第03話 女神、独断専行する

 アリエッタが食堂の扉を開き、ローラが食堂へ入ると、家族が勢揃いして席についていた。いつもの風景に見え、その実、大きな違いがあった。


 いうまでもないだろうが、モーラの姿がないことではない。


 メイド長のマリナと、彼女の娘でありアリエッタの姉であるアンネの二人が、セナの側にいるのだが、なぜかアンネが両手で持っている配膳プレートから、マリナがお皿を取って給仕をしていたのだ。


 とどのつまり、ローラが目的としていた物が、使われていなかったのである。


 開口一番、ローラが、


「あれ、フライングカートはどうしたのよ?」


 と疑問を提起したが、ダリルの絶叫で掻き消されてしまう。


「ろ、ローラぁああー!」


 ものすごい勢いで突っ込んでくるダリルを認め、やれやれとローラが目を瞑る。


(またも懲りずにこいつは……)


 いつものようにアクセラレータを脚だけに掛けたローラが、目を見開き寸でのところでダリルを躱そうとする。


 が、


「な!」

「へへーん、凄いだろ! もう元気になったんだな。もう離さないぞー」


 絶妙なタイミングでローラが避けたはずなのに、ぴったりと追従してきたダリルに抱きかかえられてしまった。


 先週の魔法教練で成長した様子がなかったにも拘らず、ちゃんと成果があったのかいままでのダリルの動きではなかったのだ。


「実は、ローラを喜ばせようと、お父様は猛特訓をしたのよ」


 コロコロと笑いながらセナが補足したが、ローラは知ったこっちゃない。ダリルの能力が上がろうが、ローラの気分が晴れる訳もないのだ。


「あ、もーやだー。放してよー」


 必死にローラが抵抗を試みるも、物理特化ステータスのダリルに捕まったら最後――逃げ出すことは不可能だった。それから思う存分ダリルにスリスリされ、ローラはぐったりとしてしまう。ダリルは、ローラに喜ばれると本気で思っているから、手に負えない。


 途中でセナが助けなかったらどうなっていたことか。


「それで、もうよいのね」

「はい、お母様。心配をかけてごめんなさい」


 助け出してくれたセナに答え、ローラが自分の席に座る。


「あら、口調も元に戻ったのね」

「えっとー、アレはダリルにだけですわ」

「あらあら」


 何が可笑しいのかセナは、口に手を当てていつものようにコロコロと笑い出す。それにはローラも、ふふっと笑う。


 すると、少し離れたはす向かい側から突っ込みが入る。


「お父様に向かってその口のきき方は無いだろ。仮にも当主だぞ」

「お兄様、それ、フォローになってないわよ」


 テイラーは、ダリルのためを思ってローラを注意したつもりなのだろう。けれども、無下に扱われることにはもう慣れたのか、ダリルは気にしていない様子だった。


 うちの男どもは高い潜在能力を秘めているのに、どこか抜けているのよねぇー、とローラが冷ややかな視線を送る。


「ローラ様、ナプキンでございます」

「ありがとう」


 マリナからナプキンを受け取り、ローラが広げて膝にかける。いつもであれば、プレートの上に準備されているのだが、ここ二週間は自室で食事を取っていたため、用意されていなかったのである。


 ローラの準備が整ったのを確認したマリナが、フォークやナイフなどを手際よくテーブルに並べ、続いて朝食のプレートをローラの前に置いてくれた。


「そ、それよりもフライングカートはどうしたのよ!」


 当初の予定を思い出し、ローラがダリルへ叫んだ。


「ああ、あれなら売ることにしたんだ。もうそろそろテッドの奴が引き取りに来るはずだ」

「え、何で?」


 ダリルの言葉を聞き、反射的に疑問形で返したローラだが……


「ま、まああれだよ」


 ダリルがいい辛そうにしていることから、大体想像通りだろう。


「……麦の収穫量が例年に比べて少なくなりそうなんだ。もうすぐ収穫の時期なんだが、金貨に変えられるものは、いまのうちにと思って、だな……」


 やはり、金策のためだった。


 テレサ村は、主だった産業が無いことから貨幣の流通が少ない。

 最近は戦争も無いことから帝国からの補助金も無い。

 平和なのはとても良いことだが、戦うこと以外に能が無いダリルにとっては、能力を発揮できないでいた。


 フライングカートは、貴族御用達の魔道具であるため、確かに高値で売れるのだろう。それでも、ローラとしては、まさにそれを利用したいのだ。


 フライングカートは、底の部分に使用されている部品にフライの魔法に似た効果が施されており、車輪いらずの宙に浮く台車なのだ。


 いわずもがな、貴族用給仕台車であり、平民の家庭にはない。


 原理としては、空気中の魔素マナに干渉して浮力を得る物なのだが、高度な魔力操作を行うことで人為的に高度を変えることが可能だったりする。ただ、そのことは知られていないというより、それほどまでに繊細な魔力操作をできる者は、ファンタズム大陸では魔人くらいだろう。


 つまり、高難度であるため、よりステップアップするために、ローラは新たな訓練メニューにフライングカートを取り入れようと思い立ったのだ。故に、何が何でも売られる訳にはいかなかった。


(ううー、どうしようかしら……でも、仕方ないわよね? うん、きっとみんなも理解してくれるわ)


 ローラは、誰かにいい訳するようなことを内心で呟き、独断で決めた。


「それ、取りやめにできないかしら? お金のことならわたしがなんとかするから」


 そう、身銭を切ってまでしても、手に入れたいのである。


 だがしかし、ローラの申し出があまりにも突拍子もないことだったためか、ダリルたちは、食事中の手を止めて視線をローラへと集中させた。


「なんとかするって、一体どうやって?」


 ダリルから問われれば、答えない訳にはいかない。ダリルはポンコツだが、テイラーがいう通り、領主であるのは間違いない。フォックスマン家の決定権は、すべてダリルが握っているのだ。お金を用意するといった手前、ローラは白状するつもりでいた。


「先ずは、汚れても構わない敷物か何かないかしら?」


 さすがに、そのまま取り出す訳にはいかないと思ったローラが、アリエッタに用意するようにとの視線を向けた。


 ものの十数秒で戻ってきたアリエッタの手には、いかにも使い古され、汚れた布が握られている。


「食事中に申し訳ないけど、許してくれる?」


 アリエッタから厚手の布を受け取ったローラは、数回折りたたんでから、食堂の床に敷きながら確認をする。


「何をするのわからないが、危険なことは無いんだな?」


 ダリルの確認に、ローラが、


「当然、危険はないわ。だって、既に死んでいるんだから」


 と事もなげに答えると、一同が一瞬身動ぎした。それでも、何かをいわれる前にローラが、取り出すのだった。


 異次元収納にしまっていたゴブリンの死体を――

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