第16話 魔境で鍛えた技術

≪北エリア 始原都市ヘロポネソス≫-レサト平原


「遅っそーい、何してたの!」


 当然のことながら、俺が西門に着いた頃には集合時間は当に過ぎていた。

 門の下には腕を組みながら苛立ちを募らせるアイシャとそれを宥めるシンが待っていた。


「ごめんなさい‥色々ありまして‥」

「グレイは、いつもその言い訳。MBOの時も時間にルーズで遅刻魔で‥」

「ちょっと話し込んでたら集合時間になってて‥」

「一緒よ!」

「だから、遅刻したのは悪かったって‥許してよ~」


 現在、俺はアイシャから遅刻したことをクドクドと説教されながら、3人で目的地である森林エリアを目指している。


「スキル『スラッシュ』!いや~調査ついでにレベル上げも出来て最高だね」

「シン!はしゃぐのはいいけど取りこぼさないでよ!」


 因みに、移動中に現れるモンスターは、単体ならシンが1人で相手をしており、偶に群れで複数体出現する時は、アイシャが説教の片手間に魔法で纏めて塵にしている。

 戦闘に関しては、本当に俺抜きで成り立っている。やっぱりこの人もおかしい。


 アイシャの憂さ晴らしで吹き飛んだモンスター達を憐れんで心の中で手を合わせる。


「‥‥ちゃんと聞いてる!?」

「はい、聞いてます!ごめんなさい!」


 彼女の怒りが早く収まること祈って淡々と謝り続けながら歩いていると、漸く森林地帯に到着した。


≪北エリア 始原都市ヘロポネソス≫-グラフィラス森林地帯


 エリアが切り替わったことでアイシャも説教モードから攻略モードに切り替えてくれた。


「こっからは、グレイにも参加してもらうわよ。発見したら‥そうね‥援護射撃お願い」


 了解と頷き、武器の弓を背中から取り出して矢筒を装備する。

 ステータスが2人より低い俺の攻撃手段には、基本的に自ら動き回らず固定位置からでも使える武器の方が都合が良い。


(シンから合図‥‥あれ何だっけ‥そうだ敵発見!)


 前方のシンから『敵発見』のハンドサインが送られたので、近くの木の裏に隠れて目視でモンスターを探す。

 すると、2時の方向の前方30メートル先に熊型モンスターが歩いているのが確認出来た。

 シンの居場所を探すと、既にモンスターの死角となるように位置取りをしている。

 この戦闘を最速かつノーリスクで終了させるには、シンの攻撃を相手に防御させる暇なく連続で当てさせる必要がある。


(狙うは‥眼か‥‥2連射する暇はない、一度に2本使って射る)


 俺は、矢筒から木製の矢を2本取り出して番えると、弓の弦をゆっくりと引いて集中し狙いを定める。

 この世界の物理法則を暇な時に検証した結果、弓矢の弾道に関しては他のVRゲームとさほど変わらないと結論付けられた。それを踏まえた俺の狙いは二箇所に決まっていた。


(まだ見えない‥向きを変えろ‥よし、今だ!)


 モンスターの顔がこちらを向いた瞬間、俺は番えた二本の矢を同時に射る。

 その矢は狙い通りに一本ずつ両眼に命中した。突然の射撃に悶え苦しむモンスターへ息つく暇も与えず、シンが素早く剣で斬りかかる。

 ものの十数秒で戦闘自体は、安全に終了した。


 木から飛び降りた俺の所には一部始終を見ていたアイシャが呆れた顔で話しかけてくる。


「私達をおかしいって言う貴方も大概じゃない。あのモンスター動いてたわよ?」

「弾速は分かってるから動いてても間に合う。けど俺は、お前たち違って見てないと出来ない」


 この2人なら暗闇で視界を奪われても音が拾えるだけで標的の姿を脳内にイメージして対応する化け物だ。残念ながら、今の俺にはそこまでの技能は持ち合わせていない。

 挙句、今は生産職でステータスの伸びは2人に比べて低く、同じ武器でも半分以下のダメージになるので攻撃力には期待できない。

 何せ、今の攻撃もダメージ自体は僅かなもので、視界を奪うのが精一杯であった。


「正確に標的の眼だけを射抜ける技術。これ持ってるの今の北エリアには、私達と貴方ぐらいなんだけどね」


 さらりと自分達も出来ると断言する所が恐ろしいくも頼もしくも思える。

 戦闘終了後、この世界に降り立ってからずっと疑問に思ったことをシンに聞いてみた。


「シン、何で北エリアから始めたんだ?」

「あぁ、それは‥‥北エリアが4つの初期エリアの中で一番所だからだよ」


 (‥‥はい?)


 予想外の理由に俺が何も言えずにいると、詳細な説明が彼の口から出てくる。


「北エリアは、他のエリアと違って二次クラス転職施設が無いし、モンスターの適正レベル高いし、可愛いNPC居ないの三拍子で人気ワースト1の場所だったんだよ。僕は、ハードモードでやりたいからここにしたんだ」

「いや、Mなだけだろ‥」


 アイシャがそれに続き、


「グレイまさか知らないでここから始めたの?普通は、サポート施設が揃っている南か、帝国のある東、もしくはファンタジーな国だらけの西で始めるのがセオリーよ。北エリアは田舎扱いで発売前から人気なかったのよ」


 (知らねぇよ、そんなこと)


「知らねぇよ、そんなこと。シンのざっくりした要約しか見ないで始めたし」

「グレイって、その場はテキトーに済まして、背水の陣になってからどうにかする所があるわよ」


 随分と酷い言われようだが、シンからの援護は向こうについてしまった。


「そうだよ。紫音ちゃんなんて細かく調べてたよ。グレイも少しは見習ったら?」


 (紫音は、真面目すぎるだけだ。俺が雑なわけじゃない)


 話を聞いたアイシャは憎たらしい満面の笑みで聞いてきた。


「紫音って誰?グレイの新しい彼女?」

「違うわ、妹だよ!」


 否定された途端にアイシャは肩を落として落胆するが、妹と聞いて関心を取り戻し食いついてくる。


「なんだ、妹か‥‥えっ!妹がこれやってるの!?」

「そうだよ。ログインしてたら南エリアにいるはずなんだ」


 それを聞いた彼女はミュケでの行動に合点がいったのか納得した様子になる。


「どうりで解放戦線に入りたがるわけだわ。確かに最速で南エリアに行ける可能性があるもの」

「逆に、アイシャは何で北エリアから始めて、解放戦線のリーダーやってんだ?」


 すると、彼女は少し顔を俯かせて小さな声で語りだす。


「実は、私も姉と妹がこれを買ってね。2人も南エリアからスタートするって聞いたの。2人とは‥その‥仲が‥‥」

「そうか‥お前、結構性格悪いもんな」


 日頃、家でも彼女に振り回されているだろう姉妹達には同情してしまう。


「‥‥とりあえず後で説教ね。それで、デスゲーム直後にギルドに居たから自然と攻略クランを作る流れになって、誰もやらないから私がやっているのよ」


 そこに、モンスター狩りに勤しんでいたシンが割り込んでくる。


「あれ?ライオットさんは?やりたがらなかったの?」

「確かに、あの人の性格からしてやりそうだ」


 普段の彼を見ていた俺にも興味のある疑問だった。


「私がサブリーダーに任命したのよ。元々、私は最後まであのクランにいるつもりなかったし。彼なら、いつかリーダーになれると思っていたのよ」


 (まぁ責任感は、ありそうな人だ)


 そんな風に思えるからこそ、死なせるわけにはいかないと決心を新たにしていると、前方で一瞬何か光がチラつく。

 真っ昼間にしては不自然な光景だったので、すぐに2人に確認を取る。


「なぁ、今あそこで何か光らなかった?」

「え、何か見つけたの?僕には見えなかったよ」

「私もよ。幻覚でも見たんじゃない?」


 単なる見間違いかと思っていると、マップの現在エリアが更新されて森林地帯に『奥地』の二文字が追加される。俺の前に居たアイシャも同様に確認した後、シンと俺に声をかける。


「いよいよ、奥地よ。2人ともここからは気を引き締めて」


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