第28話 神速のゲリュア part【FINAL】
西エリア???―――秘密倉庫
暗闇の倉庫の中で一人の男が目を覚ます。彼は椅子に座らせられており、両手両足は後ろで縛られていて身動きが取れない。水滴の垂れる音が耳に届いてくるが光は届かず、鼻に突くのは廃材の湿った臭い。現実なら戸惑うところだが、ここは仮想世界。メニューを開けば現在地は確認できる。彼もそれに倣ってメニューからマップを開く。画面から照らされる光で多少の視界は確保できるが、映し出されるのは木板で塞がれた部屋の入り口。自力での脱出は困難と悟り、ため息を吐いた彼は助けを呼ぼうとして一つの問題に気がつく。
指が動かせないとメニューを弄れない。
何とも単純で馬鹿げたことだがこれはマズい。自分の言うのも何だが、それなりにフレンドがいるので助けを呼べば誰かが助けに来ると期待していた。しかし、位置を知っても伝える手段が無い。自分をここに監禁した者は故意か偶然か男にとって非常に不利な状況を造り出していた。ここまで来て漸く男は焦り始める。
「ヤバいな…うん、ヤバい…」
それから数時間経っても事態は好転しない。何とかパニックにならないように冷静さを保とうとするが、焦りと緊張から男の口数と語彙が少なくなっていた。
ついに、叫び声を上げそうになった時、自身の背後をゆっくりを歩く足音が聞こえてきた。
「おはよう――あ、時間は分かんねぇか。因みに何でこうなったかは覚えてるか?」
「―――あんたが俺をこんな風にしたのかい? 困るなぁ…」
男は余裕を保つふりをして背後の人物に揺さぶりをかけようとする。縛り付けた状態でも威勢の良い彼に背後の人物は不機嫌になる。
「質問を質問で返すんじゃねぇよ負け犬。その頭に付いた犬耳は飾りじゃないみたいだな。似合ってるよ負け犬」
「俺をこんなにして…仲間が黙っちゃいないぜ?」
彼には己を慕う仲間が居る。一声かければこんなプレイヤーを殺してくれるレッドネームも呼べる危ない奴らだ。
男が自身満々の表情をしていると、背後の人物は大きな大きな溜め息を吐いて鼻で笑う。
「狭い界隈で声がデカい奴はこれだから……お前の仲間? 全員フレンド登録やめてもらったよ。助けを呼ぶのは最初から無理なんだって」
その言葉に男は目の色を変えた。背後の人物が見ることは叶わないが、男はぽっかりと口を開けて眼を大きく見開いていた。
「いやそんなはず……」
「簡単だったよ…東西南北および中央エリアのトッププレイヤー達が全員でお前らを叩いたからな。嘘だと思うなら…ほら」
縛り付けられていた腕の縄が緩くなる。彼は背後の人物を振り払おうとして腕を伸ばすが手の先は空を切る。脚の縄を解く前に気になって仕方ないフレンド欄を開くと、文字通り誰も居なかった。
「はは…マジかよ……」
ここまで来て男は冷や汗をかき始める。勿論、仮想世界で出るはずもないので心の中でだが。
「相手が悪い。お前の言葉で動く奴らは全員『俺らが違うと言えばそう信じる』人達なんだよ。情報戦やるなら発言力考えてモノ言いな」
自分の発言を真っ向から握りつぶせる相手。更にはこのような監禁行為を平然と行える。その中でもリミアと関係のある男性プレイヤーはそういない。
「あぁ…やっと分かったぞ……お前、犯罪者『デッドマン』か」
振り返る先には表情の見えないデッドマンが立っていた。声色から冷たく重い氷のような印象を受け、これ以上なく怒り狂っているのが手に取るようにわかる。
「負け犬『アキムネ』―――今日がお前の命日だ」
一体アキムネは何時からここに居るのか? それは昨日、ゲリュアの捕獲クエストが始まった時に遡る。
◇◇◇◇
「勝つ。外道に落ちた奴は友達でも何でもない。アンフェアだろうが叩き潰す」
確固たる意志を胸にゲリュア捕獲に乗り出した俺とタオ。現在は彗星の如く駆け抜けるタオのゲリュアの背に乗ったタオとその後ろで俺が流鏑馬のように弓を構えていた。
「その闇落ちじみた宣言はどうでも良いけど、僕のゲリュアでも追いつくのは難しいよ? 何せ最高速度は同じなんだから」
「アンフェアって言った。タオ、束の剣を借りて良いか?」
束の剣はタオが持つユニークアイテム『宝石獣の玉手箱』で最強の一振り。有りとあらゆる英雄魔法や英雄絶技が再現出来る水晶剣である。タオはすぐに何の為に借りたいか察しがついたようで怪訝な顔をする。
「うわぁ……街、壊さないでよ?」
「大丈夫だって!! ミリでも擦れば俺の勝ちだ」
タオは束の剣を取り出すと背後に座る俺に渡してくれる。俺はその剣をアンタレスに番えて空を向く。
タオはゲリュアを走らせて超高速の世界の中で何とか目的のモンスターを視界に捉える。
「見えた! 視界に捉えていれば、その剣から放たれる光は無限に的を追い続ける!」
「じゃあやろうか…ヒュドラの毒壺起動、束の剣へ毒を付与…『宝石収束』」
束の剣に装飾された宝石達が動き始める。紫の宝石が鋒に来ると色取り取りの宝石達が後に続いて一直線に並んだ。俺はそれを確認すると天に向けて矢を放つ。
「英雄魔法『蛇雨』」
空高く飛んでいった束の剣は雲に呑まれる。
「蛇雨はロックした相手を全自動追尾する乱戦時の対多数魔法。その数なんと…」
空で爆発音が鳴り響く。雲は吹き飛び快晴の空には紫色の光は線香花火のように弾け飛び世界を覆う。
「目標…ゲリュア」
その言葉を皮切りに空からゆっくりと落下してきた光が意思を持ったかのように一方方向へと超高速で落ちていく。
「ッ!!」
ゲリュアも空の光が動き始める瞬間に最高速度で駆け出す。だが、タオのゲリュアがピッタリと後ろに張り付く。
「これだけじゃない…『宝石獣の武器庫』タンザナイトボウ」
「合わせる。ヒュドラの毒壺起動。タンザナイトボウへ」
紫色の宝石で象られた弓を取り出したタオは、ゲリュアの頭の上から矢を番えて構える。
「2倍打ちだ、英雄魔法『蛇雨』」
ゲリュアの目の前まで射出された矢はすぐ側で膨張し、空と同じ光が弾け飛ぶ。ゲリュアが必死に逃げようとする。だが、空からは万を超える追尾弾が、地上からも同じく万を超える追尾弾が逃げる彼女を襲う。
「当たれぇ!!」
「キャウッ!」
ゲリュアの悲痛な鳴き声を聞いた時、目の前では360度全てを紫の光弾で囲われた哀れな雌鹿の光無き眼が俺の目に焼き付いていた。
土砂降りの雨が地面を叩きつける水音が何十秒も流れ続けた。此方が動きを止めて爆心地へ移動すると、そこには身体の半分以上が粒子へと化したゲリュアが眼を細めて横たわっていた。
「擦る所じゃなかったね…空爆だよ」
タオがそう言うように、辺り一帯は穴ぼこだらけの荒野に成り果てていた。幸い、他の街の中をゲリュアは駆け抜けていないので二次災害は報告されていない。
「すれ違い様に射抜くとか、光速で動く物体に偏差で射抜くとか、そんな神業を俺はできない。やるなら…装備優位を活かした物量攻めしかなかったから——ごめん、ちょっと会いたい奴いるから送ってもらって良い?」
「良いよ、誰かは分かってる。さっきの街に戻ろうか」
クエストは終わった。だからアキムネ、お前の顔を一度ぶん殴らせてくれ。
「———居ない、居ないよグレイ!?」
「あいつ…どこ行って……」
俺はアキムネを殴り飛ばそうと、彼と会った街に来ていた。しかし、街には彼の姿は無く、往来するプレイヤー達もどこか畏怖を込めた視線を俺達に送っていた。俺はその内の一人を捕まえると、何が起きたのか事情を尋ねる。
「おい、アキムネは? どこに行った!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…僕らはデマを流しました。彼が、アキムネが嘘を広めたんです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
突然の変わりように驚いた俺はメニューから掲示板や全体チャットを確認する。そこには、大勢のプレイヤーからアキムネ達への大批判が行われており、特に首謀者としてアキムネの名前が吊るされていた。
彼の罪は詐欺やPK紛いから様々なものが挙げられている。コメントの嵐で加速的に話が進む内、話題はリミアの件など何処かへいってしまいアキムネをどう捌くかに変化していた。
「大勢のサクラで話題の誘導…発言力のあるプレイヤーを全て抑えて世論を決める。姫の仕業だ。それに……」
心当たりは何人も居るが、匿名じゃないプレイヤー名にはシオンやルリの名前がある。彼女達は敢えて名前を出す事で発言力を出していた。
「うわぁ、どこもアキムネ君を潰そうだの縛り上げようだの物騒な事しか言わなくなってる」
「あぁ、どうやら皆が助けてくれたらしい。しかも絶対俺より怒ってる」
ここまでやればアキムネは今後一生嘘吐きとして生きていくことになるだろう。
では、肝心のアキムネ本人はどこへ行ったのか。答えは一人のフレンドから来たメールに記されていた。
「差出人:デッドマン」
「殺しはしない」
内容はその一言のみ。
「デッドマン…あいつが一番怒ってるだろ」
「あの人ってリミアと仲良かったの?」
タオはこの世界からの二人しか見ていないから不思議に思っていた。
「何年も付き合いがあると分かるよ…リミアは俺には態度変わるけど、一番フランクなのは姫とデッドマンだから」
きっと今頃、怒り狂ったデッドマンがアキムネを捕まえているだろう。アキムネが生きていられるかは不明だ。メールに殺しはしないと記述されている以上、その言葉を信じる他ない。
「止めないの?」
「止める義理は無くなった。救いようの無い人間がいる事を学んだよ」
俺はタオに中央エリアまで送ってもらうと宿で一息ついた。
「 failed‥‥シナリオクエストG『優美なる鹿を捕獲せよ』を失敗しました。以降のシナリオクエストGは受注不可となります」
◇◇◇◇
時は戻って現在。
「嘘だ…嘘だ嘘だ」
「嘘じゃねぇよ…ほら、外へ出ても良いぜ? どこへ行こうがお前は犯罪者、世界の敵。社会的に死んだんだよ」
アキムネの縄は切られて脚も自由になる。だが、走り出せない。脚が動かない。息が苦しい。
「正直息の根止めてやりたいが…俺はまだやることが残ってる。それまでは泥水啜って地べた這いつくばって生きてろ。終わったら———殺してやる」
アキムネは叫び声を上げながら倉庫を飛び出していった。途中の木の板に頭をぶつけながらも一心不乱に駆けていく哀れな姿は失笑モノである。
「じゃあな負け犬」
デッドマンは用済みになった倉庫に火を放つと西エリアへとポータルで転移していった。
こうして、ゲリュア捕獲クエストの妨害工作は思わぬ方向へと向かいつつも無事終了したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます