第8話 流転の天秤座 part【8】

 彼と彼女が再会した。その瞬間、漸く、待ちに待った、感動の、どの言葉でも言い表せない雰囲気が二人の間を包んでいた。


 彼の一言から後に続く言葉は出ない、いや出さない。彼は彼女の答えを待っている。手の中で泡沫のように消えていった少女を追いかけて、藁にも縋る思いでここまで来たのだ。十分二十分沈黙が続こうと、彼の気持ちが途切れることはない。


 反対に彼女はどうだろうか?


 矛盾を孕み、歪んだカタチで彼に矛先を向けた。迷いは吹っ切れたものの悪魔に足を掴まれて、奈落の底へと堕とされた。

 それでも、彼女は心の中で満足していた。彼が消えるよりも自分が消えた方が正しいと認めていたからだ。別れは告げた、結末を受け入れた。


 なのに、この状況はどう言う事だ。

 助けに来た? ここを何処と心得る。

 足元に広がるのは宵闇の浜辺。水平線の先に島の影は映らず、視線の届く範囲に枯木が数本だけの簡素で殺風景な世界。

 ここは権利を奪われた者達が集められる最後の地—冥界—だ。


「何で…ここに居るんですか…?」


 囚われの少女の震える唇から溢れた言葉は、そんな当たり前の質問だった。もっと他に言うことがあったろうに。冷静さを保つ為、時間稼ぎをしてしまった。


「何でとは…あぁだって、見りゃ分かるだろ? 今言った通り、助けに来た。ここから出るぞ」


 何を今更とでも言いたげな表情をする彼に対して無性に腹が立つ。ありえない、不可能、無理。否定の考えが光の速さで彼女の脳内に浮かび上がった。そんな彼女の考えは言わずとも顔に出たのだろう。彼が難しい表情をとった。


「まぁあれだ…ルール的におかしいし、先に散った彼等には聞かせられない話だけど、これはそう…正規ルートってやつだ。まだ確実じゃないけど、運営を通して復活できる」


 彼の言葉が理解できない。正確には理解しようとすると、涙が溢れて鼻の奥が痛くなる。言葉を噛み締めようとすれば頬が熱くなる。


「だから、もう一度あそこへ行こう。本物の空の下を歩けるように」


 差し出された無骨な青年の右手に涙でぐちょぐちょに濡れた少女の右手が伸ばされる。

 固く、優しく、結ばれた手と手から伝わる熱が、彼女に希望と正気を取り戻させる。


「うっ…うわぁ!! うわぁぁっ!!」


 水平線の彼方まで届きそうな叫びが冥界を木霊する。自然と涙が流れていた。ただ単純に自分の為に命を懸けられる事がこんなにも嬉しい事だと知らなかった。無知故に、想いは止めどなく溢れ出すのだ。


 彼は女性に目の前で泣かれた経験など殆ど無く、今回に限っては原因が自分の発言かと焦りだしてしまう。俗に言う馬鹿野郎だ。


「あ、えっと、どうしたの? 大丈夫?」


 赤点レベルの対応に、彼女は憤る事もなく、彼に向けて想いを吐く。


「言いたいことは沢山ありますよっ! 何でこんな事してるのとか、私のやった意味とか…でも…でも、嬉しかった。貴方を見て、何より最初に嬉しかったの、それしか思わなかったし、貴方の言葉に助けられたのっ!」


 怒りをぶつけるような物言いだが、その実、聞いている彼の方が恥ずかしさで顔を背けていた。


「それは、ありがとうございます…じゃあ、帰ろかマナロ?」

「えぇ、そうですねグレイさん。でも、確実じゃないってのはカッコ悪いですよ?」

「あ〜だって、俺も帰り道分かんないし、蘇生させてもらえるか分かんないし」


 ふと、彼は何か空気が変わった事を感じる。

 怖い物を見るようにゆっくりと彼女—マナロ—の方を向くと、笑顔が凍りついていた。


「……はぁ?」


 ◇◇◇◇


 ここは冥界。俺は天秤座のライブラの助けで二度死にデスゲームから脱落したプレイヤーマナロを助けに脱落プレイヤー達が集められたデータの墓場こと冥界へとやって来ていた。


『二度も死に、一度はストーリーボスとして敵対したプレイヤーマナロを蘇生させる公平で公正で平等な理由を用意せよ』


 ライブラから禅問答のような試練を押し付けられ、答えを見つけてない状態でマナロにあったもんだから、嬉しさ優先で肝心の試練を伝えそびれてしまった。


 その結果、彼女には背を向けられて目的地も無い冥界の砂漠を早足で先に行かれてしまっている。


「待って待って、走んないで! 逃げないで!」

「知りません、聞こえません、馬鹿じゃないですか!?」


 前方を早歩きで進む少女からは死者とは思えない程活気のある声で罵声を浴びせられる。

 彼女が元気になってくれたのは嬉しい。

 しかし、それとこの状況は全く別問題である。


「答えがあれば帰れる筈だから、制限時間は無いし考えようよ!」

「アレからのコレは詐欺師の手口ですよっ! 無計画で帰ろうなんて言います普通?」


 返す言葉も無い。しかし、あそこで真実をべらべらと話せば彼女に今程のやる気が戻ったかは分からない。何だかんだ人間は先に上げといた方が問題解決に取り組む物だ。


「そもそも私の蘇生が平等な要素どこにも無いでしょ!!」


 砂漠で立ち止まり、両手を広げて振り返ったマナロが叫ぶ。


「運営が勝手にプレイヤーを敵にして、更にそれを勝手に殺すのはMVP制度を採用してる癖にプレイヤーにとって不利益じゃない? アイテム消えるし」

「……まぁ確かに」


損得の話をするのは自分でも酷いと自覚している。しかも、マナロはまだ敵のまま。死なれる事を望まれる。


「おまけに、まだ射手座は残ってるし…」

「何でそこでソレ言うんですか…」


 結局、答えは出ないまま俺とマナロは行くあても無い冥界を進み始めた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る