第9話
ふたりは社を出ると、山の手線に乗って高田馬場に向かった。櫻子は付き合い以外会社の近くで飲まないことにしている。誰がどこで見ているかわからないからだ。
「ごくろうさま」
櫻子はビールグラスを持ち上げながらいった。
「ありがとうございます」
俊一ははじめての原稿に戸惑いを覚えたが、いまこうして振り返ると、やっと望みだった記者に一歩近づいたことを感じた。
「まあ、100点とはいかないけど、はじめてにしてはいい出来だった。でもこれで満足しちゃだめよ。まだはじまったばかりなんだから」
櫻子はポテトサラダに手を伸ばす。
「はい、わかってます」
俊一は取りかけた唐揚げの箸を置いて櫻子を見た。
「あんたの記事は明日いちばんでデスクに見てもらうわ。まあ多少チェックがあるかもしれないけど、たいしたことはないはずだから心配しなくていい。それより次の号なんだけど……」
櫻子はいい澱んだ。
「次のがどうかしたんですか?」
「ううん、女の幽霊が現れる青梅のトンネルにしようか、横浜の廃墟化した病室から呻き声がするっていう話があって、どっちにしようか迷ってる」
櫻子は眉間に皺を寄せて話す。
「なぜです?」
「ラブホの記事が第一弾だから、正直それがどれくらいの反響があるのか気懸かりなの。読者としては記事がエスカレートして行くのを望むはずだから、どっちが盛れる記事になるのか思案してるとこ」
「なるほど、そういうことですか」
俊一は感心しながら聞いていた。
「なるほどじゃなくて、あんたはどう思うのよ」
「そうですねェ……僕なら病院にします」
「どうして?」
櫻子は真剣に悩んでいるのだろう、グラスを置いて坐り直した。
「やはり、はじまったばかりの企画ですから、インパクトのある記事を立て続けにぶつけたほうがいいと思うんです。それからすると、トンネル幽霊より、恐怖の塊りである病院のほうがいいです。読むほうもページを開いた時点から勝手に怖がってますから」
「あんたの意見もあながち間違いじゃないわね」
そういいながら櫻子は書類カバンから数枚の資料を取り出した。
「ここにその二件の資料があるわ、トンネルと病院」
俊一の前に差し出す。
「でも、このトンネルの資料なんですけど、幽霊の目撃者は本当なんでしょうか? なんか話を盛ろうとして見てないのに見たと嘘ついてるように思えます」
「だからそれをこれから取材するんじゃないの。それに、病室の呻き声だって、それこそ真偽は定かじゃない」
「ひょっとして、櫻子さん、個人的にトンネル幽霊が気になってるんじゃないですか?」
「ふふふ、それは間違いじゃなさそう」
櫻子は見抜かれた気持ちを笑って誤魔化した。
「じゃあ、次回はそれで決まりです」
「待って、もうひと晩じっくり考えてから結論を出すわ」
櫻子はようやく方向性が明るくなったからか、ビールからサワー系に変えて何杯もお代わりをした。
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