第23話 凛にしては珍しい


「翔和くん! 見てくれてましたか~? 今回もビシッと決めてきましたよ」



 昼休みに休憩をしたことで、凛は元気を取り戻したようだ。

 午後の競技も相変わらずの大活躍で、一仕事終えた彼女は俺の姿を見つけるなり手を振り、笑顔で駆け寄ってきた。



「見てたよ、お疲れさん。たしかに大活躍だったなぁ」

「ふっふっふっ〜! 翔和くんのおかげで充電ができましたからね。今の私に向かうところ敵なしです」

「それはよかった。ただ、無理は禁物だからな? 調子に乗って怪我とかしたら笑えないし」

「そこは問題ありませんよ。次も翔和くんにかっこいいスパイクを見せてあげますから」



 凛はそう言って、得意気な表情で胸を張る。

 運動をするという薄手の恰好ということもあり、俺の視界には彼女の自己主張する部分が映り込んできた。

 視線が誘導されそうになるのをなんとか堪え、俺は誤魔化すように彼女の頭を撫でる。

 凛は嬉しそうに目を細め、「えへへ」と笑って見せた。


 試合中もそうだったけど、色々と目のやり場に困るんだよ……。

 当の本人は気にしていないみたいだけど、心配になるんだよなぁ。

 まぁ、俺が言ったところで何に対しても堂々としている彼女は行動を変えるつもりはないだろうけど。はぁ……ったく。人の気も知らないで。


 俺は心の中でそんな文句を言う。

 すると、何かを察知したのか。凛が俺の顔を覗き込んできた。



「翔和くん、どうかしましたか? 現実逃避をしたそうな表情、いや何やら心配する顔をしていますよ」

「……そんな顔してた? まぁ凛のエスパー並みに察しがいいのは今に始まったことではないけどさ」

「目は口程に物を言うと言いますからね。視線、呼吸、微かな頬の力みで翔和くんの考えなんて筒抜けです。ちなみに、今の目は『色々と困る』って感じですね」

「えー……」



 呼吸って……。

 そんな微妙な変化だけでなんでも察するよなぁ……マジで凄いわ。

 まぁでも、幸いなことに何をみないようにしているかまでは分かっていないようだけど。

 ……それか気づかれているけど、『私に釘付けならOKです』みたいなことを思っていたりして?

 ハハハ……流石にそれはないか。


 俺は横目で凛の顔を見る。

 直ぐ、視線に気が付いた彼女は嬉しそうに微笑んできた。



「まぁ確かに、翔和くん以外から見られ続けるのは、気分がいいものではないですけどね」

「だったら自重するのもアリじゃないか?」

「嫌なことを差し引いても、翔和くんによく見てもらえるなら私的にはプラスなので」

「あー……なるほど?」

「ふふっ」



 凛は薄く笑い、空を見上げた。

 それからうーんと腕を伸ばし、軽くストレッチをしてからまた俺の顔を見てきた。



「さて、翔和くん。いよいよですね」

「なんのことだ?」

「惚けないでください。後もう少しで出場する時間です。遅刻はダメですよ?加藤さんのことですから試合前のミーティングがあると思いますし」

「あー……そのことね。まぁそれには直ぐに行くよ」



 本来、俺みたいなタイプは球技祭で一生大人しくしておくべきなんだろう。だけど、この学校ではそれが難しい。

 何故かというと、何かひとつの競技には必ず出ないといけないという……運動が苦手な人間からしたら地獄のようなルールがあるからだった。


 なるべく出番については考えないようにしていたけど、凛は俺のスケジュールを完璧におさえてるよなぁ。

 出る種目とか、時間とか、言わなくてもすべて把握してそう……。


 俺はため息をつき、肩を落とした。



「翔和くんの出場する野球は、たしかD組は優勝を狙っているんですよね。私の予想ですと、翔和くんの打順は9番と推察しています」

「まぁその通りかな。できることは少ないし、なるべく邪魔にならないような打順にだった筈だよ」

「そこで華麗にホームランというわけですね」

「いやいや。運動初心者が一朝一夕で出来るようになるほどスポーツの世界は甘くないって。細いバッドにどうやったらあんなボールが当たるかわからん。何事もそうだけど、素人には難しいよ」



 まぁ、凛だったらすぐに初めてのスポーツでも直ぐに順応して活躍そうだけど。

 平々凡々の俺にできることは正直少ない。


 守備には出ないしね……ってか、守備に出たらエラーだらけでクラスメイトからブーイングの嵐だ。

 そういうのも踏まえて、凛にはどう考えても情けない姿しか晒すことにしかならないだろうから……正直なところあまり見てほしくはない。



「とりあえず、見に来ても楽しいもんじゃないよ」

「でも、何やら練習していたじゃないですか。たとえ上手く出来なかったとしても、私は頑張ってる姿を見たいんです。一生懸命な姿が嫌いな人なんていませんよー?」

「けどなぁ。応援して変に絡まれるのも嫌だろ? 祭りごとは浮き足立つ人も多いしさ」

「そうですけど、これは絶対に譲れません。意地でも見に行きます」



 俺が視線を彼女からそらすと、視線の先に入るように移動してくる。

 ちらりと彼女を見ると、頬を膨らませ上目遣いで見つめてきていた。

 ……ほんと、まっすぐで眩しいよな。

 彼女の目には、考えを変えるつもりはないという強い意志を感じさせるもので、俺は苦笑するしかなかった。



「そうは言ってもさ。凛は他に出る種目があるだろ? それに係だってあるし、慌ただしくなるんじゃないか?」

「ゔっ。それは分かってますが……。それでも見たいものは見たいんですよー。それに……」



 凛は俺の家で作っていた応援グッズを取り出して見せてきた。


 あー……そういえばあったね、それ。

 恥ずかしさのあまり、記憶の片隅に追いやられてたわ。

 正直、使ってほしくはないけど……。

 ウキウキしながら作っている凛を見ていたから、『禁止』とは言いづらいんだよなぁ。

 でも流石に……。



「……大きな旗だけは勘弁してくれ。注目の的になりたくないし……」

「翔和くんはそう言いますが……今更だと思いますけど? 今の翔和くんは目立っていますし」

「あーそれは……」



 たしかにバスケの件で目立ってたし、その通りだけど。

『常盤木と若宮が付き合ってる?』みたいな話をしている人もいたしね……。

 そのせいでやたらと睨まれたりとか……。

 はぁ。そう考えるとこの後の競技に不安しかないよ。


 俺は肩を落とし、ため息をつく。



「ふふ。わかっていただき何よりです」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ。俺からしたら全方向から刺されてもおかしくない状況だぞー」

「嬉しそうにはしてないです。決して、あの時の翔和くんのお陰で『堂々と応援をする大義名分を得ました!!』なんて思ってないですよ?」

「……もう少し思惑を隠す努力をしてくれないか。本音がダダ洩れだって」

「あら、うっかり」



 可愛らしく舌をちょこんと出して、無邪気な表情を見せる。

 無駄に可愛い……って反則だろ。




「翔和くん一生のお願いですっ! この日のために気合を入れて準備したので、全力で応援させてください~!!」



 凛はそう言って、某CMに登場してくる犬を彷彿とさせるようなウルウルとした目で俺を見つめてくる。



「翔和くんの大活躍をこの目で焼き付けないといけないんですよ」

「活躍って、俺が出来るのは地味なことだし。凛が想像するようなカッコいいもんじゃないぞ。応援しても出番はほぼないだろうし。だから――」

「分かりました。翔和くんがそこまで言うなら諦めます」

「……へ?」



 あっさりと引いた彼女の態度に間抜けな声が出た。

 ……珍しすぎて変な声が出たんだけど。


 突然の手のひら返しに俺は首を傾げる。

 凛はただニコニコと機嫌よさそうにしていた。



「我儘は言いましたけど……。本当は翔和くんの邪魔はしたくないですから、ここは大人しく身を引きます」

「え……本当に?」

「私がガンガン応援して邪魔になっては本末転倒ですからね」

「えーっと、なんか凛が引くことに違和感が……」



 妙に聞き分けがいい凛に俺は眉をひそめた。

 いつもだったら『私がしたいようにします! 周りなんて気にしませんからっ!!!』なんて、強い意志を見せて来そうなのにな……。

 俺が疑うような視線を向けると、凛はクスリと笑って見せた。



「私だって弁えていますよ。なんでも猪突猛進じゃないですし、強いて言うならここは男性を立てる奥ゆかしい女性になってみようかなと、思っただけです」

「そうなの……か?」

「疑ってますねー。ひとまず、翔和くんを送り出すぐらいはさせてくださいね」



 凛はにこりと微笑み、俺の背中をぽんっと押してくる。

 行ってきて大丈夫ですよと言いたげな雰囲気に、俺は首を傾げた。

 だけど、にこやかな笑みを浮かべる彼女を見ていると、これ以上は何も言えない。


 あっさり引いたのには違和感しかないけど……。

 まぁ分かってくれたということかな?



「じゃあ、行ってくる……?」

「頑張ってください! 翔和くんの勝利のピースを楽しみにしていますからねっ!」

「おう。まぁ凛も頑張って。ほどほどにな」

「ふふっ。任せてください」



 ぶいっと手でピースを作る彼女。

 彼女の態度が気にはなるが……。

 まぁ考えても仕方ないか。


 元気はつらつな勇気づけてくれるその表情に、俺は微笑み返したのだった。

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