第35話 VSうみへび座_part【3】権限,蒼銀の大蛇

 予知能力者というあまりに現実離れした単語は、アオイにとって理解するまでにかなりの時間を要していた。


「予知…能力者…?」

「姉さんだって嘘だと思うでしょ?でも本当なのよ」


 アイシャがそう言っても普通はありえないと思ってしまう。実の妹の言葉とはいえ、アオイはそう簡単には信じられない。これがルリなら迷わず信じるのだろう。


「正確には予測…訂正して敗北者アイシャ

「予測って…しかし、先程言ったことは」

「そこ…危ない…よ」


 ラプラスは、アオイの言葉を遮り警告した。その直後、誰かの走ってくる足音が聞こえてきた。


「伝令です!」


 伝令役のプレイヤーが天幕を開けた瞬間に、部屋には風が吹き込んだ。それにより、地図が急に舞い上がって、丁度天幕の反対側に居たアオイの顔に貼りつく。咄嗟のことに地図を剥がそうともがいたアオイは、足を沼地特有のぬかるみに取られて、盛大に転んだ。


「……」

「遅かった…」


「あぁ、気にしないで。伝令は、西組の到着?」 

「は…はい!」

「その人達をここに連れてきてもらえる?」


 伝令役は、素早く外の方向へ向き直すと走り出した。

 その数分後に、彼はデッドマンとシンを連れて天幕に入ってくる。


「久しぶりね…あら、グレイは?」

「えーとね。怒らないで欲しいんだけど…」


 シンが、言いづらそうにしているのを見てアイシャはもう嫌な予感しかしなかった。


「はぁ!?遅れる?」 

「間に合わせるとは言ってたけど、ヴォルフさん連れてった時点で絶対武器作るからすぐ終わんない。序盤はグレイの絶対毒は抜きで作戦立てないといけない。一応最低限の情報と援軍を連れてくることは聞いてきた」


 シンは、アイシャのこめかみに一瞬筋が入ったように見えたため、目を擦り確認する。再び彼が見た時には消えていたが、確実に彼女が怒りに震えていることはシンにも雰囲気でわかっていた。


「落ち着け、アイシャ。ラプラスにこいつがいれば毒とかどうとでもなるだろ。それにグレイの情報は結構面白いぞ、ソースはβテスターだとさ」

「序盤なら僕の予測で持たせられる…はず」

「ん?曖昧なんて珍しいね?」

「ユノ……アレが動けば予測は無意味になる。ここは現実と違う…予兆なく強引に変えられる未来を予測しきるのは難しい」

「となると…いつ来るか本人に聞いてみるか…って、通知切ってるし……寝てるなグレイの奴」


 デッドマンは、グレイを呼び出すのは諦めたようで、とりあえずアイシャから現状の戦力を聞き出した。


「…来なかったのは、大佐、サーカス、ジュノー、JB…ミルも来てないのか。多いな」

「ジュノーとミルはシナリオクエストをやってる。どうも重要らしくて行けないって…あの二人が組む時点で怪しさしかないわ」

「東は…卒業生が多くて…来れないのは基本それ」

「マジかよ…」


 過去に魔境から卒業という名の引退をしていったプレイヤー達がこぞって揃う今回は、過去に揉めた件の掘り返しで再び揉めることも多い。更には人格破綻者や思考が一般論からかけ離れた人物が多いため、自ずとPKになってしまう傾向があった。

 暗い雰囲気になってしまったのを感じたシンはそれを何とかしようと話題を変える。


「それよりもアイシャ。よく南からこんなに人を集めたね」

「まぁ、ヴァルキュリアの名前が使えたのと、姫のお陰ね。実際には、私達に与さないでここに来ている連中もいるけど……」

「正直、早いもの勝ちなんてやってる暇ないからね。僕たちはヒュドラの毒をグレイに持たせるつもりで来てるだけだし」


 シンが言うように、アイシャやデッドマンといった面々がヒュドラに期待しているのは、有名な毒蛇であるヒュドラのドロップアイテムである。


「現状、毒特化はグレイしか居ないし、称号で確定付与持ちは貴重よ。それなら毒を強くするしかないからね」

「与さない連中はどうすんだ?」

「とっくに今回の重要性は説明してる。それでも取り合いしたいならすれば良い。私は流れ弾も不運の事故も責任を取らないから」

「…もしかしてお怒り、敗北者ルーザー?」

「あんた西に突き出すわよ?一生出れなくしてやる」


 それを言われると辛いデッドマンはそれ以上からかうのをやめて、天幕から出て行く。彼は去り際にアイシャの方へ向けて作戦について言い残した。


「んじゃ、作戦の方はほぼ任せたわ。俺はもう疲れてるから今日は兵士になる」


 一方、天幕で作戦会議に参加していないノイ、シオン、マナロ、ルリ、月下はというと、シン達と共に西から合流したリミアと話していた。


「それでですねーグレイさんがーその時私のことを強く抱きしめてー耳元でそっと…」

「嘘…兄さんがそんな漢見せるわけが…」

「本当ですよーだからもうシオンちゃんはー私の義妹いもうとということにー」

「いや、嘘でしょう。ウチのシオンをからかわないで」

「貴方は月下さんでしたっけー?嘘ではないですよー1年前の話なのでーおぼろげな所も多いですが」


「あ、そういえば月下さんはヒューガさんのお知り合いとか…」


 含み笑いのリミアがそう聞くと、月下の顔は筋肉が硬直しひくついていた。


「あ、あれは…その…何というか…」

「え?その間は何?もしかして月下は彼氏持ち?」

「まさかー何かのゲームでー揉めたとかーそんな感じですよねー?」


煽るリミアに対して、月下は恥ずかしそうに答える。


「ただの幼馴染み…家の剣術道場によく来てて、家も近いから、一緒にご飯作ったり買い物行ったりしてた」

「……それ世俗的には恋人って言うんじゃ…」


 目が点になっているリミアは、顔を赤らめて後ろめたそうにする月下の肩を掴み確認する。


「嘘ですよね!?アレの彼女なんですか!?それはなんですか!?」

「何でからかった本人が一番驚いてるんですか…」

「あ…ゴホン。失礼しましたーまさかあの社会不適合者の筆頭にが居たなんてー」

「テンパってますよ。友人ですらないですよ。格下げしてますよ」

「いや…ここ一、二年は旅に出ちゃったから会ってないの」

「何で月下さんは彼氏を否定しないんですか!?本当にそうなんですか?」

「無理ですー耐えれませーん。暴露でーす暴露しまーす」

「さらって何言ってんの!?」


混乱したリミアは、放置され話は続く。


「月下さんの道場ってどんな流派なんですか?」

「ウチのは、平安時代に作られた実戦向けの剣術だね。一子相伝だから私以外の後継者はいないよ」

「本当にそんなのあるんだ…」

「あれ?ヒューガさん昔使ってましたよー?月下つきもと流の何とかって技」

「あぁあれは…………別物ですよ」


 さも意味ありげに言う月下に思うところのあるリミアだったが、ヒューガの昔話などロクなものではないとわかっていたため、それ以上聞くことはなかった。


「ま、いいですけどーそういえばそろそろですかねー時間」

「リミアさんは、どこのチームなの?」

「私ですかー?秘密ですよー」


 今回は、身内のみのレイド戦ではなく有志でのレイド戦になるため、適当に避けて当てるという魔境理論で戦うことはなく、事前に役割を決めたチームで動くことになっていた。因みに、シオンは月下、ノイと組んでおり役割は近接アタッカーチームである。


「お、シオン。アイシャさんから連絡。もう始まるから準備してだって。後、最初の五分は絶対持ち場を離れるなってさ」


 ノイからそう言われると、シオンはリミアやチームの違うルリと別れて月下、ノイとともに初期位置に着く。

 やがて、広い世界全体に響くような音量で始まりの挨拶が行われた。


「これより、襲撃クエストD『親愛なるうみへび座に愛をこめて』を開始します」


 その挨拶アナウンスとともに、沼地の中央から8つの頭を持った蒼銀の大蛇が姿を現した。


「今だ!いけぇ!」


 開始とともにヒュドラ…もというみへび座に向かっていったのはアイシャ達との共闘を拒んだ面々であった。彼らも今まで居た地域では決して弱くはなく胸を張って上位に名を連ねることができる強さを持っていた。うみへび座に取り付くと各々が武器を取り出し動体に攻撃していく。図体が大きいからかうみへび座の動きは遅く遠目で見るシオン達にはとても危険視するほどの相手には見えない。


「鱗が硬いわけでもない!これはチャンスだ、あいつらがただ眺めている間にこのでくの坊を倒してやろうぜ!」


 彼らは、うみへび座が反撃しないことを理由に剣による斬撃で攻撃を積み重ねていく。近接職が多いため、近距離戦闘に慣れていると自負する彼らは迷うことなく攻撃を続けた。

 シオン達よりも遠い天幕からアイシャは、うみへび座と彼らの攻防を眺めていた。


「いいの、アイシャ?あの人達…あと2分で死ぬよ?」

「助けに入ればうちから一人は犠牲者が出る。有志達から死者をなくすには彼らを諦めるしかないの……何度も…何度も説得してこれなら…諦めがついてる。もう『解析』に入るわ。姫は作戦伝達の準備をお願い」


 ラプラスの指摘通り、彼らはそう長くは持たなかった。被弾しつつも回復魔法が間に合っていたため、何も気にせずに攻撃していた。うみへび座が何を狙っているかなど考えてすらいなかった。


「やばっ!俺を狙ってやがる。タンク、何してる!『タウント』使え!」

「は!?使ってるわ!」

「じゃあ何で…あ……」


 ラプラスの予測から15秒、パーティーの神官に8つの首が集中砲火を浴びせて殺しきった。39秒後、近接職を削り、1分を迎えたところで二人目が回復しきれずに死亡。1分23秒で三、四人目が死亡し残りの面々もポーションに頼るしかない状況。しかし、ポーションを取り出すとヘイトが移動し殺される。1分41秒時点で死者は一気に加速して十八人。1分57秒時点では残り一人になっていた。そして、彼の目の前には8つの首が顎を開いて突進してくる光景が広がっていた。


「んだよ……クソゲーじゃん……」


 こうして彼らは、うみへび座によって一人残らず塵となってしまった。

 

「『解析アナライズ』完了。名前は…か。随分和風ね」


 アイシャは、プレイヤー達の死に動揺することなく解析魔法の結果から使えそうな作戦を絞り始める。ここまではラプラスの予測内で進んでおり、用意した作戦も通用しそうに見えていた。


「流石に殺意が高過ぎる…一発も耐えられないのは有り得ない」

「違うわよ…あの人達同時に二十数回は喰らってたわ。正面は無理ね…遠距離からちまちま削るしかないか。姫、全体に通達!当初の予定通りプランAで行くわよ」

「了解、作戦内容を各チームの通信役に送信…送信完了」


 姫によってすぐさま送り届けられた作戦は、有志全体に素早く広ま。懸念はうみへび座の攻撃で怯えてて竦むことだったが、流石にデスゲーム開始から二ヶ月近くも経った後のプレイヤー達は動揺しても足が止まることはなかった。


「来たよ。作戦!ええと…私達はうみへび座を引き付けてポイント3に移動してだって!」

「聞いた?行くわよ皆!」


 近接アタッカーチームに引きつけられたうみへび座が沼地の西側へ体を向けて進み始めると、すぐさま足元で大爆発が起きた。それによって体が傾き8つの首も沼地に叩きつけられる。

 すると、そこへ大量の炎魔法が降り注ぐ。狙いは一番手前に倒れた首で魔法を使ったプレイヤーは直ぐに別のポイントへと走っていく。うみへび座が起き上がり反撃しようと頭を向けるも既にプレイヤー達は正面にはおらず再び別の方向から攻撃を浴びせられた。


「次、ポイント16に誘導開始。遠距離アタッカーチームAからFはポイント13に、NからSはポイント15に移動してください。回復チームは今のうちに残りの遠距離アタッカーチームにポーションの配給をタンクチームはポイント20でヘイトを集めてそのままポイント16を通ってから戦線から離れてください。近接アタッカーチーム出番です」


 姫は全体通信で作戦を口頭で伝えながらチャットでも文章を打ち込みミスがないように丁寧に伝達させる。そのお陰か、ここまでは一切の被害を出さずにうみへび座へと攻撃できていた。


「ポイント16に誘導成功。遠距離アタッカーチームNからSまで遠距離攻撃でポイント21まで押し込んで下さい。狙いは先の攻撃で傷ついた頭です。近接アタッカーチームはうみへび座が押し込まれたら左後方から攻撃を開始してください。チームAからHまでは後ろ足をIからZまでは胴体を攻撃してください」


「通信来た!全員、頭に向けて攻撃!」

「「了解!」」


 戦場は、プレイヤー側が圧倒するかのように進んでおり、その光景はシオン達ですら感嘆とするほどであった。


「怖いぐらい簡単に進んでる…アイシャさん凄い」

「こっちの被害も最初にやられた人達以外いないよ?言われた通りに動くだけで狙ってもいないのに攻撃が当たるんだけど」

「獅子座の時とは違った意味で凄い…」


 弓使いの矢は的確に命中し、魔術師の魔法は他所へと外れない。剣士の攻撃は、どんなに雑な大振りでも何処かには擦り、神官の回復魔法は必ず範囲内にプレイヤーが収まるようになっていた。


「このまま…行けちゃうんじゃない?」

「ボスって言っても案外簡単なもんだな」


 周りのプレイヤー達は、討伐が上手くいくことに高揚感を覚え、動きがどんどん活発になっていく。


「後…8割か…グレイが来なくてもいけるかしら?ラプラスはどうおも……ラプラス?」


 アイシャがラプラスの意見を聞こうと振り向くと、彼は手を空に上げて黄昏ていた。


「どうしたの?」

「…風の速度が少し変わった。アイシャ…未来が

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