ROBOLGER-X
オリーブドラブ
ROBOLGER-X
全米屈指の名門校とされている、とある工科大学。そのキャンパスの緑豊かな庭園を見下ろす、青空の彼方を――白銀の翼を持つ、機械仕掛けの小鳥が舞い飛んでいた。
「課題」の一環として造られたその小鳥は、本物と見紛うほどに自然な動作で翼をはためかせ、空を意のままに駆け抜けている。感情というものをまるで感じさせない、無機質な電子音と共に。
「うん、やはり君の作品はいつだって完璧だ。もちろん他の生徒達も素晴らしい結果を数多く残しているが……この分野において、君の右に出る者はいないと言っていい」
「……」
「と、評すれば大抵の生徒は喜ぶのに君はダンマリ。あの
「……僕にだって、それなりに経験はあります」
「じゃあ特定の相手と長続きしたこと、ある? 噂によると、ベッドの上だけなら金メダル級だって聞くけどさ。いくらテクニックが良くてもトークがダメだと……おっと、これ以上は野暮だったかな」
「……」
その様子を見守っていた、白衣の老人は――教え子の「作品」が見せたポテンシャルに太鼓判を押しつつも、わざとらしく残念そうな表情を見せていた。
そんな彼を一瞥もせず、眼鏡を掛けた黒髪の青年は、一通り飛び終えた「自作」に人差し指を向ける。優雅な軌道を描き、彼の指先に停まった白銀の小鳥は――絶え間ない機械音と共に、青い眼で主人を見つめていた。
怜悧な美貌と逞しい肉体故に、女子生徒から密かに人気を集めている一方で、近寄り難い雰囲気のせいで「恋人」が一向に出来ない青年は――校内屈指の「変人」として有名な老人に、訝しげな眼差しを送る。
「あり合わせのジャンクだけで、可能な限り高精度な飛行が出来るロボットを開発しろ。……それがこの課題の目的でしたね」
「ん? あぁそうそう、その通りだよ
「――ですが。これはジャンクでもなければ、無駄なモノでもありません。
指先に停まる機甲鳥を一瞥し、竜吾と呼ばれた白衣の青年は鋭く言い放つ。だが、煙草を吹かしている老人は、そんな彼を前にしても――おちゃらけたような態度を崩さずにいた。
「……うん! やはり君は素晴らしい。いつからお気付きだったのかな」
「最初からです。全ての部品がジャンクに見えるように、敢えて錆付かせていたようですが……少しでも機甲電人の知識がある人間なら、すぐに分かりますよ。この金属の質感……某国の軍で使われていた、型落ちの
「んー……機甲電人について学ぶ授業は、1年生の君達にはまだないと思っていたのだがね」
「日本にいた頃、独学で調べていました。……僕の両親は、機甲電人を利用した犯罪で死んだ」
しかし、生徒の重い身の上話を聞かされると、さすがにそうも行かなくなってくる。まずいことを聞いてしまった、と言わんばかりに、老人はシワだらけの顔を手で覆っていた。
「……おぉ、それは済まないね。悪いことを聞いてしまった」
「悪いと思うなら答えてください。本当にジャンクを使っても良かったはずのこの課題で、そんな代物をなぜ……」
「OK。課題で疲れているだろうし、簡潔に説明してあげよう。君を探していたんだ。僕はね、君がずっと欲しかったんだよ」
「……」
やがて気を取り直した彼は、教え子を元気付けようと声を張る。だが、当の竜吾はなんとも言えない表情で、1歩後ろへと後退していた。
「あぁ勘違いしないでくれたまえ、別に君のケツを狙っているという話ではないんだ。……正確に言えば、この課題の本質を理解できる学生を探していたんだよ。助手になり得る人材を探していたんだ、僕は」
「……AI兵器の機甲電人を、『役立つモノ』に組み替えるのが本質……であると?」
「まさにその通りだよ、竜吾君。破壊と殺戮のために産み落とされた、22世紀の闇。悪魔の人工知能。そんな機甲電人ですらも、我々人間の心ひとつで、誰かを支える『正義』に変えられる」
「……」
そんな彼の誤解を解きつつ、その逞しい両肩に細い手を乗せる老人は――徐々に真剣な面持ちへと変わり始めていた。
彼の「変化」にただならぬものを感じた教え子は、ようやくその「真意」に辿り着こうとしている。
「……そして君には、それを実現し得る可能性が満ち溢れているんだ。手を貸してくれないか、
――やがて、この発言から僅か5年後。無口な教え子と共に、ある研究に打ち込んでいた彼は。
既にその身を蝕んでいた病魔によって――この世を去っている。
それから更に、しばらくの月日が流れた2121年の
だが。
科学が生んだその悪魔に、敢然と立ち向かう者
◇
「手は貸せないってどういうことよ! あんた探偵でしょ!?」
新宿の片隅にひっそりと建つ、
均整の取れたプロポーションと、艶やかなロングヘア。そして透き通るような柔肌からは、清楚な気品を漂わせているが――そんな優美な外見に反して、眉を吊り上げたその表情は、勇ましさに満ち溢れている。
「そりゃ、俺達ゃ殺し屋じゃないからね。復讐は結構だが、殺人に手は貸せないよ。なぁ、ロブ」
『ピポパ』
だが、彼女の罵声を浴びても私立探偵――
艶やかな黒髪や端正な顔立ちとは裏腹に、軽薄な印象を与えている彼は――だらしない表情で、デスクに頬杖をついている。
彼の傍らで
「……ッ! もういい、あんたみたいなチャラ男になんか頼まない! 父さんの仇は、あたしが討つ!」
そんな彼らに業を煮やし、今回の「依頼人」である美女――
「……全く。父親の仇を探したい、って依頼まで断った覚えはないんだがなぁ。行くか? ロブ」
『ピポ!』
彼女の背を見送った後。竜吾はファー付きの黒い革ジャンを羽織ると、
一瞬のうちに鋭い貌に変わった彼が、素早くシートに跨ったのは――その直後であった。
◇
「フフ、いい格好だな篁紗香。そんなに父の仇が討ちたかったのか」
「く、うぅッ……!」
――22世紀の新宿を根城にしている、国際犯罪組織「
彼の娘である紗香もまた、空手3段の腕前を持つ実力者であり。その技を武器に、父の仇を討つ道を選んだのだが――今となっては囚われの身。彼女は東京の港にある、とある薄暗い倉庫の中で鎖に繋がれていた。
それでも彼女は気丈に、鋭い眼差しで諸悪の根源を射抜いているのだが。大勢の部下を従える、でっぷりと肥えた醜悪な男は――葉巻を咥えたまま、厭らしい笑みを浮かべている。
「ボス、この女どうします?」
「1ヶ月前に、
「きゃあっ!」
そして、為す術もなく。組織のボスに服を破かれ、あられもない姿にされてしまった。
きめ細やかな柔肌と扇情的な赤い下着が露わにされ、恥じらう彼女の肢体に――獣欲に滾る周りの男達が、喉を鳴らす。
「そりゃあいい……見たところ、上から98、57、89のJカップってとこですなぁ。こんな上玉、なかなかお目に掛かれませんぜ。しかも
「どうでしょう、ボス。売り出す前に、俺らでちょっとばかし
「頼んますぜボス! 俺らもう、見てるだけで発狂しちまいそうだ!」
「ふっ……
「イィヤッホォオォウ!」
「さすがボスゥッ! 話が分かるぜェッ!」
「こ、のっ……勝手なことばかりっ!」
――その時だった。
「……お楽しみのところ、失礼するぜ?」
「……! あ、あんた……!?」
「依頼人の都合なんて知ったこっちゃない……が、死なれたら報酬もクソもないだろう? 乗りかかった船なら、泥舟でも付き合うのが探偵って生き物だ」
メタリックブルーのオートバイに跨る美青年が、5月の夜風を浴びて――B.Sの面々の前に、颯爽と駆けつけて来たのだ。
一度は拒絶した探偵の登場に、紗香は思わず涙ぐむ。どれほど気丈に振舞っていても――やはり、不安だったのだ。
長い脚を
「貴様……噂の私立探偵か」
「そそ、よくご存知で。あーでも、こうして直にお会いするのは初めてになるのかな? 俺は火弾竜吾。24歳独身で、
「そんなことはどうでもいい! なぜここが分かった!?」
「なぜって……あ、ごめん火ィ持ってない? 実はライター家に忘れちゃって――」
一方。ボスは探偵を黙らせようと、問答無用で
だが、煙草を咥えた青年は軽く首を捻るだけでかわしてしまい――僅かに掠った光線により、煙草の先に火が付いただけであった。
「――そのライター、イカしてるね。どこのメーカー?」
「お前達、あの男を殺せ!」
「イエス、ボスッ! ……死ねクソ野郎がぁあぁ!」
彼の挑発的な態度に怒り、ボスは部下達を差し向けて来る。その中には、AIによる自律機動で戦う人型兵器――
鈍色の装甲で全身を固める、体長260cmの鉄人が。赤く発光する眼差しでこちらを射抜き、地響きを立てて猛進して来る。
しかもそれは、ロールアウトされて間もない最新式。先進国の軍や警察で運用され、テロリスト達からは「
「しょうがねぇなぁ……ロブ、話し合う気にさせてやろうぜ」
『ポピ!』
……が。探偵こと火弾竜吾は余裕を崩さず、傍らのロブに声を掛けながら、変身ベルト「コネクター」のバックルに内蔵されたスイッチを押した。
「――
そして、竜吾の表情が剣呑なものへと一変し。彼らの真価を発揮する
バイクだったロブの
やがてバックルを「座標」の中心として、集結して行く超合金の群れが――主人の身を守る、堅牢な鎧となった。
「ぐぎゃあぁッ!?」
「がはぁあぁッ!?」
「……あんたら、ちゃんと保険入ってんの? 治療費なんて出してやれねぇぞ、ウチも貧乏なんだから」
『ポピッピ!』
メタリックブルーの鉄人と化した竜吾は、黄色に輝く両眼で敵方を射抜き――AIには真似出来ない
銃弾の雨を浴びても擦り傷一つ付かない、超合金製のボディの前では――
「きゃっ……!?」
「悪いな。ウチの
「……その子、見る目あるじゃん。大正解よ、生憎だけどッ!」
その混戦の渦中。竜吾の指先から放たれた細い
両腕が自由になった紗香は、真紅の下着姿のままでありながら――恥じらいを捨て、近くにいた男達に鮮やかな回し蹴りを見舞った。
「ガハッ!?」
「こっ、この女――ごあぁッ!?」
「……残念。あたしは人質に使えるほど、便利じゃないの」
白く艶やかな脚から、爪先を伸ばすように放たれる――強烈な蹴りの嵐。そして、拳打の豪雨。
その洗礼を浴びる屈強な男達は、激しく髪を振り乱し、胸を揺らす彼女の前に悉く倒れ伏し――冷たく見下ろされていた。
『ゴォガァァアァアアーッ!』
「……今日は随分と機嫌が悪いな、ポーカーにでも負けたのか?」
一方。倒れた男達を無遠慮に蹴飛ばしながら、竜吾に襲い掛かる秘蔵っ子の機甲電人は――身長190cmの彼よりも遥かに大きな体躯を利用し、その圧倒的なパワーで殴り掛かってくる。
竜吾は右へ左へと何度も跳び、ひたすら回避に徹していた。
「奴のバイク……可変式の機甲電人か! ABG-06! なんとしても奴を叩き潰せッ!」
『ゴォガァァアァッ!』
「……ロブ。ほんの一瞬だけ、『
『ポピッ!』
第6世代という最新式の機甲電人なだけあって、ガタイに見合わないスピードで矢継ぎ早に拳打を放ってくる。もしまともに喰らえば、如何に超合金製ボディといえどもタダでは済まない。
――だがそれは、お互い様である。そして竜吾とロブには、二人三脚だからこそ。他のAIにはない、「機転」というシステムが備わっているのだ。
一度主人の身体から離れ、外骨格の部品からオートバイ形態に戻ったロブは、颯爽と飛び乗った竜吾と共に急発進する。その加速と質量にモノを言わせた体当たりで、機甲電人をよろめかせた彼らは――衝撃の反動を利用しながら、今度は逃げるようにターンし始めた。
「逃すなABG-06! ガトリングを使えッ!」
『ガゴォオォオッ!』
「――ご心配なく、すぐに帰って来るよ。ロブ!」
『パポピッ!』
そんな彼らを逃すまいと、機甲電人は胸に内蔵されていた
「ARMOR-CONNECT!」
その叫びが、倉庫内に響き渡る瞬間。最高速度に乗ったオートバイから、バックルのスイッチを押した竜吾が一気に跳び上がる。
刹那、ロブの車体の分解が始まり。バイクによる「助走」を得た彼の全身に、再び外骨格の部品が装着され――瞬時に「アーマーコネクト」が完了した。
そして、竜吾の指示に応じて――彼の左腕を防護していたロブの部品が、変形を開始する。
「――フンッ!」
『グゴォオォオッ!?』
肘の裏に展開されたジェットが火を噴き――その「推力」と「助走」を乗せた鉄拳が、敵の下顎に炸裂したのは。それから僅か、一瞬のことであった。
機甲電人であろうと、機体自体が人間を模しているのなら――「急所」も自ずと、人間のそれに近くなる。
人体における「頭脳」に相当するその部位を、下顎への衝撃を通して揺さぶられた鉄人は――火花を散らして、大きくよろめいてしまった。
「な、ななっ……なぜだ! なぜ最新式の機甲電人が、
「ご名答。
『ゴォッ! ガッ、ゴォガォオッ!』
そこへ追い討ちの如く――頭部に集中的な
自身の勝利を疑っていなかったB.Sのボスは、あんぐりと口を開けたせいで葉巻を落としてしまっている。
『ゴッガアァァ……ギ、ギギ、ギィィイイィ!』
「うわぁあ! や、やめろぉABG-06! 何をする!? 私は、私はお前のマスターなんだぞ!?」
「……自律機動ってのは便利なモンだが、一度バグるとこの有様だ。機械に全部押し付けてっと、今に足元掬われちまうぜ」
――AIのみによる完全な自律は、一度間違いが起きれば甚大な被害を呼びかねない。約20年前には、当時の新型旅客機がAIの誤作動によって某国へと墜落し、乗員乗客全員が死亡するという凄惨な事故が起きている。
そこで、AI技術が発達した22世紀ならではの危機を感じていた、ロボット工学の権威――
彼の元助手であり、亡き彼に代わり半機甲電人第1号「ロボルガー」こと「ロブ」のマスターとなった、火弾竜吾は今――博士の遺志を継ぎ、「正義の科学」を体現せんとしているのだ。
機甲電人犯罪に対抗し得る、貴重な戦力として。戦闘データの提供を条件に、警視庁からその存在と活動を黙認されている、神出鬼没のヒーローとして。
「ひ、ひぃっ!?」
「――ロブ。
『ポピポ!』
頭脳部の
「疲れただろう。お休み、06」
『ギギィィイィッ……ガアァアァアッ!』
「――
仮面の排気口が止まり、「熱光砲」を起動させる音声が入力された瞬間。
右腕から放出された最大火力の
本来は治安維持のために開発され、篁刑事のような正義の人を守るために運用されるはずだった、ABG-06。
B.Sに買収されたがために、このような末路を迎えてしまった彼の者は――竜吾の見送りを経て、爆炎の中へと消えて行く。
一個人の私立探偵による
「さぁて……どうする、依頼人。俺の仕事はここまでだぜ」
「ひ、ひぃい!? い、命だけはぁあ!」
「……」
部下の男達は簡単に倒され、頼みの綱だった機甲電人も破壊され。最後の1人となったB.Sのボスは、膝をついて命乞いを繰り返していた。
「……警察に、引き渡す。生きて罪を償わせるわ。私も、刑事の娘だから……」
「それがいい。……あんたが手を汚す程の価値もないしな」
『ポッピポパー!』
あくまで誰も死なせまいと戦っていた、竜吾とロブ。そんな彼らの背を見守っていたが故の、紗香の決断に――探偵は頬を緩め、マスターから離れてバイクに戻ったロブも、嬉しそうに車体を左右に振っている。
その様子を目にして、復讐に生き続けていた彼女は――ようやく、笑顔を取り戻したのだった。
◇
それから、約1ヶ月後。B.Sの壊滅により、新宿の治安は大幅に改善された。さらに組織の中枢が壊滅したことにより、世界各地の支部も連鎖的に崩壊しつつあり――B.Sの手が伸びていた各国の街にも、平穏が戻ろうとしている。
一度は大破したABG-06も現在では修理が完了し、本来の役割である警察用機甲電人として、都民の安全を守る任務に従事していた。
――かつては悪の手先であったとしても、「機械」である限り心ひとつで正義にもなれる。それは、火弾竜吾を導いた大紋博士の教えでもあった。
(竜吾もロブも、元気にしてるかな……)
その頃――篁紗香は溌剌とした笑顔で、菓子折りを手に火弾探偵事務所を訪ねていた。
元々、空手着を押し上げる程の圧倒的なプロポーションとその美貌から、「勝ち気で美人過ぎる空手部主将」として大学では有名人だった彼女だが――B.Sの事件を経て笑顔を取り戻してからは、より多くの男を魅了するようになっていた。
だが、「弱い男に興味は無い」と断じる彼女に言い寄る男達は、悉く撃沈しており。ミスコン優勝者さえ霞むほどの美女でありながら、未だに恋人がいないのだという。
そんな彼女が、今日という日のために練習して完成させた、手作りの菓子を手に。こうして
「ロブゥ! てんめ、また勝手に課金しやがったな!? ソシャゲにハマるAIって何なの!」
『ピポ〜……パピポピ』
「だってSSR出ないんだもん、じゃねー! 今月の生活費カツカツだったのにどうすんだよ!」
『ポピポ〜』
「だから貸してじゃねーっつの! これ俺の携帯なんですけど!」
――扉を開いた先に待っていたのは。日々の生活費に四苦八苦している、彼らの乱闘騒ぎであった。
「……」
そんな彼らの様子を目の当たりにして、なんとも言えない表情を浮かべる紗香は。そっと扉を閉じ、何事もなかったかのようにその場を後にする。
(……また今度にしよ)
新宿の空は今日も――平和な青空であった。
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