2.女騎士と女奴隷とバッティングセンター

 ある日。


「悪いな。わざわざ傘持ってきてもらって」

「いえいえ。ご主人様のためとあらば、このくらいのことは当然でございます」


 傘を差して右隣を歩く女奴隷ことクローラは、そう言ってニコリと笑う。

 バイトが終わって、さぁ早く帰ろうという時に俺は盛大な雨に見舞われた。

 店に置き傘もなく、バイト仲間も今日は非番ということで一緒に帰るという手も封じられていた。

 そんなわけで、通勤用の自転車はバイト先に置いておいておくことに。その代わりに家で留守番させていた同居人に傘を持って迎えに来てもらったというわけだ。


「おーい、マスター。私のことは無視かぁ?」


 どん、と肩をぶつけて自己主張してくるのは俺と一緒のビニル傘に入っていた女騎士リファだった。


「忘れてはいないだろうが、ここまで道案内をしたのはこの私だぞ。私がマスターの仕事場の場所を知っていたからこそ、こうして濡れずに帰れてるわけだ」

「はいはいわかってるよ。ありがとな、リファ」

「礼には及ばん! 私はマスターの自宅警備隊だからな」


 じゃあ留守番してろや、とツッコミたい。実際これはリファのおかげなので何も言えないけど。

 えっへん、と胸を張って誇らしげにする女騎士。それを見た女奴隷はクスクスと笑った。


「リファさん、ご主人様と一緒の傘に入れてすごく嬉しそう」

「なっ!」


 言われた途端に当人は顔を紅潮させて取り繕う。


「ち、ちちち違うぞ! こうなったのはたまたま家に傘が二本しかなかったからであって、決してマスターと相合傘がしたかったわけでは……」

「でも最初リファさんは、迎えには一人で行こうとしていましたのに、傘を一本しか持っていこうとしませんでした? 普通なら自分用とご主人様用に用意なさるはずでは?」

「っ! それは、その……えっと、そう! もう一本は実は穴が空いていたのを思い出してな! それでは使い物にならんから、仕方なく――」

「その穴の空いた傘を今私が使っているわけですけども。おかしいですねぇ、どこにもそんなもの見当たらないのですが」

「うぐぅ」

「やめとけクローラ。これ以上やるとリファの方に穴が空く」

「それもそうですね」


 俺の制止を受けて、クローラは容赦ない問い詰めマシンガン掃射を中止した。

 にしても雨強いなぁ。台風並みの威力がありそうだ。

 さっきから互いの声も雨音にかき消されそうで、結構叫び声に近いレベルで会話してる。



 ビュゴォォォォォォ!! 


「きゃっ」

「うぉっ」


 あまりの風量に耐えきれず、俺とクローラの持っていた傘が嵐に持って行かれそうになる。

 俺はなんとか踏みとどまれたが、体力が弱いクローラは物見事によろけて倒れそうになる。


「あぶねっ!」


 すんでのところで彼女の手首を掴んでこちらに引き寄せる。


「大丈夫?」

「は、はいなんとか……あっ」


 気がつくと、さっきの拍子に手放してしまったのだろうか。クローラのビニル傘は吹き荒れる道をゴロゴロと転がっていった。


「も、申し訳ありません! すぐに取ってこないと!」

「いいよもう、多分使い物にならない」


 すでにその傘は風の強さで骨がひん曲がっており、ビニル部分も若干剥げていた。


「でも、このままでは……」

「いいからこっち入れ」


 俺はそう言ってこちらの傘に彼女を引き入れた。

 三人で一本を共有するというのは、流石にキツイし、あまり効果もなかった。

 段々と全員の服が吹き付ける雨水に濡れていく。

 こりゃあ落ち着くまでどっかで雨宿りした方がいいな。

 できればコンビニとかで追加の傘も購入したいところだが……周囲を見渡す限りそのようなものが存在する気配はなかった。

 ゴォォォォ!

 嵐は落ち着くどころか更に威力を増している。まずい、こっちの傘が壊れるのも時間の問題だ。

 もう次に目についた建物に入ることにしよう。


 で、その結果。


「ふぅ……なんとかなりましたね」

「まったくだ。あのまま歩いていたら、全員ずぶ濡れ。迎えに来た意味がなくなるところだった」 


 リファとクローラはそれぞれ雨水の染み付いた服を絞りながら言う。

 そしてベンチに腰掛けながら、俺達はホッと一息。

 二人は俺から渡されたタオル(バイト用にいつも数枚持ち歩いてる)で体を拭いたり、自分の武器を手入れしたりしている。

 リファはいつもの100均ソード。

 クローラは先日買ってやった大口径のモデルガン。

 女子が二人揃ってそんなもんを弄ってる絵面はシュールだが、本人達はそれをいたく気に入っているので俺は何も言わなかった。

 するとリファが着ていた猫耳パーカーのポケットから元素封入器エレメントを取り出した。

 ガラス部分は赤く発光しており、燃え盛る炎が可燃物も無い中で渦巻いている。


乾きの熱波ドライウィンド


 瞬間。

 金色のキャップから中の炎が意思を持ったかのように飛び出した。

 それは小さな火の玉となって、浮遊しながら彼女の周りをくまなく駆け回る。

 それだけで、湿った彼女の衣服や髪から水分が抜け落ちていくではないか。

 しばらくして火の玉が消えた頃。ぐっしょりだったはずのリファの猫耳パーカーとスカートは、パリパリに乾いていた。


「ふぅ、これでよし」


 さながら携帯乾燥機。便利なもんだね。


「リファさんも元素封入器エレメントをお持ちなのですね」


 その魔法を目の当たりにしていたクローラが、モデルガンを肩のホルスターに収納しながら言った。

 リファさん、も?


「まさかクローラも持ってるのか?」

「はい。これです」


 といって、彼女は自分の首についた鉄製の首枷を指差す。

 俺とは目を丸くした。


「それが!?」」

「ええ、リファさんのものに比べれば見劣りしますが」

「はぁ……」


 よくよく見ると、その枷には小さなガラス玉のようなものが一つ埋め込まれている。

 そして微かだが、青色の光を淡く放っているのが見て取れた。水の元素か。

 色々驚くことはあるけど、奴隷も元素封入器エレメントって所持できるのか。


「奴隷とはいえど、生活必需品だからな。所持を禁じられているわけではない。ないといろいろ不便なところもあるし」


 リファが腕を組んで説明し始めた。


「ただ色々制約もある。まず主の命がある場合を除き、所持できるのはその首枷型のもののみ。当然取り外せないから、キカイも動かせないし、買い物もできない」

「ほう」

「そして、いかなる用途であっても人間を対象にして使用することはできない。自分も含めてな」

「それって……」

「他殺、自殺防止用です」


 クローラが静かにその答えを言った。


「エレメントは生活のための支えとなりますが、用途次第で危険な武器にもなりえます。主に仕え、従うことが使命の奴隷に、そのようなものをなんの対策もなしに持たせるわけがありません」


 たしかにな。

 ってことはさっきのリファみたく、自分で自分を乾かすこともできないのか。


「不自由は多いですが、今はそこまで大きな問題ではございません」


 自分の胸に手を置いて、彼女は続ける。


「この世界に来てから、ここには非常に多くの便利なものがあることを知りました。そして、誰でもそれを使うことができる。今の私は、十分それで幸せでございます」


 ……。

 誰でも使えることが幸せ、か。

 身分制度って、難しいな。

 この世界の文化を教えるのが俺の役目だけど、こういうところも指導していかなくちゃ。    


「それでマスター。ここは一体?」


 リファは自分達がいるこの場所をキョロキョロと見渡す。

 そこは今俺達がいる待合スペースと、別の大きなスペースで構成された施設だった。

 両者はガラス張りの壁とドアで仕切られており、その向こうには緑色のライトに照らされた空間が広がっていた。 

 そして等間隔に張られた緑色のネット、そして床に転がっているのは野球のボール。


 バッティングセンター。


 八王子に数個あるうちの一番新しいところだ。実際に寄るのはこれが初めてだが。

 俺達の他には誰もいない。まぁ雨宿りでもなければ、大嵐の中こんなとこ来やしないもんな。


「バッティングセンターだ。一種の娯楽施設だよ」

「ばってぃんぐ、せんたー……でございますか」


 クローラはもちろんのこと、リファもいまいちピンとしないようなリアクションを返す。 


「どういうものかっていうと……まず――」

「飛んでくる球を棒で弾き返す。そんだけだし」


 ガコン!!

 と、謎の声と謎の音がほぼ同時にして、驚いた俺達は反射的に後ろを振り返った。

 するとそこには、カールのかかった髪が特徴的ないかにもチャラそうな女が。

 たった今自販機で購入したであろう缶ジュースを飲みながら、こっちを凝視している。

 その全身はずぶ濡れであり、着ていた白のカットソーは透けて中の派手な下着がほぼ丸見え。 

 水も滴るいい女(物理)

 俺は憎々しげに舌打ちしてそいつの名前を呼ぶ。


「いつからいたんだよ渚」

「いつからもいつまでもないっすよ。あたしの心と身体はいつだってセンパイの隣にいる。ただそれだけじゃないっすか」


 ただそれだけのことなら、どうして俺の身体はこうも全身で拒否反応を示しているんでしょうねぇ。不思議ですねぇ。


「ていうか」


 そこで渚は目を細めて俺のツレ達を睨みつけた。

 リファとは面識があるからいいとして、問題は隣のクローラである。


「なんか一匹増えてません?」

「増えてるな」

「うーん質問の仕方が悪かったっすかね? 今のはあたしが幻覚を見てるのかどうかの確認じゃなくて、平然とセンパイが連れているあの娘は一体どこの誰じゃって意味なんですけど?」 

「も、申し遅れました!」


 するといきなりクローラは立ち上がって彼女に深々と頭を下げた。  


「クローラ・クエリと申します。数日前からご主人様の奴隷としてお世話させていただいております。どうぞお見知りおきを」

「とゆーわけだ。クローラ、こいつは木村渚。ただのゴミだから今すぐ忘れて金輪際無視し続けろ」

「かしこまりましたご主人様」

「怒ればいいのか泣いたらいいのかナギちゃんよくわかんない」

「笑えばいいと思うよ」

「アヘ顔ダブルピースをご所望ならちゃんと犯してくれませんかねぇ」


 くそ、口を封じたつもりがまたボケられた。ツッコミの宿命からは逃れられない。


「ところでゴミさんはご主人様とはどういう関係なんですか?」

「まさかの呼び方ゴミで定着。悲しみのナギちゃん号泣直前スペシャル」

「うーん、他人以上友達未満の関係ってとこかな」

「やった他人じゃなかったー♪劇場版ナギちゃんボール:復活のN」


 復活の基準値ひっく。


「それでは、今後ともよろしくおねがいしますね。ゴミさん」

「生きてる人間をこうも笑顔でゴミ扱いする人とよろしくしたくはないなぁ」

「あ、それは失礼しました生ゴミさん」

「はて、ゴミから生ゴミになったことによる利点とは一体」

「デロリアンが動かせる」

「やったぜ。早速過去に飛んでやり直そう、センパイとのネバーエンディングストーリー」

「始まってもいないものを求めて遡っても、そこには虚無があるだけさ」

「ないものは作るしかない。さぁセンパイ、今すぐ二人の既成事実を作りにバックトゥザフューチャー」


 こいつは本当に耐久値高いなぁ。


 ○ 


「とゆーわけで、このままここでうだうだしてるのもアレなので、みんなで対戦勝負と洒落込みますか」


 またか。


「しょうぶ……ですか」 

「そ。せっかくバッティングセンターにいるんだからさ」


 渚は素振りをするジェスチャーをしながらそう言う。


「でも、生ゴミさんと私達が勝負する理由が見つからないのですが……」

「わかってないなぁ。この世界には目と目があったら勝負の合図っていう暗黙のルールがあんのよ」


 ポケモンの世界の住人はゲーム機の中にお帰りください。


「それにっ、あたしはまだリファっちに一回も勝ってない! 1回目は有耶無耶に、2回目はハンデありだけど負けた。このまま引き下がれるわけないでしょふつー」

「ならリファさんとだけでやればいいのでは?」

「そうしたいのは山々だけど、今回のあたしの相手はリファっちじゃねーのよ」

「といいますと?」


 ふふん、と渚は鼻を鳴らしてきょとんとしているリファのもとまで歩み寄ると、彼女の肩に手を置いた。


「あたしの今日の相手はセンパイ! そしてあたしはそのためにリファっちを味方につけることにしたし!」


 ……うわぁ。


「え? え?」


 事態が理解できてないリファは、俺達と渚を交互に見つめる。


「考えてもみりゃ、あたしが今までリファっちに勝負を挑んだ理由はいわば間接的にセンパイを負かすため。だったらもう直接本人と戦えばいーじゃんって話になるわけで」

「リファを引き入れる理由は?」

「長いものには巻かれろって言葉ご存知っすかセンパイ?」


 うっざ。


「二人がかりで俺に勝てるとでも?」

「人の話は最後まで聞いてくださいよ。あたしはリファっちと。センパイは……そこの娘と組んでください」


 と言って、彼女はクローラをびしっと指差した。


「わ、私……でございますか」

「そ。リファっちとあんたで、打ちっぱなしで勝負すんの。簡単でしょ」


 渚は自慢気に説明すると、俺に向き直って高らかに宣言する。


「手持ちは一匹ずつのデスマッチ。さぁセンパイ、いざ尋常にポケモンバトル!!」


 ゲーム脳は実在した。


 ○ 


 備え付けのヘルメットをかぶり、リファとクローラはそれぞれ打席に立つ。

 俺らはそれぞれのチームメンバーに簡単なレクチャーを施していた。

 クローラは完全初心者。リファも漫画で野球の存在は知っていたが、細かいルール等はさっぱりである。


「いいかクローラ。あの壁からボールが飛んできたら、この棒で打ち返す。それだけ考えてればいいから。わかった?」

「は、はい。わかりました……」


 そう答えてクローラはぎこちなくバットを構えた。


「いいリファっち。マンダのりゅうせいぐんは強い。それだけ考えてればいいから。わかった?」  

「うむ、心得た」


 いつまで厨ポケ狩りの世界に浸ってんだよバカども。


 対戦ルールは10球1セットマッチ。

 ゴロ、フライ、ホームラン問わず打てれば1点。

 最終的に点数の多い方の勝ち。同点の場合はもう一セット追加。

 アバウトすぎる採点方法だが、二人にとっちゃバットに当てるだけでも精一杯だからこれでいいのだ。


 まず一球目。

 壁のディスプレイに映し出された野球選手がおおきく振りかぶって、投げる。

 それと同じタイミングで穴からボールが射出される。


「ふんす!」

「ひっ」


 リファは掛け声とともにスイング。

 クローラは目を固く閉じて一歩後ずさるのみ。

 しかしどちらも結果は同じ、ボールは後ろのネットに直撃した。

 ストライク。

 一番遅い80km/hコースではあるが、体感難易度は相当高そうだ。 


「むむ、意外と速いな……」

「……」


 二人は若干ビビりながらも、再び構えを取る。 


 二球目。


「とりゃ」

「え、えい」 


 今度は二人共振った。

 だが空振り。2ストライク。


「こーらーリファっち~! ボールをよく見るんだよボールを! それでもエリート受講生か~!?」


 エリートでもねぇし受講生でもねぇよ。


 三球目。


「はぁっ!」

「むんっ!」


 振り方だけは様になってきたみたいだが、相変わらず判定はスカ。

 クローラは勢い余ってその場でぐるぐる回転する始末。


「うぇ~目が回る~」

「チャンスだよリファっち! 相手がこんらん状態になってる! 今ならホームラン打てるよ!」


 それで打率が上がるんならプロ野球選手なんかこの世に必要ねぇんだよ。 


 四球目。

 カキン。

 と音がして、クローラのバットが硬球を弾き返した。

 どうってことないサードゴロだが、1点は1点だ。

 対してリファは再び空振り。これでようやく勝負に動きが出た。


「あれ、わたし……」


 意識を取り戻したクローラは、自分がリードしたということもあまり理解できていない様子。 


「そんな~! こんらんしてるならなんでわけもわからず自分を攻撃しないの~!」


 混乱してるのはオメーだアホ。


 五球目。

 カンッ!

 と小気味よい音とともに、今度はリファのバットが快挙を上げた。

 そこそこのスピードで、横脇のネットに命中。あの角度なら間違いなくファールだが、これも1点。


「っしゃらぁ! リファっちやるぅ~!」

「……ふむ、こんなものか」


 超絶ハイテンションで舞い踊る渚とは対象的に、女騎士は冷めたリアクション。


 勝負も半分を終え、現在の点数は1対1。


 六球目、七球目、八球目と相変わらず二人のバットはかすりもしない。

 その全く盛り上がらないバトルに、次第に渚も不満げになってきた。


「んー。なんかつまんないこの試合ー。どっちも激弱だし、点差もないし」

「言いたい放題だなオメー」

「センパイはなんとも思わないんすか~? あんな全然やる気のない勝負で」


 俺はため息を吐いて、ガラス戸越しに二人を見る。

 両者とも戦ってるというよりは、ただ与えられた仕事を淡々とこなしてるだけにしか見えない。

 本当なら初めての打ちっぱなしということで、普通に楽しんでもらうはずだった。

 だが余計な勝負事に巻き込まれたせいでこうなってることは明白。


「じゃあオメーは理由もなしに誰かに戦えって言われたら素直に戦えんのか?」

「え?」

「その理由が自分には全く関係ないことだったらなおさらだ。俺だったらぶちキレてすぐにでも棄権するね」

「……」


 ワイヤードの民の掟。

 それは確固たる自分の意志を持つこと。奴隷でも軍人でも変わらない。

 ただ単に周囲の意見に流され、個々の考えを抑圧してはならない。

 こう聞くと、一見身分制度がある国の在り方と矛盾してるように感じるだろう。

 でもこれは、位が高い=偉いから下の者を虐げてもいい、ということではない。

 身分の高い者は、その分下の者の意見に耳を傾け、汲み取らなければならない。いわば管理者のようなもの。

 クローラの元素封入器エレメントがいい例だ。

 制約とか言ってたけど、普通だったらそれ以前にそんなもん持たせないぜ?

 だけど「生活に不便が生じるといけないから」と所持自体は許可を出し、でも悪用されないようきちんと制御はしておく。

 そんなふうに帝国は、限りなく民主主義に近い帝政を敷いてきたのだ。でなければ、とっくに国は破綻していただろう。

 革命。クーデター。デモ。

 現実世界でも、そういった上部からの弾圧に耐えかねた市民が反発を起こす事件はよく起きる。

 リファは帝国のために、クローラは前の主人のために。

 今までそうやって己の責務を果たしてこれたのは、多かれ少なかれ自分の意見が通っていたから。完全なる国家や主の駒や人形ではなかったからだろう。

 では、今の構図はどうだ。

 渚のわがままと独断で勝手に代わりに戦わされ、いいように扱われてる。まぁ止めなかった俺が責められたことじゃないけど。

 最初にクローラが言ってたとおり、今の二人には戦う理由がない。

 でも誰かに言われたからなんとなくやってる。否応なしにやらされてる。

 そんな受け身で、楽しめるわけねーだろ。

 楽しんでるのはいつだって、俺達みてーな使役する側だ。

 自分は手を下さず、俯瞰していればいい。いいご身分だ。


「なんかセンパイの話むずすぎて何言ってっかわかんなーい!」


 間延びした声で言って、渚はベンチにふんぞり返った。


「あたしはこの勝負に勝ってセンパイをあたしのものにしたい。所詮この世界を動かしてんのはそういうわがままでしょ。少なくともあたしはそういうもんに忠実な女です」

「だろーな」


 と、そんな応酬を交わしているうちにとうとうラスト十球目。

 点数は1対1のまま終わるのかどうか。

 リファもクローラも「これでやっと解放される」みたいな面持ちである。勝負の行方には微塵も興味がなさそうだ。

 二人共バットを構え、最後の一球に備える。


「センパイ」

「ん?」

「さっきのセンパイの話。たったひとつだけ納得いくとこはあったっすよ」

「何?」

「理由がないと前向きになれないってとこ」

「?」


 俺が小首をかしげていると、渚は突然立ち上がってリファとクローラに呼びかけた。


「おーい、ふたりともー!」

「?」

「はい?」


 こちら側を振り返った女騎士と女奴隷に対して、渚はさらっととんでもないことを口走った。


「勝った方にセンパイがご褒美にちゅーしてくれるってさ!」 


 カッッ!!!

 とそこで二人の目の色が激変した。

 今までは濁った水たまりのようだったのが、今は獲物を狙う猛禽類のそれ。

 それだけならまだよかった。

 でもそいつらは勢いに任せて余計なことまでやっちゃった。


「「元素付与エンチャント」」 


 リファは腰の剣を、クローラはホルスターの銃をそれぞれ引き抜き、そう静かに呟く。

 瞬間。

 リファのポケットにつっこまれていた元素封入器エレメントからは真紅の炎が溢れ出し、クローラの首枷からは大粒の水玉が一つ飛び出す。

 炎はリファの剣にまとわりつき、すっぽりと覆ってしまう。

 反対に水玉は、モデルガンの中に染み込むように吸い込まれて見えなくなった。

 準備完了、とばかりに奴らは口元を歪めて、向かってくるボールを睨みつけた。

 そして、構える。

 構えるものはバットではなかったが。


紅刃裂斬クリムゾンスラッシュ!!」

紺碧の礫アビスショット!!」


 リファはその炎の剣を、ボールに向けて高速で振り下ろす。

 クローラはボールに狙いを定め、トリガーを連続で引く。

 凄まじい爆音と衝撃がバッティングセンター内に広がった。

 炎の剣から放たれたファイアウォール。

 モデルガンから発射された無数の水でできた弾丸。

 それらは確かに向かってくるボールを打ち返し……いや、「破壊」した。

 まぁそこまでなら……まぁいい。

 いや、よくないけどギリッギリまで譲歩はできる。ボール二個分弁償すればいいだけだしな。

 だけど、彼女らが生み出した結果は。そのラインを遥かに超えていた。


 バッティングマシン全台破壊。

 壁・床損傷。

 軽微な火事。

 照明全てショート、及びそれによる漏電。


「……」

「……」


 唖然とする俺と渚。

 何も言わない、言えない、言いたくない。

 いやー、やっちまったなぁ! 

 どうすんのこれ? どう収拾つけんの? 勝負どころじゃねぇよなこれ。

 ここからどう話展開すんだよ? 

 渚にエレメントについて延々と釈明すんの? 

 それとも経営者に謝罪するシーン長々と描写? 

 誰 が 望 む ん だ よ そ ん な も ん !

 落ち着いて考えろ、こういう時は強引に話を終わらすしかない。

 そうすりゃ次回は全部なかったことになった状態で始まる。小説って便利。

 何かきれいにオチを付ける方法ないか? 何か……。

 この状況を、終了させる……何か!

 ……よし!


「センパイ」


 ふいに隣の渚が話しかけてきた。

 何だよと問い返すと、彼女は脳天気な声で言った。


「突然なんですけど、ちょっとモノマネしてもいいっすか?」

「奇遇だな。俺も丁度やりたいと思ってたとこだ」

「へぇ、何やるんすか? 見せてくださいよ」

「いや、お前が先にやれよ」

「いやいや、ここはセンパイにお譲りしますよー」

「いやいやいや、お前言い出しっぺだろ」

「いやいやいやいや、年功序列ですよ~」

「いやいやいやいやいや、レディーファーストだろぉー」

「じゃあいっそのこと同時にやりましょう」

「そうしよう」


 そして二人揃って正面に向き直り、言った。



「元日本ハムファイターズのイースラー」



 きれいにオチた。

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