第55話 なぜか、リア神にも苦手なことがあるらしい 続



「翔和くん酷いですっ!」


 凛は目に涙を浮かべ、コントローラーを強く握りしめていた。

 そして悲しそうに目の前の光景を見ている。


 テレビ画面に映るのは、煙をあげてぴくぴくと動く数秒前まで元気だったキャラクター(ぴんくちゃん)である。



「ここまで頑張ったのに……」


「悪かったよ。でも急には止まれないんだ」


「ぐすん……。ごめんなさい、ぴんくちゃん……」



 俺たちがやっているのは、友情崩壊ゲーと名高い育成ゲーム。

 キャッチコピーは『何が起きても恨まない。あなたにそれができるか?』である。


 その時点で怪しいが、基本ソロプレイだった俺にはどうしてこれが友情崩壊ゲーかわからなかった。

 ただアイテムを集めて強化し、そして戦わせる普通のゲームだった。


 このゲームの神髄は複数人で遊ぶとバグるというところである。。


 例をいくつか挙げるのであれば、

 CPUの強さはバグで最強に自動的に設定。

 取ったらバグで即死してしまうアイテム、しかもそれがプレイヤーを狙ったように突然足元にポップしてくる。

 さらには、プレイヤーの耐久は紙。

 謎のワープで衝突事故……等々である。


 と、まぁこんな風に大変理不尽なゲームなわけで、ソロ以外だとバグの嵐だ。

 複数人で行う対戦ゲームなのにこれは致命的だろう。



 手塩に育てた愛くるしいキャラクターが死ぬのは辛いよなぁ。

 しかも死に方が妙にリアル……。

 俺はゲーム機の電源を落とし、リア神の方に顔を向ける。


 うん、ハンカチを片手に涙を拭うリア神が見てて居た堪れない。



「だからこのゲームはやめようって言ったんだけどなぁ……」


「うぅ、好奇心を抑えられませんでした……」


「まぁこういうゲームの仕様だから、落ち込む必要はねぇよ」


「そうですね……。でも私、死んでしまったぴんくちゃんのためにも強く生きます」


「お、おぅ。まぁ、頑張れよ」


「はい!」



 胸に手をやり意気込むリア神。

 こんなゲームで感情移入するとは……。


 これが鬱ゲームとかだったらマジで凹みそうだよな。

 凛にゲームをやらせる時は慎重に選ぶことにしよう。


 テレビに向かって手を合わせる凛に俺はため息をついた。



 ◇◇◇



 ゲームを終えた俺たちは、食材を買いに行くために外に出ていた。

 他にも買いたい物があるらしいが、全て凛に任せるのも悪いので俺は荷物持ち兼付き添いである。


 凛の格好はさっきと変わらず俺のジャージ姿なわけだが……。

 私服の俺よりなんか似合っていた。

 いや、似合うというより違和感がないと言った方がいいかもしれない。


 まぁ、この滲み出るスペックの差は仕方ないことだ。



「雨が降ってきましたね」


「まぁ、急に暗くなったから通り雨じゃないか?」


「そうだといいのですが……」



 俺と凛は閉まっている店の軒下で、急に暗くなった空を見上げる。

 ぼけーっと見上げる俺と違って凛は不安そうに空を見て、そわそわしていた。


 ポツポツと降っていた雨が急に勢いを変え、まるで滝のように降り注いできた。

 早めに雨宿りをしていなければびしょ濡れになっていたことだろう。


 暗雲立ち込める空を真っ二つに裂くように、一筋の光が走る。

 それに少し遅れるような形で、ゴロゴロと低い轟音が鳴り響いた。


 その音に驚いた俺たちは「うわぁ!?」「にゃ!?」と悲鳴をあげた……うん?

 俺は悲鳴に違和感を感じ、横目で凛を見ると凛は手で顔を隠していた。



「今の猫みたいな悲鳴は……?」


「き、聞かなかったことにしていただけると……」



 相変わらず顔を隠すリア神だが、隠せていない耳は真っ赤である。

 そんな凛だが、何かに怯えるように小刻みに震えていた。



「もしかして凛——」



 もう一度鳴り響く雷の音。

 凛は身体をびくっと震わせると俺の胸に飛び込んできて、そのまま背中に手を回してきた。


 一瞬の出来事で思考が停止する。


 何度もくっつかれたことはあったが、こんな正面からぎゅっとされたことはなかった。

 凛の体温が近く感じ、心臓がはち切れんばかりに高鳴っている。


 動揺する俺は、冷静に。

 あくまで冷静に見えるように凛へ声をかける。



「……えっーと、凛。もしかしなくても……雷、苦手?」


「はい……」



 凛が俺の胸に顔を埋めているせいで表情が見えない。

 だけど、弱々しい声で苦手であることを認めた。


 華奢な身体がいつもより小さく、そして細く感じる。



「……子供の頃、雷で停電した時に……。その……エレベーターに閉じ込められたことがありまして。それから、雷がどうしても苦手なのです……」


「そうだったのか……」



 凛はビクビクと震えながら、しぼり出すように声を発する。


 小さい頃のトラウマって克服するの大変だ。

 下手したら一生、尾を引いてしまうかもしれない。


 だから震えて、こんなにも怯えていたのか。



「でも、不思議です……」


「うん?」


「翔和くんにくっついて胸の音を聞いていると、不思議と落ち着いてきます……」


「そうか……」



 俺は胸で泣く凛を見ないようにしながら、凛の頭を優しくポンポンと叩く。


 ひっつかれて緊張し、気が気ではない。

 本当だったら『付き合ってもいないのにこんなのはマズイ。ダメだ!』と引き離さなければいけないと思う。


 けど……。

 弱っている女の子を突き放すなんて出来ないよなぁ……。


 こういった場面で、彼女に何をしてあげた方がいいかわからない。

 気の利いたことも、気障な台詞も、甘い言葉を囁くことも出来ない。

 そんなこと出来る程、人生経験はない。


 俺に出来ることとしたら、泣く子供をあやすようにしてあげることだけだ。

 寧ろ、それしか思いつかない。


 だから——



「気が済むまで好きにしてくれ……」



 とぶっきら棒に、そして無愛想に言うことしか出来ない。


 胸元で「ふふっ」と凛が笑う。

 様子が気になり、ちらっと凛を見ると目が合った。

 男心をくすぐるように妖艶な笑みを浮かべている。



「じゃあ気が済まないので、ずっとこのままでいますね」


「勘弁してくれよ……」



 俺は苦笑し、厚い雲が広がる空を見上げる。

 空の彼方には光が射し込んでいるのが微かに確認出来た。

 おそらく、もう少しで雨も止むことだろう。


 結局雨が止むまで短い時間ではあるが、この体勢のままだった。

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