[創作論]それを私にください

 唐突のことである。目の前に現れた彼女はそう言うと、勢いよく頭を下げたのだ。ゴン、と机にぶつけた重い音が鳴るが、痛がる様子もなくそのまま停止する。

 グラスに入った水と氷が揺らめいている。

 また急だな、と言ってみる。どうしても欲しいんです、と答えた。

 ここはファミレス。適当な夕飯をいただこうと立ち寄ったのだ。注文を済ませて外を眺めていたら、来店した彼女と相席することになった。席は家族連れでそれなりに埋まっており、対面席を占領しているのは申し訳ない。

 なので、こちらは別に構わないと店員に伝えると、彼女は座った。そして話しかけてきたので適当に流していたら、こういう状態になってしまった。

 その話というのは、天気のこと、仕事のこと、近所のこと、メディアを騒がせる事件のこと。そして、

「無償の愛を、私にくださいませんか」

 意味のわからない切り出しだった。脈絡もなければ、話題性もない。彼女の身なりは整っており、悩みを持っているふうでもない。もしかしたら服の下に虐待の痕があるのかもしれないが、助けてください、というのが筋だろう。

 話を聞く気も起きなかった。心底バカにしているところに、注文が届いた。豆腐サラダとグラタン。

 なんでそんなこと。詳しく教えろよ。食事の暇潰しに、聞くことにした。

 だがなおも顔をあげない彼女は、そのままぽつりぽつりと口を開いた。


◆◆◆◆


 無償の何か。

 それに価値がついてはいけないし、だが価値がない、とは言えないものである。


 何かを求める主人公。何、とは、何ですか?

 例えば敵討ち、復讐。自由、束縛。名声、正義。値はつけられないけれど、彼らを突き動かす活力であることは変わりません。

 等しい価値で取引できないもの。それが無償の何かです。では、なぜ、無償のそれに価値が生まれたのでしょう?


 それこそ、王道の剣と魔法と友情というやつですね。物語に取り上げられやすいテーマ。窮地を協力して脱して逆転する。そして報酬が出ることもありますが、そんなものは物語のおまけでしかない。

 極論、精神の満足なんですよね、これらは。物欲で満たされるものでない。ある意味、王道の主人公の熱いという評価は、体育会系のそれなのかもしれません。そして、援助以外は傍観を決め込む王様や依頼主は、どちらかというと文化系であるともとれますね。

 メディアを見ていても団体競技に沸く個人も多いですよね。代表である彼らの勝利に、同じように酔いしれることのできる、人間の群れ。

 また、人類史は戦争の連続です。自らの所属する群れの勝利のために争い、勝利し敗北を繰り返す。そして守られている側は不安を覚えながら彼らを応援する。先の主人公と支援者の関係ですね。

 つまり、無償の価値のあるもの、は群れ社会が産み出した社会生物の本能なのでは? と思った次第でした。


 書いてて思いましたが、なろう系と呼ばれる物語テンプレートは、もしかしたらここらへんに矛盾があるのかも、と思いましたが、それはまた別の機会に。

 

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