第20話 どんな道筋でも小説家は小説家


「ちょっと、何してんのアオハル」


「え? アオハル? それにチアキちゃん?」背後からユメの素っ頓狂な声が聞こえてくる。


「あーあ、バレちゃった……って……ちょっとアオハル――」


 俺は金髪男の前に立っていた。


「……なんだ、テメェは」


「春夢青叶だ。アンタがクソつまらないと言った小説の作者だよ。彼女には……今後も俺の作品のイラストを描いてもらうんだ。だから……悪いけどアンタとは組めない」


 自分勝手なことだとわかっていた。この場に向かうことを勧めたのは俺だ。そして、その相手が俺の作品を悪く言ったから、その気が無くなったというわけだ。一度手から離したものを再びもぎ取ろうとするずるい人間だ、俺は。


 イケメンサイドカーが威圧的な視線を飛ばしてくる。背筋が凍り付く。だけど、胸の中では何かが燃えたぎっていて、頭を真っ白にさせていく。


「それを決めるのはWanWanさんだろう? テメェに一体なんの決定権があるってんだ」


「そ、それは……俺が、彼女と」言い詰まっていると、言葉が遮られる。


「あんなクソつまらない小説でWanWanさんの才能が埋もれちまうのは、ラノベ業界にとってマイナスでしかねェ。それは、歴とした罪だと俺ァ思うぜ」


「なんだアンタ――偉そうなこと言いやがって!」


「実際、アンタよりは作家として上位に居るっつうことは自覚してるぜ、春夢青叶。俺ァはこれでもプロの小説家だ。累計九冊の本を世の中に出してる。一冊も本を出せてねェただのワナビよりは業界の事情にも精通してるつもりだ」


 それだけで彼が俺のSNSか、『うぇぶ物語』のプロフィールをチェックしているとわかった。そして、図星を突かれたのが悔しかった。身体は余計に熱くなるばかりだった。


「あんなもの……出版社が利益を出すために拾い上げてるってだけじゃないか。本当に面白い小説なんかじゃないっ」


「……あン? まあいいぜ、かかってこいよ。聞いてやろうじゃねェか」


 俺の荒げた声にぴくりと眉を寄せたイケメンサイドカーが、少年マンガの敵キャラのように、指をチョイチョイとさせた。


「流行は確かに大事だ。だけど、今大量に溢れてる異世界小説が面白いと俺には思えない。オリジナリティの欠けたストーリー、やること成すこと評価されてとりあえずアゲられる主人公。その添加物みたいにただ消費されていくだけのヒロインたち。なんの葛藤も無いまま、主人公は有って無いような障害を余裕でクリアする。そんなものが本気で面白いと思ってるのか?」


「思ってるぜ。それが現代に求められている“最上級の物語”なんだからな。ランキング上位の作品を毎日欠かさずチェックし、丸っきり被らねェよう物語を考える。読者の求めるものを追求し続けることが、最も面白ェ物語を生み出すための近道になる」


「似たような物語を量産するってだけなら、そんなの誰にだってできる。物語は、その作者だけのオンリーワンじゃないといけないんだ」


「オンリーワンじゃなきゃいけねェなんて、誰が決めた。いつの世も、物語っつうのは何かしらが何かしらを真似て移り変わってるじゃねェか。ラノベ界隈で未だにテンプレストーリーが人気なのにはそれなりの理由がある。それが王道であり正義だからだ。それプラス、現代の物語には読者が読んでいて気持ち良いものである必要がある。主人公ってのは読者とイコールだ。そいつを作者の都合で苦しめることになんの意味がある。もちろん上手くやる必要はあるが、最高のシーンで悪事働いた敵を気持ちよくブッ飛ばし続けて、ヒロインに褒めてもらえれば大多数の読者が満足する。そして、それは露骨に数字に現れる。テメェが言ってることは、自作の人気が出ないからってぐずってるだけの嫉妬と八つ当たりでしかねェ。しょうもないガキの言い分……負け犬の遠吠えだ」


「素晴らしい物語に数字なんて必要ない。だから、数字が取れている作品イコール面白いっていうのは成り立たない。寧ろそんな小さな市場の中で勝手に面白さを数値化して、決めつけられていることが業界全体を悪い方向に向かわせてる。アンタたちの作品が本になることで、本当に面白い物語が埋もれてしまう可能性だってあるんだから」


「ケッ、綺麗ごとだな。売りモンである以上は俺たちの世界もビジネスで成り立ってる。出版不況のこの世の中で、売れねェ作品に価値は無ェ。いくら面白かろうと、手に取ってもらわなきゃ、その物語は道ばたのゴミも同然だぜ。その点ウェブ上で人気を博した作品は評価点から逆算してある程度の売り上げが見込める。そんな俺たちの作品が売れることで、テメェが言う“意識が高いだけで売れない作品”だって支えられてるんだぜ。実際、今の出版業界じゃその動きが顕著だ」


 そんなことはわかってる。認めたくはないけれど、それが現実だ。だけど――、


「……正直、運にも左右されるのは間違いないと思うよ。本当に面白い作品でも埋もれてしまうことは間違いなくある……でも、作家はいつだってより面白い作品を作り出すために存在してる。小説家としてデビューするための新人賞は、新しい才能を発掘しつつ、その物語を作家と編集の二人三脚で精度を向上させてより面白い物語を世に送り出すためにある。売り上げのことを考えるのは作家の仕事じゃない。それを考えるのは編集者や出版社の仕事だ」


「その考えが古りィな。今は作者が自ら営業をかけていく時代になったんだ。近いうちに絶対、出版社は俺たちのありがたい作品をただ印刷して宣伝するだけの会社になるだろうぜ。書籍化するウェブ小説には最初からファンが付いてるんだ。編集者の勝手な解釈で読者が好きだった部分に横やりが入れば、その作品は間違いなく叩かれる。そういう意味じゃ読者が次世代の編集者みてェなモンかもしれねェ。素人が書いて、素人が評価し、素人が広めていく時代になったっつうことだ」


 イケメンサイドカーが言ったことには納得出来る部分も多かった。でも、それ以前に俺はこの男にムカついていた。

 自分が目指そうとしている作家像と、彼の主義主張があまりに食い違っていたからだ。


「本を出したって意味じゃアンタはプロなのかもしれない。でもそれはアンタの言う“数字の良い作品”を買われたってだけじゃないか。それは作者の力じゃない。運が良かっただけだ」


 イケメンサイドカーが眉をぴくりと歪める。


「俺が……まぐれでプロになったって言いてェのか……?」


「ああ、そうだ。だからアンタのテンプレ小説は絶対に面白くない!」


 突然、イケメンサイドカーが机を拳で叩いた。店内が、しんと静まり返る。


「……テメェ、さっきから偉そうに語ってくれてるがよォ……俺の作品、読んだのか?」


「読んでは……いない」


「ハッ、そうかよ。作品を読みもせず批評しようってか。俺が一番嫌いなタイプのヤローだ」


 イケメンサイドカーにそう言われて、はっとなる。


「イラストレーターに絵ェ描かせてまでウェブ小説からのデビューを狙ってた人間が、人気不振だったとわかると手のひら返しか。ご立派だな、あァ?」


「…………なっ、違う……俺は」


 ユメのほうに視線をやる。彼女は肩を落としたまま、顔を俯けていた。


「くっく……図星だろ? テメェ今自分がダブスタってるっつうことにさえ気が付いてねえだろ。そんな幸せモンのお子ちゃまに教えてやるよ。新人賞を受賞しようが、ウェブからのデビューだろうが、結果的にどんな道筋を辿ろうが、小説家は小説家だ」


 その鋭い眼光の奥には、言葉では表せない力のようなものを感じた。


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