[短編(オリ)]私はナイフを使えない 4

 ナイフが使えなくて、悪いだろうか。正直、そこまで気にしていても疲れるし、使えなくても生活に支障はない。

 なんのために噛みちぎるための歯があるのだと。

 ちょうど人が集まってくる時間帯だからかわりと早く、同僚の前にもチーズハンバーグとサラダが運ばれてきた。注文の確認を行う店員に、はいと答えて、続ける。

「そんな難しいことじゃないし、ほら、教えてあげるよ」

 右手に刃、左手に穂先を構えた。そして、チーズハンバーグを上から拘束しつつ、前後する断頭台が塊を一口大に切り分けた。

 簡単でしょ、と視線を上げてくる。

 何を考えているのだろうか。両手で切る時間が勿体無いし、持ち替えるのも面倒。なにより、箸で米をつまみ、ステーキでなければすくう以外はできることが箸の強みではないか。

「例えば、友達の結婚式に出たとして、ナイフが使えなくて恥をかくことがあってもいいの?」

 なら、ナイフを使わせる料理が悪いのだ。

「親も兄弟も、親友も、驚かせて、顔を伏せさせるつもり?」

 別に構いはしない。気にしないし、気にならない。

「何をそんなに、意固地になってるの」

 ナイフ1つで何故こんなにも食い下がるのか、到底理解はできない。

「そうやって、何もやろうとしないの?」

 そうやって。

「上から投げられた場所に行って、頭下げて、成果が出ないのは出向いた場所が悪いって?」

 現に話が合わないのだ。

「ただひたすら、繰り返してる。どうして変えようとしないの?」

 反論、いや、抵抗は思い付かない。

「もう入社して数年でしょう? それくらい気づいた方がいいと思うけど」

 余計なお世話である、と言いたいところだ。しかしそう言って、何がどうなるでもない。

「ほら、ナイフとフォークなら、ここにあるから」

 差し出される、食器の入った容器。同僚の使わなかった箸と、使わなかったナイフとフォーク。これらを手にしたとして、どうなるのだろうか。

 そんなことは、想像しない。だから、箸を手放さずにランチを再開する。ただし、無言の障壁を落として。

 同僚もそれ以降は、何も言わなかった。


 自宅に帰って、また寝ようかと画策する。洗面所で歯磨きをしてしまおうと、台所の前を通りすぎる。ふと視界にはいるのは、空き瓶に頭を突っ込んだ食器類。

 箸、スプーン、フォーク、おたま、フライ返し、木ベラ。

 ほら、ナイフなんて要らないじゃないか。私は洗面台に立って歯磨きを始める。

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