島太郎 『居酒屋 竜宮』にて
※
店の引き戸を開け 中に入ると そこは実に不思議な空間でした。
── チントンシャン チントンシャン テテテテテ ──
静かに 優しく 三味線の音色が流れています。
しかしスピーカーなど どこにも見当たりません。
ビルに挟まれた せまい空間のどこに、こんなスペースがあるのかと思われる ゆっくりとした店内は カウンター席のみです。
カウンター席の一番奥には 大きな水槽があり 魚たちが 優雅に泳いでいます。
「ねえ、不思議でしょう。表からは 全く想像できないでしょ。
私も面接に来たときは びっくりしたんだから。さあ 座りましょう」
「やあ いらっしゃい!姫子ちゃん。
初日から同伴かい。なかなかやるね」
マスターらしき その男は、がっしりとした体格で ギョロっとした大きな目、そしてまるで竜のような立派なひげを 蓄えています。
『マスター、実はね……』
と 姫子と呼ばれた女性は、今までのいきさつについて、説明します。
「ああ、そうでしたか。どうもありがとうございます。見ての通り うちは居酒屋でして お酒は無料にはできません。
しかし、自慢の料理がありますので こちらをサービスさせていただきましょう。
姫子ちゃん、今日は店のことは いいから、君も楽しみなさい」
気がつくといつの間にやら、二人の前に 徳利に入ったお酒とお猪口がならんでいます。
二人はお互いに自己紹介をして、出会いに乾杯しました。
彼女の名前は、
島太郎より 三つ年下です。
「さあ、まずは活き造りから お楽しみください」
まな板の上には、いつ用意したのが、鯛、平目、伊勢海老、あわびが乗っています。
いきなり三味線の音色が静かなものから、にぎやかな太三味線のそれへと変わりました。
何から何までが不思議です。まるで手品か魔法のようです。それとも夢なのでしょうか。
島太郎は自分の頬をつねってみました。
「痛てぇーっ」
やはり 現実のようです。
──ベベンベベン ベンベベン ベンベンベン──
太三味線の音曲にあわせて、マスターの刺身包丁が動きます。
無駄のない 見事な動きです。
まるで包丁が舞い踊っているようです。
たちまちの内に 活け造りが完成しました。
「な、なんて旨いんだ。それに このプリプリ感。こんなの初めてだ」
島太郎は 今まで 金に任せてさまざまな高級料理を食べてきました。
しかし、今 口にしている活け造りは どの料理よりも美味しく、気品ただよう、この世のものとは思えない不思議な味わいと 食感を感じさせます。
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