第2部 扉の向こうは理想郷《3》


 トルキーソの後ろから垣間かいま見る光景に、私はキャメリアの腕から無理やりおりて、とてとてとおぼつかない足取りで扉の前に進み出た。お嬢様、とかけられた声も聞こえないない。

 あぁーーー、木々の緑がまぶしい。

 現世の私が知ってる赤茶けた大地、活気のない木々と違い、向かいの山に生い茂る青々とした木々の緑。そこかしこから漂う生命力に満ち溢れた山の景色。懐かしい…、懐かしい…、日本の匂い……。

 小さな身体に見合った小さな心が、きゅーーーと締め付けられいく気がした。胸元にそえた両手が震え、懐かしくて…、懐かしくて…、涙が出た。

 向かいの山には、山頂に向かう綺麗に舗装された道路。今私がいるのもおそらく山の中腹、左右を見ても家はない。

 あっ、向かいの山の道路を車が通った! 私は思わず、転びそうになりながらも足を進めた。お嬢様あぶのうございます、と言うトルキーソの言葉も上の空で聞こえない。

 扉の先のどこともわからない世界、トルキーソはかなり辺りを警戒していた。でも、今はそれどころじゃない!

 この山の中腹から、向かいの山の下の方に見える


「ふぉぉぉぉ!!」

「お、お嬢様!!」


 私の声に、トルキーソが驚いて叫んだ。進み出た先には下の道に降りる階段、振り向いた右手には緩やかに下の道に続く坂があった。下の道はここと違って舗装された道路。

 向かいの山もこちらの山も、ちゃんと舗装された道路がある。車で通る人がいる? そしてこちら側の道路の下の方に、見たことがある物が。私は小さな頭をフル回転させて考える。

 行きたい、行きたい! あの看板の所まで! あそこまで行けば、あの荒れ果てた大地を助けられる何かがあるかもしれない。あの大地を復興させられる何かが。

 そのためにはお金、日本のお金が必要。日本のお金を少しでも手に入れるには、。あの、道路の下の方にあるやつ。


「とるきーちょ、おやちゃい、ほちぃ」


 そう言って振り返った私は、言葉を失った。

 コンクリートのブロックでできたような物置は、たぶん自分達が出て来たところ。そしてその隣にある、前世で見なれた二階建ての一軒家の日本家屋かおく

 その奥には、三分咲きの桜の木。私は言葉も忘れて、玄関に歩みよる。

 お嬢様、と声をかけてトルキーソとキャメリアがついてくる。

 その時、下の道路を車が通りすぎて行く音がした。車、通るんだ、やっぱり。下にがあったもんね。


「とるきーちょ」


 私は、トルキーソに両手を差し出した。抱っこである。トルキーソに抱き上げてもらった私は玄関を指差した。


「あれに、何かあるのですか。危険かもしれません」

「たいちょうぶ。きけん、にゃい。ちゃいむ、にゃらす」

「チャイム、でございますか」

「あい」


 トルキーソに玄関前に立ってもらい、私は上半身を乗り出して人差し指で玄関チャイムを押した。

 ピンポーン♪と懐かしい音がする。鳴った音に、トルキーソとキャメリアがビックと肩を揺らした。

 私はその様子がおかしくて、キャッキャッと声をあげて笑った。


「やっぱり、いにゃい」


 留守だとは思った。玄関横の窓には縁側えんがわがあって、その縁側の前にはさくで囲われた庭があった。

 庭から見える縁側の雨戸は半分閉められ、残り半分の窓からはカーテンが見える。近くで見れば家の中が見えそう。

 トルキーソに柵の入口まで行ってもらうと、思ったとおり入口の庭側に丸棒ラッチがあった。私は、丸棒ラッチの持ち手を上にあげて横に丸棒をずらす。

 すると、柵が静かに開いた。


『ごめんくだしゃーい!』


 とりあえず、日本語で声をかけてみる。いきなり聞いたことがない言葉を喋り始めた2歳児に、ギョッとするトルキーソとキャメリア。


「とるきーちょ」


 私は柵の中を指差した。


「しかし……」

「お嬢様、よそのお家なのでは」


 トルキーソとキャメリアの言うことはもっともですとも! 私もそう思います!

 だけど、ここに人がいるかどうかはとても大切なこと。

 お家の方、勝手に入って本当にスミマセン! すぐに出ていきますから許してください!


「なか、はいゆ。たいしぇちゅなこと。しゅぐ、でりゅかりゃ」


 仕方なく、という感じでトルキーソは中に入ってくれました。

 おじゃましまーす、と庭に入り、そこからカーテンの隙間を覗き見。あっ、正面の壁に時計がある。時間は……うん、向こうもこちらもあまりかわらない。

 左側には……お仏壇がある。仏間とか客間かな。親戚が来たときに皆で集まる部屋みたいな感じ。

 それから……窓の近くに本棚がある。なになに、辞典、風景、旅行、小説など色々な本がある。なるほど、なるほど。


「とるきーちょ、でゆ」


 はい、よく見させていただきました。お家の方、ありがとうございます!

 さぁ、お屋敷に帰って対策を考えましょう。その前に、を用意しなくっちゃ。

 皆で物置に向かい、中に入ります。中には農機具や自転車が入っています。とりあえずドアを閉めて納屋の中へ。

 はい、戻って来ました元の世界です。


「とるきーちょ、おやちゃい、いゆの」

「野菜、でございますか」

「あい!」

「どうなさるのですか」

「うゆ」

「売る? 何処ででございますか」


 私はもちろん納屋の方を指差します。

 向こうの世界の道路の下にもあったのを確認しました。私も前世、おばあちゃんの家の近くで見たことある。

 農家さんとかが家の前なんかで台とか机を置いて、その上で野菜とか売ってたりするやつ。

 向こうで野菜を売ってお金を作る、それしかない! お金を貯めて、あの看板まで行くんだ。あそこまで行けば、きっとこの領地を復興できる何かが手に入るはず。

 今私にできることは、それしかない。


「まさか、あの何処ともわからない場所で売るとおっしゃるのですか! どんな危険が待ち受けているかわからないのですよ!」

「とるきーちょ、たいじょうぶ。あしょこはあんちぇん」


 トルキーソは知らないと思うけどね、あちらの世界はの国なのよ。

 世界的スポーツの大会で、落とした財布も中身が入ったまま戻って来ますよ、って声を大にして言えるくらい安全な国なの。大丈夫、だから

 しぶしぶと言う感じのトルキーソに手伝ってもらって、納屋にあった箱を何個かポシェットに入れる。そして野菜も。

 向こうの物置の中にあった使いかけのコピー用紙と鉛筆をかりて、トルキーソに書いてもらう。


「たちぇに、ぼうひとちゅ。よこに、まりゅにこ……」


 と、100円と200円を数枚書いてもらい、野菜を何個か紐で結んだところに挟む。それを物置からでて道路に続く坂を降りた所に箱を重ねて置いて、その上に野菜とお金を入れる箱を置く。そして足早に、人に見られないうちに物置に入る。

 だってね、人に見つかったら大変でしょう。ロココなの、ロココなのか、っていうくらいロココスタイルに近いからね、私達!

 トルキーソは野菜だけを置いていくことが、すごく嫌みたい。まぁこっちの世界だったら、すぐに盗まれて無くなるもんね。食べ物に事欠く領民がいるのに、誰もいない所に野菜を置くなんて、トルキーソには考えられないことだろう。でも、大丈夫なはず。

 ここは、正確には前世の私がいた日本じゃない。さっき見たお家の中にあった新聞、時代はほぼ同じだった。載ってた会社名とかもわかった。でも、総理大臣は知らない名前だった。向こうが異世界であることは間違いない。

 ただ、前世の私がいた世界からみたら、あそこは平行世界パラレルワールドなんだと思う。あのお家の本棚にはラノベもあった。異世界転生したら花だった! とか、異世界転生って何よそれ! とか、聞いたことない題名だったけどね。

 きっとあのお家にはラノベ好きの人がいるはず。その人に会える日まで、お野菜売ってお金貯めて頑張るんだ。

 異世界の物を売るのは気がひけるけど、ラノベとかでもよく異世界の食材を使ってとか、異世界の食材を売るとかあるもんね。前世の記憶があるとか、異世界転生っていうだけでもラノベの話ど真ん中。だいたい話あってるから、野菜を売っても大丈夫なはず! たぶん…きっと……。

 ラノベさん、信じてるからね!


「お嬢様、ちゃんとお話して下さいますね」


 はい、もちろんですとも! こうなったら全部話して、協力してもらうんだからね!






********


『 』は日本語です。


次回投稿は6月3日か4日が目標です。

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