女性が急ぐその道の脇、細い路地から いきなり男が飛び出して 彼女にぶつかりました。


 そして男は不自然に道に倒れ込みました。


 倒れながらも 何やら大声で怒鳴っています。


 やがて起き上がると女性の腕を掴み、路地へ無理やり連れ込んだようです。



 ……何だ、何だ……



 島太郎は 思わず駆け出しました。


 路地では 男が肩に手を当て怒鳴っています。

 そして女性はその男に手を合わせ 何度も何度も頭を下げていました。



「おい! どうした!」


 島太郎の大声に一瞬 二人の動作が止まりました。

 しかし、それは一瞬でした。


 男が肩に手を当て、わめきたてます。


「痛てーよぉ、痛てーよぅ。肩の骨が折れちまったかもしれねーよぅ!

 この女がいきなり飛びだしてきてよぅ、俺にぶつかっつて、骨が 骨が……」



 芝居がかかった様子。

 明らかに 彼女から金を脅しとる芝居が、逆に滑稽さを感じさせます。



 しかし 女性は、明らかに当惑し、その目は 島太郎に助けを求めています。



「おい、これで彼女を自由にしてやってくれ。治療費くらいにはなるだろう」


 島太郎はセカンドバックに手をいれ、無造作に札束をつかみ、男差し出しました。



 おおよそ五十万円はあろう その札束を見た男の目の色が変わりました。



「いいのか?本当にいいんだな、こんな大金。まさか 警察サツに垂れ込むんじゃないんだろうな?」



 もちろん島太郎にそんな気はありません。

 今や島太郎は 住所不定状態。

 ややこしい話はまっぴらごめんです。



「そんなことはしないよ。だから今すぐ、彼女を自由にしてやってくれ」


 島太郎が言うと、札束を奪い取るように持ち 駆け去っていきました。


 今まで あれほど痛がっていた、肩の痛みなど忘れたように。



 

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