[短編(市場)]愛してると言わなくていいけれど
もそもそと乾いた食事を済ませて、冷たい床に腹這いになる。じわりじわりと、鱗ごしに奪われていく熱に、ほぅと息をつく。
絨毯が欲しい、と彼女は彼に言ってみた。すると彼は、いいのがあればな、と返事をするなり、作業に没頭してしまう。
磨く、磨く。ガリガリと、細かく、繊細な作業をしている後ろ姿が、くるりと振り返ったのはいつが最後だろう。
もそりと起きれば、じっと作業机に座るばかり。こころなしか痩せたようにも見える。昼寝からぱちくりと目を開けば、絵を見ているかのように変わらない。時折がくんと船漕ぐ姿。腹が減って買い置きを口にすれば、咎めるでもなく、細められた瞳が石へと向けられている。
はやく終わらないかな。ただそれだけの思いを抱きつつ、ぐうと歯軋りを立て始める。
どうして装飾品の仕事が来ているか。彼女には分からなかった。
尻尾を寝藁に叩きつけても、ポスポスと、パラパラと音が鳴るばかりで、彼は振り向きもしない。
はやくこっちを向いてくれないかな、と拾ってきた遺産に牙を突き立ててみる。ガリガリと錆の味に、なんともいえない表情を浮かべる。
ふと彼女は目の前の遺産を見つめる。
じっと角度を変えつつ舐めるように観察した彼女は、翼にある爪でそれを擦り始める。すると爪は汚れたものの、ザリザリと錆は落ち始めた。
ガリガリ、ザリザリ。ゴリゴリ、ベリベリ。
本来ならそこには起こり得ないはずの音に気がついたか、彼は手を止め、ゆっくりと振り返る。獲物をもてあそんでいる彼女に、ようやく声をかけると、勢いよく彼女の双眸が彼を捉える。
何してたんだ、と尋ねれば、磨いてたの、と。なんでだ、とすれば、ギルのマネ、と。
気だるそうに彼が立ち上がると、その錆とりに使っていた爪に触れて、眺める。
すでにぼろぼろの、少し黄ばんだ爪だ。
彼は怒るでもなく目を細め、待ってろと席に戻る。そして紙のやすりを手にしたかと思えば、それをナイフで切り始めた。
何をしているのだろう、と首をかしげて間もなく、再び立ち上がった彼は、彼女の爪に持っていたものを取り付けた。
紙のやすりが、その爪を覆うようにして取り付けられた。これなら怪我をしない、と告げると、彼はまた作業に戻ってしまう。
ガリガリ。ガリガリ。ゴリゴリ。ゴリゴリ。
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