[短編(市場)]1つの物語が終わって

 名前を呼ばれ、立ち止まる騎士がいる。たとえ雑踏の中であっても、名前というものは不思議なもので、意識していなくても耳に入ってきて、それが誰であるかは分からくなとも、どこから聞こえたのか、はわりと分かるものなのである。

「あ、イトスさん、お疲れ様です」

 そこには荷物を背負う青竜がいて、やっほやっほと首を揺らしている。

「最近は、忙しいかい? 疲れてそうだけど」

 道行く人々の邪魔にならないよう、少しばかり端に寄る。

「鍛錬から始まって、そこから仕事ですから。幸い、しっかりと休憩はとれていますけれど」

 きっと、先輩に見つかれば怒られるだろう。でも、少しくらい、という気持ちが。怪しい人影を追いかけていた、という報告をしてしまえばいい。

「あはは、そっかぁ。もし、予定でも合えば、またご飯でもどう? 君の休みに合わせるけれど」

 それは、先輩から教わった処世術で、いざというときの言い訳にするといい、とのことだった。ただでさえ者の多い市場で、怪しくない人物だけを目にすることなんて、そうそうないのだから。

「明日、やっと休みなんです。でも、丸一日、休みたいなって思うんです」

 毎日、異なる時間帯の生活に振り回されている。座学で学んでいたとはいえ、実務がこんなにもつらいとは思ってはいなかった。

「うーん、そっか。そうだなぁ、僕、今は何にも持ってないし……あっ」

 ふと、イトスさんが視線を上げる。ちょうど目の前を通りがかった商人に声をかけて、荷物から覗いていた商品を買い付ける。

「これ、あげるよ。インスがよく、仕事中に食べてたんだ。ちょっと、しっけてるかもしれないけれど」

 商人から手渡された軽食をありがたくいただく。

 じゃあね、と消えていくイトスさんの後ろ姿を見つめながら、私はそれを口にする。

 油っぽくて、冷めていて。けど、空腹は嘘をつかない。

 今日は、もうひと踏ん張り。さぁ、行こう。


◆◆◆◆


 以上、イーライさんでした。

 

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