第01話 女神、下界に降りる
下界に降りると、ローラの眼前に
「へー、下界の空気も意外とおいしいじゃない」
馬車道なのか、整備された道が一本、草原を左右に隔てるように真っ直ぐに延びている。先には小高い丘があり、奥に続いているだろう道は見えない。代わりに蒼穹を突き抜けて頂上が霞んで見えないほど大きな山が聳え立っている。
「とりあえず、この道を進んでみましょうかしら」
しばらく歩いていると、剣と剣がを打ち合うような金属音と怒号が聞こえてくる。
「なになに? さっそくわたしの出番かしら!」
下界に降りてから早くも女神の力を振るう場面かと思い、その音の発生源に向かって走っていく。
「あれ? 意外に遠いのかしら」
確かに怒号が聞こえてくるのだが、その現場が見えてこない。
「あっ、そうだわ」
いくらか走ったところで、飛べることを思い出したローラが宙に浮く。
「あちゃー遅かったかしら」
数分飛ぶと、道が続いた丘からさらに向こう側。道から数メートルほど外れた草原に、一台の馬車が十数人の男たちに囲まれている場面に遭遇した。
みすぼらしい装備に身を包んだ髭面で強面の男たち――盗賊だろう。包囲網の内側には、甲冑を着込んだ三人が剣を構えて盗賊らしき男たちと対峙している。馬車を守るような位置取りをしていることから、その三人は護衛の騎士だろう。彼らの近くには、騎士や盗賊の骸が、血を流して地に伏していた。三人の騎士がまだ抵抗しているが、襲撃者である盗賊は一〇人以上が健在で勝ち目は薄い。
さらに遠くから、少し身なりが良さそうだが、盗賊と同じような革鎧の男たちが五人、馬に乗って近付いて来る。盗賊たちの増援だろうか。視界を圧迫する山の麓には森が広がっており、盗賊たちの住処があるのかもしれない。
「ステータスは高いけど、あの三人だけでこの人数の相手は無理ね」
ローラが神眼で各人の能力を測定したが、この場を切り抜けることができるほどの圧倒的なステータスを、その三人の騎士たちは有していなかった。能力に大差なければ数が有利に働くのは、どの世界でも常識だろう。いくら魔法があるこの世界――ファンタズム――であっても変わらない。攻撃魔法士が居れば状況が変わったかもしれない。
――あ、いた! 魔法士どころか、戦闘が得意な女神が!
「ふふ、わたしが来たからにはもう大丈夫よ!」
一人掛け合いをして遊んでいたローラが、真剣な表情を作って念じる。騎士に当たらないように細心の注意を払いながら、ローラが神の鉄槌を下すべく、カッと目を見開いて神の雷を盗賊目がけて落とす。辺りの空気が一気に冷え込み、雷鳴が轟いて光の奔流が盗賊たちに直撃した。
が、彼らは何ともない様子。
「へっ? 確かに当たったはずなのに……」
間の抜けた声が漏れる。
空気の異変に気付いたのか盗賊たちも一瞬身震いした。が、ただそれだけである。護衛の騎士がそれを好機とみて攻勢に出て、たちまち戦闘が再開する。
「なんでよぉおおー」
せっかく下界に降りたのに何もできず、悔しさのあまりローラが叫ぶ。
「ムキィイイー! こ、こうなったら、うやりゃうりゃうりゃぁああ!」
半狂乱で色々の魔法を行使する、が……何の効果も発しなかった。
そんなこんなでローラが地団駄を踏んでいると、ついに、最後まで残った護衛の騎士も倒されてしまった。盗賊の一人が馬車へと近付き、扉のノブに手を掛ける。
途端、窓や扉の隙間から眩い光が漏れ出し、爆音を轟かせて扉が吹き飛んだ。
馬車の中の人が攻撃魔法を行使するも、倒せたのは扉の前にいた盗賊一人だけ。他の盗賊が一斉に馬車に群がり、呆気なく中から貴族のような女性が引きずり出されてしまった。
「もしかして……」
神界の住人であるローラは、そもそも人間たちと存在している次元が違う。最も重要なことを忘れていたことに、やっとローラが気付いたが、完全に後の祭りである。
「やっべー、どうしましょう。あっそうだ!」
ローラは、見すごせない思い違いに気付いて焦るが、もう一つの選択肢が頭に浮かんだ。
「そうよ。神託を与えるときのように憑依すればいいんだわ!」
ハッと目を見開いたローラが、さっそく、地面を引きずられながら抵抗している女性に憑依しようと近付く。
「今助けるわよ。って、あれぇええー?」
憑依するために女性にローラが接触した瞬間、べつの何かに引っ張られるように、ローラの意識が奪われてしまうのだった。
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