第9話 天才とは僅かに我々と一歩を隔てた者の事

 シンに全てを擦り付ける事にした日の夜。俺はこの街の宿で自室のベッドに寝っ転がって明日2人にどう説明するか悩んでいた。


 このゲームは、休憩用施設として『宿』が街中に点在している。そこでは、料金を払えば部屋を自由に使うことができるようになっている。

 この宿は事前情報にはなかったらしく、管理者ユノがデスゲームをするにあたって、隠していた情報であった。


 つい先ほどギルド内で自信過剰な少年プレイヤー零影に対し、俺が提案した模擬戦とは、模擬戦用の体力が用意された特殊ルールマッチのことでデスゲームだろうと死者が出ることのない安心安全なシステムだ。


 彼はこの提案について、褒賞の信憑性に少し怪しんでいたが、2人のレベル差について説明すると納得して提案に乗ってくれることになった。


 (まあ、何とかなるだろ)


 そう楽観的に考えてその日は寝てしまった。


 そして、翌朝ギルドに向かうと、大騒ぎとなっていた。

 中心にはシンと零影の2人が向き合って立っていた。

 周りのプレイヤー達は、ワイワイ盛り上がって、2人を囃し立てている。

 それを眺めていると後ろからアイシャがやってきて、ニコニコした表情を見せる。


「グレイ~さっきそこの彼から聞いたんだけど、シンと模擬戦やって一撃入れられたらソロ認めるように私に取り計らうって言ったそうね。私、聞いてないわよ〜それに、シンが何勝手に決めてるんだって文句言ってたわよ」


 聞いてないと言う割に彼女の言葉から怒りの雰囲気は感じられない。

 確実にこの女性は現状を楽しんでいる。


「ぶっちゃけ、強さを証明すればいける!とかこれは俺が任された仕事だから権限は俺にあるって言って、押し通したんだよね。まあ、シンに押し付けさえすれば解決だと思ったし」

「私が考えてた解決法よりかは、平和的よ。私がシンに押し付けたら、彼は断るかもしれないし、グレイの提案ならシンも断りにくいしね」


 アイシャの解決法がどのような方法か少し気になり、尋ねようとする。


「それってどんな‥」


 しかし、口を開きかけた瞬間に急に背筋も凍る無言の威圧に襲われる。

 これ以上は追求せまいと決めて、話題を変えた。


「それで?なんでこんなに盛り上がってるの?」

「それはねー皆、模擬戦やるって聞いて、勝負にゴールドを賭け始めたのよ」


 アイシャは手に持ったお手製の券を見せてくる。


「マジか!まだ、受け付けてる?俺の全財産シンに賭けるぞ」

「残念、貴方に受付はさせないわ。今回の胴元は私だしね」


 (やられた。こいつさっきから笑顔なのは、これをやるからか)


 俺がアイシャの作戦を読めず金策失敗に困っていると、茶色の髪をした魔導士の少女が近づいてくる。

 彼女は、俺たちに鬼気迫る勢いで怒鳴りつける。


「あなた達が今回の提案者たちですか?どうして、こんな簡単な条件で彼のソロ活動を認めるんですか!一撃入れればレイ君の勝ちなんて、こんなのすぐ終わりますよ!わたしが彼を助けているのは、ソロ活動で戦闘させないためなんですよ!」


 言っていることからして、彼女が零影のヒモ相手だろう。そして、彼が必ず勝つと思っている。


「君は彼と一緒に戦いたかったんじゃないの?君がパーティ組んであげればいいのに」

「組もうとしましたよ!でも、彼はパーティだと報酬が分割されるのが嫌みたいで、1人でやれば直ぐに追いつけるって言うんです。それに‥‥」


 報酬なんてどれもゴールドばかりのクエストのはずである。

 彼は一度もクエスト内容を熟読していないことがよくわかる説明だ。


「それに?」


「レイ君はとんでもなく強いんです。レベル1でも」


 彼女は血の気も引いた青白い表情で話を続ける。


「今朝も模擬戦練習って言って私のパーティーの人と戦ったんですけど、瞬殺してました。現実が剣術道場なので、身体能力は高いんです。レベル差なんて簡単にひっくり返りますよ!」


 俺もアイシャもそれを聞いて、同時に笑ってしまった。

 彼女は、馬鹿にされたと思ったのか今度は真っ赤な顔で怒り出してしまう。


「なんで笑うんですか!まさか、わたしが噓をついてると思っているんですか!」


 彼女が必死に説得してくれているのは、零影が勝つと信じているからだ。

 迷いなく友人を信じられる。

 それは、とても立派で誇らしいことだが、生憎今回は相手が悪すぎる。


「ああ、ごめん。本当のことだと信じているよ。ただそれでも、俺たちには、あいつが負けるなんて考えられないんだよ」

「そうね。彼が一撃入れられる人なら、ソロでやってくのに充分な証明になるわ。外に移動し始めた。始めるみたいよ」


 俺は流れる集団と共に移動し、決闘場でもある噴水広場にたどり着く。 

 他のプレイヤーで囲いが作られ、中央では2人は互いに剣を抜き構える。

 準備運動をするシンに零影は最後の確認する。


「本当に一撃でもあんたにダメージが入れば俺の勝ちなんだな?」

「うん、それでいいよ。僕は、君を倒せば勝ち」


 確認の後、メニュー欄から模擬戦システムを互いに選び、対戦相手を選択する。

 システムが戦闘開始までのカウントダウンを始める。


「3‥2‥1‥戦闘開始デュエル・スタート!」


 開始の合図と共にシンは零影の懐へと駆け出した。

 対する零影は、余裕を持った表情で中段の構えを崩さない。


「さっきの人達より速いけど、俺の剣の方が速いね」


 余裕の表情から目にもとまらぬ速さで胴打ちを基礎として袈裟斬りしようとする。

 彼の剣速は大口を叩くだけのことはあり、俺だったら初見で避けるのは無理だろう。


 (まあ、俺だったらなんだけど)


 シンは零影が剣を振る以前、既に右腕を斬り飛ばしていた。


「へ?」

「凄い。君、剣を振るのが速いんだね。こんなに速い人久しぶりに見たよ」


 シンは、片腕を切り飛ばされて混乱している零影を首を躊躇なく撥ねる。

 戦闘終了とシンの勝利を告げるアナウンスが鳴ると、零影の身体は見事に再生していた。

 何が起きたか分からず惚ける零影にシンは屈託のない笑顔で話しかける。


「今のじゃ、君も納得いかないだろ?もっともっとやろうよ!楽しくなってきた!」


 あり得ないといった表情の零影は、その言葉で煽られたと感じたのか立ち上がり怒りを見せる。

 そのまま2人は、再戦を選択して再び戦い始める。

 今度は、零影が果敢に攻めている。それを難なく捌くシン。

 ある程度捌くとシンは先と同じく右腕を斬り落とし、適度に斬ってHPを調整して止めに首を撥ね勝利する。


 ここからは、これの繰り返しであった。

 周りのプレイヤー達も最初は零影を応援したり、シンの戦いぶりに盛り上がっていた。

 しかし、進むにつれて同じように首を撥ねるシンの異常性に気づき始めていた。

 俺とアイシャが吞気に見ていると、零影の幼馴染がやってきて、尋ねてくる。


「なんですか、あの人。何で、あんなに簡単にレイ君の攻撃を捌いているんですか…何で、同じ勝ち方をするんですか」


 もっともな質問にアイシャが返答する。


「視えるからじゃない?零影の攻撃って確かに速いけどそれだけだし。音速までなら彼何とかするわよ?」

「同感。あいつに勝ちたきゃもっと頭使わなきゃ。あれと正面から斬り合える奴は、今の所世界に5人いないし」


 音速や世界で5人の言葉を聞いた彼女は、シンの強さに納得するよりも畏怖しているに違いない。


「あいつ、一番強いのにMBOでよくある誰が強いか議論で絶対に名前が挙がらないもんな。理由は『あれは、別枠』で満場一致。お、零影の奴ついに、諦めたみたいだぞ」


 零影の頭は既に空っぽになり、膝を着いて諦めていた。

 この人には一生当てられないし、この先もずっと勝てないと。

 悲嘆にくれる彼を眺めるシンの顔は、いつもと変わらないジョギング後の爽やかな顔である。


「お疲れ!いい動きしてたね!レベル一緒だったらもっといい試合できるかも!今度またやろーね!」


 そう言って、新たなクエストを受けにギルドへ戻って行った。

 対して、零影はプライドも何もかもをへし折られたようで、膝を着いた状態でうなだれている。

 周りのプレイヤー達は、賭けに勝った負けたの話をしながら彼らもギルドへ戻って行った。

 取り残された零影に魔導士の少女が近づいて行く。


「レイ君‥負けちゃったね‥」


 零影は顔を伏せ涙声で彼女に尋ねた。


「教えてくれ‥‥俺、あいつに勝てるのか?」


 勝てないよ。零影の身内でもそう言いたくなる程の差。

 しかし、うなだれる彼にはその一言も言えない。

 そんな2人にアイシャが横から口を挟む。


「勝てるわよ」


 希望とも言えるその声に彼は、顔を上げる。


「ソロなんてプライド捨てて必死になってこの世界でトップとってみなさいよ。そうでもしないとシンに勝つのは不可能よ」

「アイシャさんは、あいつと戦ったことがあるのか?」


 零影の質問にアイシャは笑って答える。


「かれこれ2年以上は、戦っている仲よ。勝率は0%だけど」

「やっぱり無理なんじゃないか‥‥」


 その答えは彼にとって余りにも残酷な事実であり、また顔を伏せてしまう。

 落ち込む彼の所まで歩み寄ったアイシャは腰を下ろして肩に手を置く。


「でも‥ここにいるグレイは、未だに勝率30%はキープしているわよ。私たちがやっていたMBOゲームでただ一人の勝率2ケタの人間」


 買いかぶり過ぎだ。後、一年もしたらもうほとんど勝てなくなるだろう。

 そう思えるほど、シンに通用するネタの数が尽きてきた。


「その勝率も基本的には、付き合いで覚えたあいつのちょっとした癖をついたり、運ゲーに運ゲーを重ねたりの勝ち方ばっかりだけどな」


 俺は困ったような笑みでアイシャにそう言うと、次に零影の方を向く。


「結局は日頃の積み重ねが強くなる秘訣だよ。だから、ソロとか言ってかっこつけんな。そんなことしてる暇があったら強い奴に張り付いて技術を盗んだ方が速い」


 その言葉に彼は、納得したようである。


「わかりました、俺も1からやり直してみます」


 そう言って、彼は魔導士の子と2人で去っていった。

 これで、アイシャの面倒事も万事解決である。


 ◇◇◇◇


 後日、シンから教えをこうため、付きまとうストーカーが出たと苦情が来た。


 ‥俺のせいじゃないからな。

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