社長が話し終わると、鮃太はおもむろに立ち上がり

「じぁあ、あんちゃん、行こうか。これから あんちゃんが寝泊まりするところを案内するよ」


 と 島太郎をうながします。



 鮃太はと島太郎は 再び食堂へ入ると奥にある階段を昇りました。


 鮃太の話によると、二階、三階が居住スペースと 共用のスペースとなっているそうです。


 そして 社長と、寮が空になる時にやってくる管理責任者の男が、二十四時間操業の船といつでも連絡がとれるよう、船が出航し 入港するまでの間は、社長室の奥で生活するということでした。


 それにしても、どこにそんなスペースがあるのでしょうか。

 外からみると 本当にこじんまりしたビルと倉庫です。

 しかし 中に入ってみれば、驚くようなスペースがあります。


 そう。あの 居酒屋『竜宮』と同じように。



 そしてその思いは 二階に上がってさらに 深まるのでした。


 階段を上がれば、二階につきます。

 広く薄暗い廊下の左右に いくつものドアが見えます。



 階段を上がった左側一番手前のドアと 隣のドアは、なぜか間隔が広くなっています。



『一番手前のでかい部屋が寮長である俺の部屋だ。ここで逃げ出す奴を監視しているんだ。この部屋は 言ってみれば関所だな』

 と鮃太は冗談とも、本気ともとらえられることを言って、不気味な笑みをうかべます。



「奥がシャワールーム。空いていたら自由に使ってくれ。

 あんちゃんの部屋は この上だ」



 どうやら島太郎の部屋は三階のようです。




 三階。


 えっ!?

  普通はフロアが上になるほど エリアが狭くなるはず。そう島太郎は思いました。

 だけれど、この建物 どうなっているのでしょうか。


 窓から下をのぞくと、建物の幅は変わりません。しかしスペースは むしろ大きく感じられます。

 まるで夢のようです。

 いや、昨日からのことが全部夢。

 島太郎には なぜかそう感じられるのです。                    

「おっ?  あんちゃん、どうした?  ここがあんちゃんの部屋だ」


 島太郎の部屋は、フロアの一番奥です。ドアを開けると そこはこじんまりした わずか三畳ほどの板の間の部屋です。  


 部屋の片隅にベッド。小さな窓際にテレビとテレビ台。エアコンも付いています。

 そして透明の衣装ケースがふたつ、無造作に置いてあります。


「エアコンとテレビはカード式だ。カードを入れたら使える。カードは書式で買えるから要る分だけ言ってくれ。

 他にタオルと石鹸、洗剤くらいは買っておいたほうがいいな。


 他にも酒やお菓子も書式で買える。値段は食堂に書いてある。  

 だがな あんちゃん。決して無駄遣いはするんじゃねえぞ。今まで何があったか聞かねえが、人生いつでもやり直せる。  

 カネが全てじゃないが、カネを大切にする心は必要だ。

 あんちゃんなら、きっとやり直せる。そんな気がするんだ。   


 もう一度だけ言うぞ。無駄遣いはするな。カネを大切にな」    



 島太郎は思います。今まで優しい言葉をかけてくれた人はいます。だけど誰も彼もが本心からではなかったのだと。

 それは島太郎にかけられた言葉ではなくて、島太郎のもっているお金や財産にかけられたのだと。


 ただひとり、母親だけが心から島太郎のことを考えていたのだとも。


 だけれども、鮃太や社長は島太郎の人生の立て直しを、心から応援してくれている。なせだかわからないけれど、そう思えるのです。   



 きっとやり直せる。道のりは長いけれどやり直せる、そんな気持ちがふつふつと湧いてきたのでした。                       

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る