第三話 全てを焼き尽くし、〈祝福の火〉をまとう王

 瓦礫の山と化した王城、焼かれた屍体が絨毯のように広がる玉座の間で、玉座と男が燃える。

 燃える玉座に独り佇む〈簒奪の王〉は、崩落した天井から覗く空をぼんやりと眺めながら、溜息をついた。

 靄がかった白煙に覆われた空に、薄い太陽が朦朧と揺らめく。風の哭き声すらない空は無味乾燥で、何の面白みもなかった。

 血の雨が恋しかった。滅んだ世界は、あまりにも退屈だった。

 早く来い──〈簒奪の王〉は、炎に舌を這わせながら呟いた。


 王国が滅び、人々が焼け死んだあと、焼け焦げた彼は誰もいない玉座に座った。

 やがて焼けてもなお死なぬ者たちが、何かに取り憑かれたように次々に襲いかかってきたが、彼はまとった火によってそれらを全て退けた。

 玉座を狙う者たちを返り討ちにしていくうち、誰かが自分を〈簒奪の王〉と呼び始めたが、しかし〈簒奪の王〉は生前、王どころか貴族ですらなかった。魔術とも神秘とも違う、〈呪いの火〉と呼ばれた力の根源を学者たちに運ぶ荷駄係に過ぎなかった。

 やがてその火が世界を焼き始めたとき、彼はそれを〈祝福の火〉だと喜び、初めて神を讃えた。

 このつまらぬ世界が焼けていくのは爽快だった。炎に煽られ狼狽える王侯貴族を見て鬱憤は晴れたし、威張り腐った騎士たちの無力さは滑稽だった。学者たちは魔術師と神秘術師とで無意味な討論を繰り返し、何も解決できぬまま勝手に焼け死んだ。焼かれる平民たちはまるで炎の中で踊っているかのようで愉快だった。

 その火が襲いかかってきたときも、どうということはなかった。どうせ自分は何者でもない、ただの荷駄係の平民である。失うものは何もない。恐れるものも何もない。

 炎は彼を焼き──そして彼に微笑んだ。

 〈祝福の火〉は剣となり、鎧となり、彼に尋常ならざる力を与えた。そして〈簒奪の王〉は焼かれた玉座に座り、もう一度世界を焼いた。


 だが今は退屈だった。今、死ぬほど退屈な気分を紛らわしてくれる来訪者を、〈簒奪の王〉は待っていた。

 かつては屈強な兵団を率いた〈牢獄の独裁者〉や、半ば邪教徒と化した〈黒の騎士王〉、そして女装したふざけた道化どもを連れた〈酒場の神父〉など、多種多様な王たちが玉座を狙ったものだが、今や定期的に訪れるのは一集団だけになっていた。

 〈影の女王〉と、その従徒である〈王の公吏〉、そして異様に好戦的な〈鉄の騎士〉の一行である。

 こいつらは変な集団だった。〈影の女王〉と〈王の公吏〉は決して戦わず、戦闘そのものは〈鉄の騎士〉とその他に連れてきた者たちに任せきりなのであった。

 〈影の女王〉と呼ばれるよくわからない女は、恐らく焼かれた者たちを蘇生させているが、それ以上のことは知らなかった。

 〈王の公吏〉は玉座を狙う連中の中でも、際立っておかしな奴だった。彼は玉座に座る男に、取引を持ちかけた唯一の人間だった。その取引とは、「戦う獲物を用意する代わりに、〈影の女王〉と自分を焼かぬこと」だった。貧相な文官らしい、いかにも小賢しい提案だったが、しかし今は王となった〈簒奪の王〉は、その提案に乗ってやった。

 〈王の公吏〉の提案通り、獲物は定期的に送られてきた。毎度毎度懲りずにやってくる獲物たちに、〈簒奪の王〉はうんざりしつつも、楽しんでいた。


 空を見上げていると、ふと、風が哭いた。風が玉座の間を這い、どこからか音を運んでくる。

 焼け焦げた石畳に、煤をまとった無数の足音が響く。

 殺意に満ちた〈鉄の騎士〉を先頭に、焼かれた者たちが焼け焦げた屍体を踏み越えやってくる。

 来た──その見慣れた姿を見て、〈簒奪の王〉は思わず笑った。そして〈祝福の火〉を舐めながら、玉座から立ち上がった。

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