第58話 なぜか、リア神の身内がやって来たんだが ①


 満面の笑みを浮かべた美人がこちらに手を振りながら向かってきている。


 凛と同じブロンドの髪に、ややハーフっぽい見た目。

 そしてなんといっても抜群のプロポーション。

 パリコレのような細さとグラビアのような人の目を惹く身体を合わせ持っていると思えるほどの美人だ。

 走る時に揺れる豊満な胸は、彼女の妖艶さをより際立たせている。

 その男を虜にしてしまうような見た目に、俺は思わず息をのんだ。


 まぁ、以上の類似点から凛の親族で間違いないだろう。


 見た目的にだろうか?

 と推察をしていると走ってきたお姉さんが——



「凛ちゃ〜ん! どこに行ってたのよ〜」


「ぐほっ!?」



 凛に抱きつくわけではなく、あろう事か俺に抱きついてきた。

 胸に顔を埋めるように抱きかかえられ身動きが思うようにとれずに苦しい……。

 ってか、もがき逃げようにも意外と力が強い!


 俺は、“ギブアップ”の意思を示すためにお姉さんの腕をトントンとタップする。



「く、苦しい……です。お姉さん……。マジ、死ぬ……」


「何やっているのですか!? 離してください! 翔和くんが苦しんでますからっ!!」



 凛が俺を天国から引っ張り出し、不満を訴えるようにお姉さんを睨みつけた。

 助け出された俺の腕に凛がしがみ付き、子供がまるで「私のものに手を出さないで!」と言っているように見える。

 その光景が妙に微笑ましく、思わず苦笑した。



「あらあら〜、ごめんなさいねぇ。凛ちゃんと間違えちゃったわ〜」


「そんな言い訳はダメです! 私には通用しませんからっ。そもそも、どこに間違えるところがあったのですか!?」


「同じホモ・サピエンスでしょ〜?」


「性別が違います! ……はぁ、もう本当に変なことしないでください。私が恥ずかしいので……」


「そぉ? でも、男の子ってみーんなこういうこと好きでしょー?」


「ち、ちょっと!?」



 お姉さんは俺を引っ張り、また胸に収めようと——



「させませんからっ! それに翔和くんも何をやっているのですか!?」


「え……俺も悪い感じ?」


「そうですよ。その……流されて、女性の肌に触れるなんて……は、破廉恥です!」


「いや、抗おうにも抵抗が難しくてな……物理的に」



 凛もそうだが、この2人は力が強い。

 腕力があるような見た目には全く見えないが……。

 まぁでも、少なくとも俺よりは強いと思う……大変情けない話ではあるが……。



「あらあら〜。男の子だったらもう少し力をつけなきゃダメよぉ」


「……そうですね。考えときます」


「ふふふ、そうしてちょうだい。たくましく鍛えることが出来たらぁ〜ご褒美をあげちゃう」


「ご、ご褒美……?」



 自分の唇に人差し指を当て、妖艶な笑みを浮かべる。

 ご褒美の部分が妙に艶っぽく聞こえ、ドキッしてしまう。



「いてっ!? ……凛、なんで抓るんだ?」


「自分の胸に聞いてみてください」



 ふんと鼻を鳴らしそっぽを向いてしまった。

 その様子をお姉さんは「あらあら〜」と言いながら、温かい目で見ている。



「えーっと、1つ聞いてもいいですか?」


「なぁ〜に? 年齢以外だったらいいわよぉ」


「その、聞きそびれましたが……凛さんのお姉さんですよね?」


「そうよぉ〜」


「嘘言わないでください」


「え〜、凛ちゃん酷い〜! 助けて〜」



 冷たい目でお姉さんを睨む凛。

 お姉さんに向けられた視線なのに背筋が冷たく感じるのは気のせいだろうか?


 お姉さんは視線から逃げるように俺の後ろに回り込み、そして身体を預けるような形で寄りかかってきた。

 この男心をピンポイントでくすぐるような動きに顔が熱くなる。


 正直、手玉に取られている感が否めないが……。


 この独特な間にのんびりとした口調、ほんわかとした感じだが……。

 でも、なぜか逆らえない。

 そんな雰囲気がお姉さんにはある。


 俺が対応に困っているのを見兼ねた凛がため息をつく。

 そして——



「そこら辺にして、いい歳して男の子をからかうのは辞めてください、……」


「え……?」



 耳を疑うような言葉が聞こえた気がしたので、俺は自分の頰を抓る。


 痛い……。

 ってことは……。



「そうなのです。大変言いにくいのですが、この方は……私のお母さんです」


「はぁ〜い。凛ちゃんのママで〜す!」


「マジかよ……」



 俺は驚きのあまり手に持っていたスマホを落とす。


 凛の母親は鞄から扇子を取り出すと、自慢気に“ドッキリ大成功”と書かれた面を俺に見せつけてきた。


 もしかして、このために作ってきたのだろうか?


 つか、こんな美人の母親っているのかよ……。

 あり得ない現実に直面したせいか、ため息しか出ない。



「じゃあそろそろ〜、家に入れてくれるかしら? 色々と渡す物があるのよぉ」


「いいですけど……。ボロアパートでお見苦しいですよ?」


「別に構わないわぁ〜。2人の愛の巣に入れてちょうだい」


「な、な、な、何を言ってるのですか!?」



 母親の軽いジョークに過剰反応をするリア神。

 母親が来てから、いつもの落ち着いた雰囲気は微塵もなく終始翻弄されっぱなしである。


 でもこんな凛は見たことはないので、妙に惹かれてしまう。

 けど、慌てる凛は可哀想だから助け船を出そう。



「俺たちはそんなんじゃないですから。変な勘繰りと勘違いでからかうのはやめてください。凛が可哀想ですよ……」


「……なるほど。そっかぁ〜。ごめんねぇ」


「いや、別に。わかっていただけたなら……」



 頭をぽりぽりと掻きすぐに謝ってきた母親に、少し言葉が詰まる。

 一瞬、視線から射抜くような鋭さを感じたが……気のせいだろうか?



「凛ちゃんも大変ねぇ。でもぉ〜さっきのは勉強になったでしょ?」


「勉強? なんのことでしょうか……?」


「だ〜か〜らぁ〜——」



 凛に耳打ちをする母親。

 絵になる2人の内緒話が気になる……。


 一体何を話してるんだろう?


 とりあえず言えることは、凛が耳も顔も真っ赤に染めて「心の準備が……」と呟いていることから、きっと凛にとって碌でもないことだろう。


 俺は合掌し、『どんまい』と心の中で言った。

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