第25話 リア神の誕生日を知るには



 ……悩む。

 そう、非常に悩む。


 俺はせっせと家事をする美少女を横目で見た。

 長い髪を後ろで束ね、所謂ポニーテールってやつだ。


 綺麗なうなじに、つい見惚れそうになるがぐっと堪える。


 今日バイトのなかった俺はまっすぐ家に帰ったのだが……。

 当たり前のように若宮はついてきている。

 まぁ俺も、もう逃げる気がないから別に構わない。


 周りからの視線が痛いのは辛いところではあるけど……。



 なんでも『今日はたくさん勉強できますね」ってことらしい。

 そして慣れた手つきで、家の掃除や洗濯、そしてご飯の準備を始めている。


 非常にありがたい限りである。


 そんな状況てあるにも関わらず、俺の頭はの解決に一杯一杯になっていた。


 勉強をしなくてはいけないのにペンが進まない。


 その様子に若宮も疑問に思ったのか、俺の顔を覗き込むように見てきた。



「常盤木さん、なんだか上の空ですね。何かありましたか?」


「あー、なんか疲れ気味でな。なんせ、今まで勉強してなかったからさ」



 咄嗟に思いついた言い訳を言う。


 まぁ強ち間違いではない。

 疲れているのは事実だし、嘘ではない。


 ただ、本心や真実でもないのだが……。



「では少し早いですが、休憩をしましょう。今、お茶とお菓子を用意しますので座ってお待ち下さい」


「ああ、さんきゅ……」



 俺は背伸びをし、深く息をはく。


 さて、どうしたものか……。

 学校で健一からあれこれレクチャーされたのはいい。


 だが……。

 肝心の“若宮の誕生日”がわからないのだ。


 健一に聞いても『俺は知らない。そこは自分で頑張るんだな〜』とニヤニヤして教えてくれないし。

 態度的に知ってはいるのだろうな。

 だったら教えてくれてもいいとは思うのだが……。


 誕生日を知る方法は思いつくだけで3つ。


 1つ、素直に『若宮って、誕生日いつ?』って聞く。

 2つ、健康保険証のような証明証を確認する。

 3つ、学生なら誰しもが持っている生徒手帳(生徒証)だ。


 一見、簡単そうに感じるこれら3つの方法だが……これを普通に聞いてしまったら最後、彼女の性格上……事前に、そして謙虚に誕生日プレゼントは断ることだろう。


 だから俺に必要なことは——



“バレずに彼女の誕生日を知る”

“断られる前に渡す”


 この2点を完遂しなくてはいけない。

 しかも、若宮に悟られずにだ。

 だから1つ目は論外だろう。



「無理ゲーだろ……マジで」



 俺は机に項垂れ、ボソッと呟いた。


 健一にいい方法聞けばよかったな……。



「何か難しい問題があったのですか?」



 不意に後ろから声をかけられ、ビクッとなる。

 若宮はきょとんとした様子で首を傾げ、そして紅茶やお菓子を机に並べていく。


 俺はその中から、クッキーを1つ摘むと口の中に放り込んだ。



「んー。いや、まぁそれなりに。でも解決したから大丈夫だ」


「そうですか? 何かありましたら遠慮なく言って下さいね」


「ああ、なんかあったら言うよ」



 さて、どうするか……。

 若宮の生年月日がわかるのは2つ目と3つ目の案だけだ。


 まず、前者は常に持ち歩くことは若宮の場合、恐らくしないだろう。

 必要なときだけ、保管場所から取り出すに違いない。

 普段から持ち歩いて落とすというリスクのことを考える筈だ。


 となると生徒手帳しかない。

 けど、これも難しい。


 持ち歩いているとは思うんだが、それを見せてくれとは頼みづらい。

 それに、顔写真入りのものを気軽に見せてくれるとは思えないのだ。


 証明書などに使う写真って、写りがイマイチなのが多いしな。


 真顔で真面目な表情。

 俺もあまり見られたくない。

 ちなみに俺のは、目が半開きの超絶ブサイクな証明写真だ……。

 一生封印ものである。



「やはりおかしいです」


「うわぁっ!? って痛っ!?!?」



 いつの間に目の前へ来ていた若宮に驚く。

 そして、驚いた拍子に膝を思いっきり机にぶつけてしまった。


 じーんとして痛い……。



「大丈夫ですか? 驚かせてすいません……」



 再び近くに寄り、俺を心配そうにに覗き込んでくる若宮。

 膝をぶつけた痛みと心臓の高鳴りが混ざり合い、変に身体が熱い。



「いや、俺の方こそすまん。少しぼけっとしてた……」


「……やはり変です。何でもいいから話して下さい」



 俺の手に自分の手を重ね、全てを見透かすような澄んだ瞳が俺を捉える。

 その瞳には「話すまでやめません」そう言っているように思えた。


 はぁ、俺はこの目に弱い……。


 俺は苦笑し、小さく息をはく。



「悩みとかそんな大層なものではないんだが……いいか?」


「勿論、いいですよ。何でも話して下さい」


「改まって話すことではないけど……いや、俺って何も知らないなと思ってさ」


「何も知らないというのは?」


「勉強や対人関係、特に後者の方だな。よく話す健一のことですら、わかってないことが多かったしな。それで、よくよく考えてみると俺、クラスの奴のこと何も知らないんだなぁと思ったってわけ」


「なるほど、そういうことでしたか」


「ま、くだらないことに気がついたってだけの話だよ」



 天を仰ぎ嘆息する。

 そんな俺に若宮は優しく微笑みかけてきた。



「私はくだらないとは思いませんよ?」


「そうか?」


「常盤木さんが気がついたということは、“知らなかった”ことを知ったというわけですよね? それだけで大きな進歩だと思います」


「……進歩?」


「はい。無自覚に無知だと気づきませんので、それを直そうとも思わない筈です。しかし、自覚すれば改善する余地が生まれると私は思いますよ」


「なるほど……」


「自覚することで生まれる『こうした方がいい』『もっと知りたい』というのが成長に繋がります」


「そっか……。じゃあ、そう思えただけ良かったってことか」


「私はそう思いますよ。ですので、これをどうぞ」



 若宮は自分の鞄から生徒手帳を取り出し、俺の手に置く。

 まさかの展開に『俺の意図が読まれたのではないか?』とどきりとする。



「千里の道も一歩からです。よかったらまず私のを見て下さい。あ、でも少しだけですよ? 写真とかあまり見ないで欲しいので」


「ああ……。でも、どうして生徒手帳?」


「いりませんか? てっきり“人の名前と顔を一致させるトレーニング”を始めたのかと思っていましたが……」


「あーそうそう。うん、めっちゃそう」



 俺は首を縦に振る。

 やや大袈裟に見えるかもしれない。



「ふふっ。常盤木さんは人の名前とか覚えるの苦手そうですものね」


「まぁ、苦手……だな。正直クラスメイト半分以上わからねぇし」


「私の名前も知りませんか?」



「若宮の名前はわかる……凛だろ?」



 名前を呼ぶという行為が気恥ずかしく感じ、ややぶっきら棒に答える。



「正解です。漢字は生徒手帳に書いてある通りですね。よく“凜”と“凛”を間違えられてしまうのでこの際覚えて下さい」


「あー、だから生徒手帳か……」



 なるほど。

 若宮の人の名前と顔を一致させるトレーニングっていうのは、名前……しかも漢字で覚えとこうってことか。



「いや、でも流石に若宮さんの名前はわかるよ。これだけ世話になってるし」



 俺は若宮から受け取った生徒手帳の写真、そして生年月日を眺める。

 証明写真ですら目を惹く写真になってるな……。

 流石としか言えない。


 さて、誕生日は……。


 生年月日を見たところで「あっ」と思わず声が漏れそうになったが、なんとか抑え込む。


 マジかよ、書いていないなんて……。


 そう生徒手帳には、顔写真は貼ってあるものの生年月日を書いていなかった。

 真面目な性格の若宮なら書いていると思っていたが……。



「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」



 俺はどこかにヒントがないかと、生徒手帳をめくる。

 そして、カレンダーが載っているページに丸で囲んである日付を見つけた。



「この丸って何?」


「それは琴音ちゃんの誕生日です」


「ふーん。てっきり若宮さんのかと思ったよ」


「私は違いますよ」


「へー、そうなんだ。ちなみにいつ?」



 なんとなく聞いた。

 そう思われるようになるべく平静を装う。

 内心では、心臓がバクバクと自己主張をしていた。



「えっと、一応この日ですけど」



 若宮は首を傾げ、日付を指差す。

 それに対して俺は「そっか」と短く答えた。


 それから、今の出来事を誤魔化すために生徒手帳を適当ペラペラとめくり興味なさげに「へぇ〜。色々書いてるんだな」とだけ呟く。

 もう一度、写真を見ると若宮に『誤魔化し方が下手ですよ?』と言われている気がして思わず苦笑いをした。



 若宮はというと、何故か頰を紅潮させ俯いている。

 少し震えているようだ。



「若宮さん、どうかした?」


「…………下さい」



 いつもは透き通るような声で聞き取りやすい。

 だが、今は蚊の鳴くような声で全く聞こえない……。



「うん? えーっと、聞こえないんだが……」


「そんなまじまじと見ないで下さい!」



 彼女は、俺から生徒手帳を取り上げると急いで鞄にしまってしまった。

 そして「もうっ!」と言うと頰を膨らまし、不服を訴えるように俺を見つめてくる。



「常盤木さん、ひどいです」


「……すまん」



 この後、罰として俺の生徒手帳が見られ、封印した俺の“目、半開き証明写真”が若宮に見られることになってしまった。


 こうして紆余曲折あったもののなんとか目当ての情報を手に入れた。

 まぁ、それを得るために俺の黒歴史が見られてしまったが……。


 何かを得るには何かを失うということなのだろう。

 1つ賢くなった気がした。


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