第30話 お姉様、女神の素顔に✖✖(▲)

 モーラは、ユリアに負けたショックで、未だ地べたに座り込んだままだった。モーラが、ふと顔を上げる。いつもの可愛い妹の笑顔があった。きっと、モーラを心配しているのだろう。けれども、モーラは違和感を拭い切れない。


(ローラ……いったいどちらが本当のあなたなの?)


 食堂で一喝したローラは、モーラが知るローラではなかった。魔法の知識だってそうだ。あんな魔法の使い方など、いままでモーラは、見たことも聞いたこともなかった。やはり、魔法眼のスキルが関係しているのだろうか。


 探るようにモーラが視線を向けるが、当の本人であるローラは、視線を切ってダリルたちの方を向く。


「はい、それではみなさん、お姉様が負けた理由は何だと思いますか?」


 講師然とした態度でローラが問い掛けると、みなを代表するようにダリルが一歩前に出た。


「ちょっとその前に一つ確認をしていいか?」

「ダリルくんどうぞ」

「だ、ダリルくん?」


 父親をまさかのくん呼ばわりしたせいで、ダリルが素っ頓狂な声をあげる。


(えっえっ、どういうこと!)


 これには、モーラもびっくりである。


「あ、ごめん。じゃあ、ダリル?」


 言い直したけど、余計にダメだった。


 ダリルが、金魚のように口をパクパクさせて石像と化した。その様子を見やり、セナが呑気にも、「あらまあ」と小さな口に手を当てている。その所作が一々優雅で、こんなときでも相変わらずなお母様だわ、とモーラは感心する。


 セナは上級貴族であるドリーセン伯爵家の出であり、れっきとしたお嬢様なのだ。


 そんなセナが、貴族といっても最下級である騎士爵のダリルと、なぜ結婚したのだろうか。その実、宮廷魔法士時代にセナがダリルに一目惚れしたかららしいのだ。いまの二人を見る限りでは、逆なのではないかとモーラは思うが、本当のことだ。セナ自身から聞いたから間違いない。


 当然、身分差が問題になったが、騎士として数々の輝かしい実績を誇るダリルの実力と皇帝の後押しがあったおかげなのだとか。


 それはさて置き、セナ以外のその場にいた者は、ダリルと同様に驚いていた。


 ミリアたちだけが、「あちゃー」と、苦笑いしている。ちびっ子の三人は、普段ローラがダリルを呼び捨てしているのを知っている様子だった。


「それでお父様、質問は何でしょうか?」


 いまさら取り繕っても意味はないだろう。ローラは、徐々にという言葉を知らないかのようにゼロか百かと極端だった。


「あ、ああ、この際ローラの変わりようは置いておいて……本当は良くないが、一万歩譲って良しとしよう……」


 ダリルは、努めて落ち着こうとして未だ混乱の最中にいるようだ。戸惑うのも当然である。急に仮面を外したようにローラの態度が変わったのだから。


「ローラの才能の凄さは知ってはいたが、さっきの魔法は何だ? セナの魔法書を読んで習得したんだろうが、俺が知っている中級魔法のファイアストームと全然違ったぞ」


 ダリルの疑問は、尤もなことだった。魔法とは、必要魔力が十分あり、呪文を正確に唱えられさえすれば良いと信じられている。それ故に、子供でも初級攻撃魔法を使えるのは、然程珍しくもない。それでも、中級魔法となると事情が変わってくる。


 初級と中級では、必要魔力に大きな違いがあり、九歳でそれほどの魔力を有しているのは、まさに天才レベルだ。


 ただそれも、ダリルはローラのことを天才だと思っているため、そのこと自体には驚いていないようだ。ただ単に、ダリルの知識とまったく違ったことに驚いているようだった。


 モーラも同じことが気になっており、質問をしたくてうずうずしてきたが、この場はダリルに任せることにした。


「それにユリアちゃんの強さも何なんだ?」

 

 この疑問も先ほどと同じく、簡単に見過ごせない。


 立ち上がったモーラが、ローラに近付く。ローラが何と答えるのか気になって仕方がないのだ。直接戦ったモーラだからこそ、ユリアの強さの秘密を知りたくて仕方がないのだった。


 帝国騎士学校を首席で卒業したモーラを相手取り、見事勝利を収めたユリアは、天才の一言で片付けてはいけないレベルである。サーデン帝国は、ファンタズム大陸の西に広大な領土を持ち、国力は大陸でも随一である。しかも、最強の名を保てているのは、豊富な資源を持つ領土を外敵から軍事力により守り続けているからでもあるのだ。


 そんな軍事大国の帝都にある由緒正しき帝国騎士学校で首席ともなると、騎士団からの誘いが引く手数多なのだ。実際、モーラは、帝都に所属するほとんどすべての騎士団から勧誘を受けた。本来であれば大変名誉なことであり、辞退など許されるはずもないのだ。


『くだらないわっ!』


 ローラから食堂でいわれた言葉が蘇り、モーラが自嘲気味に笑う。


(ええ、くだらないわね。でも、私はユリアちゃんに負けてしまったわ)


 モーラは、己のすべてをぶつけてもなお勝てなかった少女の様子を窺う。ダリルから名指しされたユリアは、照れるように赤毛の先を指でクルクルとしている。年相応の少女にしか見えない。


 事実だ。


 模擬戦といえども、騎士学校の首席であるモーラにユリアは勝ってしまったのだ。


 九歳の少女が、だ。


 この事態に驚かずして、いったい他の何に驚けばいいのだろうか。


「べつに大したことじゃないわ。魔法が得意なディビーの方がユリアより強いわよ」


 ローラは、仮面をかぶることを完全にやめたようだ。同時にモーラも驚くことを止めた。いままでローラが嘘を吐いたことは、一度もなかった。いや、性格は大分ひねくれているようだ。けれども、ユリアの件もあるため、モーラはローラの言葉を信じることにした。


 一方、ダリルは、「どうしよう。俺のローラがぁー」とセナに泣きついていた。ディビーの方がユリアより強いと聞いてもそれには驚かず、思い出したようにローラの変わりように錯乱状態だった。


「あーめんどくさいわね……」

「ローラ、いきなり飛ばしすぎよ」


 ローラが、何かを話す度にみなが驚き、一向に話が進まない。その状況に文句を呟くローラをミリアが諌めている。


「ん、そうかしら? わたし、嘘はいってないわよ」

「そうよ。私たちが聞かされたときはまだ子供だったからすぐに切り替えられたけど、領主様たちには絶対無理よ」


(え……まだ子供だったから、って――いまでも子供じゃないの)


 モーラは、ミリアの大人ぶったいい方に呆れてしまう。


 ジト目をしたローラに対し、ミリアが、「何よ?」と、胡乱な目つきで見返している。


(やっぱり、この子たちは、こっちのローラのことを知っているのね)


 モーラは思わず、笑みが零れた。それと共に、ディビーがユリアより強いということも事実なのだろうと確信した。


「先ずは、固定観念を払拭させることに注力させた方が良いと思うわ。それと――」


 教育方針を話し合う同僚の先生が如く、ミリアがあれこれ思いついたことをいっている。ミリアのいっている意味がわからず、モーラは首を傾げてしまうが、きっとローラから説明があるだろうと思い、そのときを待つ。


「はいはいはい。みなさん、ちゅーもーくっ」


 ローラが手を叩きながらみんなの注意を引いた。


「これから一週間、わたしが魔法眼により気付いた魔法理論を元に訓練を行います。これから説明する内容は、ここにいるミリアたちも知っているし、それを元にこの二年間わたしたち四人は訓練をしてきました」

「まさか話したのか!」


 ダリルが声を荒げた。


 勇者が倒れた今、ローラのスキルを他人に知られるのは非常にマズイ。魔法眼がミリアたちに知られたことを心配したのだろう。


 自動防御障壁や自動回復スキルといった伝説級スキルの持ち主は、帝国への報告義務と兵役の義務がある。魔法眼も伝説級のスキルとされているが、その報告が数百年もの間されていない。ともなると、一部の研究者には、その上の幻想級スキルを通り越して、神話級スキルだとまことしやかにささやかれているらしい。モーラは、帝都滞在中に調べたため、そことを知っているのだった。


 とどのつまり、ローラが魔法眼のスキル持ちだということが知られたら、間違いなく対魔族用の部隊に召し抱えられ、テレサで暮らすことなどできなくなってしまう。


(本当に、ローラは何を考えているのかしら……)


 モーラは、ローラのデモンストレーションを見て大層驚いた。しかも、訓練すればローラと同じことができるようになると知り、モーラは興奮を覚えた。それにも拘らず、準備運動だと思っていたユリアとの模擬戦で、モーラは出鼻をくじかれてしまったのだった。



――――――


 ダリルが心配するのは、尤もなことだろう。ローラとしても国に縛られる事態だけは避けたい。故に、魔法眼の秘匿性を十分理解している。実際は、神眼なのだが、些末事だろう。他人に知られてはいけないことだけは、共通しているのだ。


 伊達に神様だった訳ではない。


 神ならばヒューマンたちを魔族から救うために率先して行動を起こすべきだが、ローラは毛色が違う。めんどくさがりというか、他人から指図されるのを非常に嫌っているのだ。


 たかが人間風情が、とまでは言わないが、「わたしの好きにさせてほしいわ」が、口癖なのだ。それでも、安心してもらうためにダリルたちにはきちんと事情を説明することにした。


「さっきもいったけど、義姉妹の誓いをしているから大丈夫よ。他の誰かに知られることはないわ」


 この世界には色々な誓いがある。一番有名なのは、己が主人と認めた者に対して忠誠の誓いを行う。


 つまり、皇帝に対してダリルが行った騎士の誓いがそれに当たるだろう。が、そんな神聖な忠誠の誓いよりも尊いものが、義兄弟の誓いである。


 遠く離れた主人より、戦場で背中合わせで戦うもの同士の誓いが優先されるという理屈だったりする。


「む、そうか」


 それ故に、ローラのその一言を聞き、ダリルは納得してくれたようだ。それ以降、余計な口出しをされることもなく、ローラが、ダリルたちの常識をぶち壊すことからはじめる。


 モーラには自信を付けてもらい、是非とも翼竜騎士団に入団する決心をしてほしいものだ。

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