう」

「お妃教育がイヤで逃げ出しましたって連れ戻されるに決まってるもん。ここのがよっぽど安全だわ」

「親に引導渡されるのは遠慮したいわね」


 あたしたちバカじゃないもんとエリカが胸を張る。

 

「そもそもどのあたりでおかしいと気付いたんだ ? 昨日今日の話じゃないだろう」

「初日からよ」


 アンナが答えた。


わたくしは上位貴族の娘よ。お話があった時点で皇太子妃選定について聞いていたわ。小さな屋敷に閉じ込められたってだけで怪しいと思った。実家と連絡を取ってはいけないとか」


 アンナは続ける。


「それに先生たちが恋人関係になろうとしているのが見え見えで、これはわたくしたちを候補から落としたいんだって気づいたの」

「貴族令嬢のアンナを妃殿下にしたいなら、あたしだけに粉掛ければいいでしょう ? なのに二人ともよ。これは本命はどこかにいて、あたしたちを表に出さずに消し去りたいってことじゃないかと思ったわ」


 第一、妃候補になったら初日に皇太子殿下に拝謁するってことだったし、それがないってことは殿下はわたくしたちの存在すらご存知ないんじゃないかしら。

 アンナは冒険者たちにどう思う ? と尋ねる。


「確かにそうかもしれないが、その前にちょっと教えてくれ。自宅より王宮より安全なここは、城下町のどこなんだ ? 俺たちには皆目見当がつかない。少なくともこういう街並みは今まで通ったことがない」

「あら、言ってなかったかしら」

「言ってねーよ」


 アンナとエリカはそれは失礼と頭を下げた。


「ここはね」

「「スラム街よ ! 」」


 

 その頃、王宮では大捜索が密かに進んでいた。

 しかしどれだけ探しても少女たちの行方がわからない。

 探していないのは後・・・。


「皇帝ご一家がお住まいの御所だが、まさかそれはあるまい。しかし・・・」


 彼女らがご一家に保護されているとは考えにくい。

 では、どこへ ?

 

「見る目がなかった・・・」


 たかだか未成年の小娘二人、簡単に操れると思った自分の甘さを悔やんだ宗秩省そうちつしょう総裁だった。



「スラム ? まさか、どう見たって城下町だろう。それも貴族街並みに手入れの行き届いた」

「うん、貴族街並みに手入れの行き届いたスラムよ」


 ファーとライは信じられないと首をふる。


「あなた方が考えているスラム街がどういうものかはわかるわ。ここは入り口に門があって、普通の人は入れないから、本当はどんな街なのか外には伝わらないわ」

「思い込みだけが先行して、中身を見る人はほとんどいないわ。だから門を通ってここに来ようとする人はいない。訳アリの人以外はね」


 スラム。

 人心は荒れはて、街は荒廃。

 犯罪渦巻く街。

 決して近寄らないようにと、王都に住む人々は子供の頃から教わる。

 だが、それを逆手に入り込む者たちもいる。

 お貴族様と平民の駆け落ちカップル。

 他国からの亡命。

 意見が合わず追放された学者。


「前から住んでいた人って女性よりも一人身の男性が多かったし、夫婦者が増えればいいところの教育を受けた子孫が増えるわけで」

「ペットセラピーじゃないけど、小さい子って癒しなのよね。やくざ者もいいおじいちゃんになっちゃうし」

「当然だけど結果的に自然と真っ当な街が出来上がったわけ」

「ま、何十年か前に大々的な改革計画があったっていうのもあるがな。今ではごらんのように静かで清潔でいい街さ」


 でも外から入り込む者がいればすぐわかるから安心。


「そういう訳ですか」

「・・・確かに、他所よりは安心だな」


 冒険者たちは言われてみればそうかもと納得した。


「ところで、これからどうするんだ ? ここに籠っていたって何の解決にもならないぞ。それに今持っている身分証だと、あっという間に足が付く」

「そうなのよ。逃げるのに必死でその先考えてなかったのよ」


 困ったわね。

 とりあえずここに逃げ込めば命だけは助かるって思ってた。

 仕方ないなあと冒険者たちが助け舟を出す。


「じゃあ、荷物はここに預けて冒険者ギルドに行こう。冒険者登録をすれば身分証は発行される。それで王都内の移動は自由だ」

「まだ君たちが王城内にいると思っているだろうから、今がチャンスだと思う。明日になったら外まで探しに来るはずだから」


 ホラ、そのメイド服だと目立つからと言われ、アンナとエリカは急いで着換えにいった。


「あいかわらず台風みたいな娘たちだな」

「昔からああなんですか ?」

 

 ライがお茶道具を片付けながら聞く。


「ここはスラムだが、改革時に使っていない廃屋らを整理して、細々と養鶏と農業をやっている。エリカの親父さんが卵の質がいいからって専属契約してくれてな。それからの付き合いだ。昔っから元気いっぱいで明るい子だったが、ここ数か月で磨きがかかったな。アンナの方は知らん」


 スラムと契約とは、中々に柔らかい頭の持ち主らしい、エリカの親父さんは。


「あの人は売り物に手を抜かないからなあ。組織がでかくなって隅々まで目がいかなくなっても、食材だけは自分で選ぶ。店の勝手にはさせない。良いと思ったら使う」


 スラム産 ? それがどうした。知ったら急に味が変わるのか ?


「だから俺たちはそれに応えて良い品を納入するだけさ」

「なるほど。素晴らしい人物らしいな、エリカの親父さんは」


 二階から少女たちが目立たない服を選ぶのに四苦八苦している様子が伝わってくる。

 提供された服のほとんどがお妃教育用のドレスだったからだ。

 出かけるにはもう少し時間が掛かるようだ。


「それで、お二人さん。俺も訊いておきたいことがある」

「なんだ ?」


 顔役は二人の顔をめつすがめつ眺める。


「あんたたちのうち、どっちが皇太子さんなんだ ?」

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