第10話 悲劇の射手座 part【FINAL】

「で、結論は?」


 ライブラの視線は鋭く、半端な答えは誰も救われないことを示している。

 けれど、俺にとって最良の結末は叶わない。


「その様子だと、答えは『ありません』かな。君で14人目の質問だが…そうか。やはりそうなのか」


 きっかけは、縁日で遊んでいた時の周りの様子だった。誰もが楽しんでいる。誰もが明るく振る舞っている。しかし、ここ以外で冥界に居た人々は、生気の無い抜け殻。何故なら、ここに居るのは地上の人間が平等に一つだけ持っている権利である『生存の権利』を失った持たざる者。


「不正…では無いと思う。ライブラが持ち込んだ話だからね。ただ、公平ではない。それに蘇生は…マナロ一人じゃ不平等だ。多分、ボスを全部倒したプレイヤーだろうと不平等なんだ」


 情けない、カッコいい幕引きができない事を自覚してしまった。結局、過去の約束は半分破るしかない。だから口では不安そうに述べつつも諦めはしない。


「なので、答えは無い。ありません、だライブラ」


 隣で様子を伺っていたマナロはやっぱり、と顔を下げる直前、言葉の割に力の宿ったグレイこ瞳に違和感を感じて見つめ直す。そして、直ぐ心当たりに行き着いた。自分も似た事を選び実行したからだろう。


「グレイさん…まさか!」

「だけど、ライブラ。一つ頼みがある」

「聞こうか…」


 その言葉に俺は最後の手段、最後の賭けに打って出る。


「一人戻る代わりに一人ここに残る。世界全体で見れば、平等で公平な『生存の権利』の移動になるか?」

「それはつまり、グレイが死んでマナロが生き返る…という安い相談と捉えていいのか?」

「安いとは言わないでくれよ」


 ライブラの視線は俺達の後ろで階段に腰を下ろして見守っていた老人の方へと僅かに動いていた。老人サトウは何も言わずに、ただ少し楽しそうにライブラの答えを待っている。


「本気で言っているのか? 君は他人の為に死ねるのか?」

「元を辿れば、うみへび座で庇ってもらったのが始まりだ…」

「庇ってません! 違います! そもそも射手座の時はちゃんと死んでます!!」


 マナロは俺の右腕を掴み力任せに握りしめる。瞳からは大粒の涙が溢れて止まらない。

 声は枯れても唇は動いている。まるで、貴方はもう黙ってて、とでも言いたそうに。そして、ライブラには必死で違うと言い続ける。それだけは、絶対に認められない。そうしたら、ワタシは何の為に貴方を生かしたのか、今までの全てが無駄になる。


「だから、それだけはやめて。私から足跡まで奪わないで……」

「この先で幾らでも作れる」


 二人の心情も覚悟も天秤座は見定めていた。

 その上で判決を下す。


「なるほど、理解した。ならば…グレイの言い分は認められない」

「何でっ!?」

「うん、儂もつまらないから無しだね!」

「何でサトウさんまで?」


 困惑で声を荒げた俺を冷めた視線で見返したライブラは、溜め息を一つ吐きサトウが腰をかけていたウッドチェアを小屋の奥から持ち出して自身も腰を下ろした。


「君は何をしにここへ来た?」

「何って俺は…」

「答えろ愚か者」

「…マナロを助けに来ました」


 ゾッとするような感情を剥き出しにしたライブラの違和感に戸惑いを感じる。


「というか儂からすれば、勿体無いよ。もしやグレイ君は小さい頃バグとか裏ワザをやった事ないの?」

「ば、バグって…この世界に無いでしょ…」


 押されながらも口答えした所で、サトウは聞く耳持たずに話を続ける。


「『射手座は消さずに利用する、マナロ君は蘇生せず地上に戻す、天秤座は殺さず負けを認めさせる』そして、『その上でエンヴィアを倒す』。これが理想的で二人の願いを叶えた結末だ」


 それは理想的な展開だが現時点では机上の空論だ。どれも肝心の方法が無い。


「あくまでゲーム、あくまでクエスト。出題者や執行者が不可能と断言しても、仕様上は別の抜け道が必ず用意されている。そうでなければ…つまらない」

「本当にアンタ、何者?」


 サトウの言葉一つ一つにプレイヤーとは思えない程の自信が篭っている。嘘や間違いを言っている雰囲気では無いのだ。


「儂はいい加減、天秤座のクエストと射手座のクエストが同じ終わり方をするのに嫌気がさしている。14回、14回だぞ!? 何故、全員揃いも揃って同じ答えを出す? 50年近くかけた計画で数多くの世代、年齢、環境。全てバラバラで抜け道も彼等に合わせて用意した。なのに行き着く先は同じ!」

「……」

「はぁはぁ…一度くらい、儂に別の答えを見せてくれ」


 この老害の正体について今は言及しない。身勝手を押し付けたせいで湧き出した怒りや恨みなどのドス黒い感情は後でぶつけておく。だが、それ以上に有益な事をこの運営は言った。抜け道はある。自分で言った理想論にたどり着く手段はあると。


「あぁもう…クソ運営に発破かけられたのは癪に触るけど、やってやるよ…1分で良い、待ってくれライブラ」

「待つ。私も50年待っているからね」


 両手のひらで視界を塞ぎ、一気に集中して思考を纏める。

 誰もが天秤座に呼ばれる事はない。ラムの言葉だ。つまり、サトウが述べた理想論を叶える何かを俺は持っている筈。

 それは武器か、スキルか、魔法か、アイテムか。


「確か、あいつに聞いた時のやり方は…」


 頭の中で纏まった作戦は、たった一つの運要素を除けば答えになる。俺はステータス画面を少し弄ると、深呼吸してライブラへと向き直す。


「うん、これしかない。ライブラ、答えが分かった」

「よし結論を聞こう」

「……『召喚魔法 流転の天秤座を俺の使い魔として召喚する』」


 ライブラの足下に突如として現れた魔法陣。その時、既に俺の視界に映る画面には成功の二文字が記されていた。

 マナロは口を開けて呆然とその様子を眺めている。


「やっぱり、ライブラは必ず使い魔に出来る存在なんだ…」

「どうやって気づいた?」

「ライブラさ、最初から自分は最弱って言ってたじゃん。だから、倒す事は間違い、認めてもらうのは半分正解で、一番はプレイヤーの使い魔かなって」


 この作戦で唯一の博打はライブラに召喚もしくはテイムの要素があったとして、成功率が100%ではない時。運で失敗する可能性も捨てきれなかった。今の彼の言葉から、それは要らぬ心配のようだ。


「…まぁ主と認めよう。私は嘘と偏りが大嫌いだが、主の命なら多少緩くなる。私が生きている限り、勝手な蘇生は認めないが…それ以外なら力を貸そう」

「なら天秤座。マナロを救うのに力を貸してくれ。蘇生できなくても連れて帰るやり方は思いついた」


 その言葉を聞いたマナロはギュッと俺の袖を掴む。


「犠牲無しでやる、質問だライブラ。ポラリスにマナロを射手座として、彼女のプレイヤーデータを記憶させる事は可能か?」

「……現時点では不可能だ、だが…」


 言い淀んだライブラは沈黙する。

 すると、そこへ第三者の拍手の音が割り込んでくる。


「儂、感動。本当にライブラ殺さない抜け道を見つけるとは」

「…アンタが運営面して色々言ってくれたお陰だよ。で、何?」

「運営って分かると、手のひら返すの辞めて欲しいよ…」

「なら、今すぐ全員ログアウトさせろ」

「今それは出来ない。だから、運営として君が儂に期待した事をしてやろう」


 サトウは自身のメニュー画面をテキパキと操作し始める。その姿は77の老人とは思えない程精密で迷いの無い動作だった。


「できたぞグレイ。君は運営であり死者の集まる冥界で待つ私に、プレイヤーデータを確実に移して欲しかったのだろう? 神が為せば人の理想は必ず現実になる」


 彼の言葉の直後、俺の画面に一つのメッセージが送られてきた。そこには、ある武器が進化した事が記されていた。

 俺は装備欄からその武器を取り出す。その短剣は、おおぐま座を倒して得た変貌の短剣。

 何者にも何物でもなり得る奇跡。それが、今神々しい程に輝く白銀の短剣へと進化した。


「それが『ポラリスχカイ』。変形機能は一つに絞るけど、お嬢ちゃんを射手座として記録してくれる。お嬢ちゃん、触れてあげてくれ」


 マナロが刀身に触れると、辺りを神々しい光が包み込む。光が収まると、目の前には異様な光景が広がっていた。


「「これ、私?」」


 マナロが二人居たのだ。二人のマナロは互いに互いの顔を触れると同じ反応で驚き、同じ歩数後ずさる。


「言うなれば『完全記憶』。アカウント情報ごと記録したから、片方が消えても彼女のこれからはサーバーに記録され続ける。要は、限定的蘇生かな。完全蘇生は…レッドラムに聞いているだろうが」


 マナロは何の為にこんな事をしたのか理解した。


「これなら、射手座が消滅しても、私は生き続ける。プレイヤーの射手座が死んでも武器の私が地上に帰れる」

「よく言うテセウスの船とか泥男かな。彼等βテスターと同じか」


サトウはふふんと自慢するように笑う。


「最低に限りなく近い抜け道だけどな。軽蔑してくれても良い。だって、片方には射手座として消えてくれと頼むんだから…」


 俺は慎重にマナロの表情を覗き込む。

 しかし、彼女はいつかの街で見た余裕のある悪戯顔でニヤリと笑う。


「そうですね…延々とグレイさんに付き合う事は軽蔑しますが、それ以外無いんでしょ?」

「本当にごめんなさい。生き返る為に我慢して」

「まぁ、あの女をぶっ潰すまでは一緒に行動しましょう。話はそれからです」


 射手座となった自分が死なない限り、クリアは出来ない。しかし、自分と全く同じ存在が居れば話は別だ。ライブラに視線を合わせると、彼は両手の上に白黒の天秤を出していた。


「第二の試練。悲劇の射手座がクリアされた事をここに証明する。さらばだ、同胞よ」


 ライブラの宣告と共に片方のマナロが光となって消えていく。その背後には白銀の弓士が意外にも苦しまず安らかにその後を追っていった。

 そうして、この場にはポラリスに記録されたマナロと射手座が残る。


「congratulation!!ストーリークエスト『終の舞台、灰の強弓』をクリアしました。」

「Tragedy Sagittariusの討伐報酬が参加者全員に配布されます」

「Tragedy Sagittarius討伐MVP:グレイ」

「Tragedy Sagittariusの討伐者とMVPに称号とアイテムが付与されます」


 とてもとても懐かしく感じるこのメッセージ。

 今回は今までで一番達成感のあるクリアだった。


「おめでとう主。それで次はどうする?」


 均一なリズムで拍手するライブラ。俺は腰に手を当ててここまで来て漸くかと天を仰ぐ。待ち焦がれた彼女との再会に、初めての復讐に、はやる気持ちが抑えられない。


「ヤツをエンヴィアを倒すぞ」


 それは射手座を誑かし、神を利用し、人をやめた悪魔の討伐。やるからには徹底的に潰したい。


「そうかそうか。グレイ君はエンヴィアとやるのか」

「アンタは観てるだけだろ」

「儂はここから出られないからねぇ。だからさ、こんな戦いをして欲しいんだ」


 それからサトウは己の望む戦いを長々と語り始める。最初はつまらないと判断して聞き流すつもりだった俺も、最後には彼の望む戦いが少しだけ見てみたいと思ってしまった。実際にやるのは自分なのにだ。


「どうだろう? どうせユノがバトルフィルムにでも勝手に撮るんだ。相手はレベル1000越え+ボスラッシュの超理不尽。儂の策は彼女にとって辛いよ」

「良いよ、俺以外が納得するならそれで行こう……あのさ、結局アンタの名前は?」


 サトウと呼ばれ続けた運営の男は、待ってましたと言わんばかりに口端を吊り上げる。


「『ハーデス』。この世界でのプレイヤーシステムに関する全て基礎プログラムを組み上げた。独善的な死者蘇生をしたければアレを止めてこい」


 この日から、数日後の夜。世間ではバトルフィルムイベントの結果発表の日。

 冥王が仕組み、神が見届け、全てのボスが一堂に会した激戦が幕を開ける。

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