7.女奴隷と女王様
そんなこんなで、夕食を終えたところで時計を見てみると、もう九時を回ってた。
さぁ良い子はもうおねんねの時間だぞ、と言いたいところだが。まだまだ一日を終わらせるには早すぎる。
なんたって俺達ゃ若さ溢れるアラトゥエの者。お楽しみにはこれからだ。
で、その楽しい夜遊びには欠かせないものがある。これをなしに夜を明かすことなどできはしない。もちろん抜かりのない俺は、ちゃんと人数分購入してある。
俺はそれを台所から取ってくると、ちゃぶ台で待たせてある異世界人二人に放った。
「ほらよ」
「お?」
「ふゃっ?」
慌ててキャッチするリファとクローラは、受け取ったそれを目を細めて凝視した。
「お酒……?」
そう。宴の必需品。
大学生といったらやっぱ宅呑みでしょ。居酒屋で豪勢にやるのもいいけど、俺的にはこっちの方が非常に気に入ってる。コスパはいいし、すぐに寝られるし。いいことづくめだ。この家ではリファと二人で極稀にやる。
そして、今日は新居者であるクローラの歓迎会がてらパーっといこうぜ、ってわけ。
「……これが異世界の、お酒……」
「ああ、これは缶っていう容器。開け方は今説明するけど……その前に、クローラってお酒飲める?」
一応彼女は戸籍上では二十歳になってるからまぁ法的に問題はないだろうけど、体質的にどうかはわからない。
「の、のめる……とは?」
「や、だからその弱いタイプじゃないのかどうかっていう」
「弱い……苦手かどうかということでしょうか。でしたら……あまり」
やっぱりか、まぁ見た目からして強そうじゃないもんな。
などと思っていると、目を伏せつつクローラは正座した膝の上に缶を置いた。
「その、酔っ払った方は……なんというか、すごく怖くて……」
……え、そっちの意味?
「怒っている方とか機嫌が悪い方は、こちらの出方次第で矛を収めてくださいますが……逆にそういった方達は何を言っても聞く耳をお持ちでないです。そのおかげでこれまで何度も叩かれてきて……」
「……ご、ごめん」
俺は反射的に謝った。
酒の危険性。そんなものは数多く語られてきている。人の理性を狂わせ、正気を失わせてしまう、悪魔の飲み物。大袈裟な例えに聞こえるかもだが別に間違ったことじゃない。酔っ払いがこれまでどれだけ多くの事件を起こし、どれだけの迷惑をかけてきたと思っているのか。
「そんな、謝らないでくださいませご主人様!」」
クローラは瞬時に慌ててそう弁明し、額を床につけた。
「むしろ私の方こそ申し訳ありません。そんな方達とご主人様を同類とみなすような発言をしてしまうなど……無礼極まりない愚行でございました」
「……もしかして、前の主人にも?」
俺が訊くと、彼女は土下座したまま震え声で「はい」と答えた。
「すごくお酒が好きな方だったようで……暇さえあれば昼夜を問わず飲んでおいででした。そんな時に私を見ると、決まってあれこれ理由を作って……」
「わかった、もういいよ」
やっちまった、と思った。せっかく楽しい宴会にしようと思ったが、しょっぱなから彼女の辛い過去を抉る結果になってしまうとは……。奴隷という立場から、そういうことがあったのかもと考えることくらいできただろ俺……。
ズキリ、とまるで自分のことのように胸が痛む。気持ちはよく分かる。悪質な酔っぱらいを見たら誰だってそうなるさ。ましてや直接被害を受けていたとなればなおさらだ。
とにかく俺は今のクローラに少なからず共感していた。
なぜなら……。
「なぜそこで私を見る?」
ジト目で睨み返してくる女騎士様。
お忘れだろうか、実は彼女も酒を飲むと狼男のごとく豹変する化物である。
彼女がここに転生してきて初日、今みたいに歓迎会と称して酒盛りをやった。
結果。こいつのただでさえ図々しく傲慢な態度が更に悪化した「最強最悪の王」が誕生してしまう。その邪智暴虐っぷりに振り回された俺は、二度と同じ過ちを繰り返さぬことを誓った。
こいつの変貌の条件を研究し続けて早十年(嘘)。呑ませていい量、及びアルコール度数は完全に見極められるようになった。おかげで毎回慎ましくも楽しく飲み交わしている。
「まぁでも、酒も悪いことばかりじゃないさ」
俺はつまみのお菓子類をちゃぶ台に並べつつ言った。
「お前が言ったような例はあくまで『飲みすぎた』場合だ。確かに大量にガブガブやったら、お前が見てきたような暴力的になる奴もいる。もしくは内臓がお釈迦になって予防どころか病気の原因にもなったりもするし、ひどけりゃ最悪死に至るケースもある。でも、節度をわきまえれば色々なメリットが見えてくるよ」
「そう、なのですか……。私自身は、飲んだことがないのでよくわかりません……」
やっぱり、自身が経験したことはなかったか。ってことはこれが初飲酒ってことになるのね。
アル中ばかりに囲まれてた人間に、お酒のいいところを説明する。うーん、ちょっと難易度は高いかもなぁ。
「例えば、お酒って血行を良くしたり、色んな病気を予防する効果があるんだって。酒は百薬の長って言葉もあるくらいだし。むしろ全く飲まない人よりも毎日飲んでる人の方が長生きするっていう統計結果も出てるんだ」
「そんな効能が……私には、ただ様子がおかしくなってしまうだけのものだと思っていたのですが……」
「うん。楽しく程々に、って言葉もあるんだけど……要は悪酔いしない程度に自分できちんとコントロールしろよって意味だ。それさえできれば大丈夫だよ」
「……」
言ってもクローラは好意的な返事を返さない。やっぱりまだマイナスイメージが払拭しきれないようだ。ここまで根強く酒に対しての忌避感を植え付けたワイヤードの酒呑みどもの罪は重い。
「それに、酒のいいところは別に健康にいいってだけじゃないぞ」
「?」
「酒で気分が高まれば、会話も盛り上がるし、場の空気も弾む。そんな楽しい雰囲気を作り出せる。そうすれば、他の人と距離を縮められるかもしれない。だから今日みんなでやろうって思ったんだ」
「もしかして……私のために?」
問いかけてきた彼女に俺は笑って頷いた。
「今日一日過ごしてみて、なんかまだイマイチお互いに馴染めてない感じがしたからさ。無礼講っていうわけじゃないけど、隔たりを無くすっつーか? 酒の席だったら、身分とか関係なく接することができるかな……って」
「……ご主人様」
こっちの意向が理解してもらえたのか、先程までの暗い感じから一転。目をうるうるさせて、笑顔とも泣き顔ともとれるような表情になった。
「私……馬鹿みたい……。ご主人様のご厚意だとは知らずに……変なことばかり言って……」
「泣くなって。別に気にしてないよ」
そう言って頭を撫でていると、ふいに面を上げた彼女と目が合う。涙ぐむクローラの表情を見て、俺は思わず唾を飲み下した。
まともな思考ができなくなる。頭の中が彼女で支配されていく。まさにそれは酒よりも強い濃密な魅力。
再びそのままいい感じのムードに突入。意識せずに両者ゆっくりと距離を詰めていく。縮まるたびに速くなる鼓動。聞こえてくる息遣い。瞬き一つせずに、じっとお互いから視線を離さない。
「クローラ……」
「ご主人様……」
と、同時に名前を呼びあったところで。
ヴァリヴォリヴァリ!
という露骨で場違いな音が聞こえてきた。
「私の存在はそんなに薄いかぁ?」
こちらを睨みつけているちゃぶ台の向こうのリファさんは、そう間延びした声で言いながらせんべいを貪り食っておいででしたとさ。
我に返った俺達はささっと、さっきまでの距離にまで戻った。
「それとも、私を楽しませるためにこんな即興劇を演じているのだとしたら、白け具合にも程が有るぞ」
そりゃ俺達役者じゃないしキミを楽しませるつもりでもないですしおすし。
「とにかく、やるならさっさと始めないか? 酒がぬるくなるぞ」
「お、おう。そうだな」
色々あったけど、とりあえず一件落着。ここからは飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。楽しくいこうじゃありませんか。
というわけでいよいよ宴会の幕開けだ。
ちなみに、全員アルコール度数3%のチューハイ一本ずつ。みみっちいとか言ってくれるな。これくらいでちょうどいいんだよ。逆にこれ以上やると、さっきも言った通り悪夢になるから。マジで。
初めてのクローラには缶の開け方を懇切丁寧に教えてあげ、準備が整ったところで……。
新たな同居人の入居を祝して――。
「「かんぱーい」」
「……か、んぱい?」
がっちゃん、と缶をぶつけ合う俺達に、戸惑いながらも自分の分のを小さく掲げるクローラ。
そして俺とリファは一気に、クローラはちょっとだけ、各々の酒を
「ぶはー」
「ふぅ」
「……」
そして一息。
シュワッとはじける炭酸。でものどごしスッキリ。そしてフルーティーな後味。
いやーうまい。一本150円のワゴン売りされてたセール品だが、結構イケてんじゃん。
「ふむ、やはりこの世界の酒は飲みやすいな。あんまし強くないし」
リファが長めの息を吐きながらそう感想を漏らす。
ま、一番度数低いやつですからね。それにワイヤードでは彼女は果実酒を好んでいたらしいから、きっとそう言う意味でも好みに合うんだろう。
「……」
対して、缶に口をつけたまま微動だにしないクローラさん。どうやらちびちびと口に含んではちょっとずつ嚥下していってるらしい。
「クローラ? だいじょぶ?」
「ふゃ? あ、あの……先程節度をわきまえればと仰っていたので……」
キミには酒より言葉の捉え方の節度の方をもうちょいわきまえてもらいたいですハイ。
「でも、私が適量値を越えて飲んでしまったらと思うと……ちょっと怖くて」
「まぁそんな過剰に心配することないんじゃないかな。この酒ってそんなにアルコール分ないから、半分くらいなら弱い人でも問題ないと思うよ」
「そ、そうなのですか」
「うん。それに遠慮しすぎるのも、返って空気が冷めちゃうって。せっかくの酒の席だし、ちょっとくらいは大胆になってもいいんじゃないかな」
「大胆に……」
そう言われたクローラは、飲み口の中の酒の海をしばらく見つめると、意を決したようにグイっと缶を傾けた。
喉を鳴らす音がかすかに聞こえると、クローラは口を離してぷはっと息を吐いた。結構な呑みっぷり。お見事。
小さく心の中で拍手をすると、彼女は胸のあたりを抑えながらこちらを見てはにかんだ。
「えへへ……こんな感じでしょうか?」
「ああ。こういうのも悪くないだろ?」
「はい。なんだか肩の荷が下りたというか、すこし気が楽になりました」
「そりゃよかった」
「それに……なんだか身体がポカポカしてきて……」
既にほろ酔い気分らしい。若干顔も赤くなってる。クローラもリファ同様そこまで強い方じゃないっぽい。この酒で正解だったな。
「ほら、つまみもあるし。どんどん食べなよ」
「あ、ありがとうございます」
勧められたポテチや柿ピーをクローラは遠慮なく取っては齧っていく。ちょっとはこの場の雰囲気に慣れてきたみたいだね。
そんな様子を俺とリファは微笑ましく見つめながら、ある意味それを酒の肴に楽しむのだった。
そして談笑を交えること数分後。
「えへへ~ごひゅじんさまぁ~♥」
マジでクローラは大胆になっていた。
俺の肩に頭をすりすりしながら猫なで声で甘えてくる。
いや身分の隔たりをなんとかしようぜって目的は達成できたっぽいけど、なんだよこれ。効果ありすぎんだろ。恐るべし酒の力。
「おさけっていいれすねぇ~。なんだかほんわかしてきて……からだがふわふわしてきて……すごくいいきぶんれす」
こっちによりかかりながら、サキイカをはむはむしつつ彼女はそう感想を述べる。だが俺の方はさっきから酒もつまみも喉を通らない。ていうか手も足も出ないからそもそも口に持っていけない。女の子にここまですり寄られた経験なんて殆ど無いから、俺は少なからず動揺してしまっていたのである。
でも、それ以上に気が気じゃないのがもう一名。
「な、なななななな……なにをやっとるか貴様ぁ!」
顔を真赤にして猛抗議。その赤みは酒のせいなのか、それとも怒りのせいか、はたまた両方か。
鼻息荒くして、缶を乱暴にちゃぶ台の上に叩きつけた彼女は、お腰につけた100均ソードの柄に手をかけて威嚇。
「奴隷の分際でマスターにそんなベタベタとうらやm――無礼な真似を! 今すぐ離れんと、この剣の錆にしてくれるぞ!」
おお怖。せっかくさっきまで仲良さそうな雰囲気出してたのに、早くも大戦争おっぱじまっちゃいそうだよ。まったく、これじゃあクローラもまた萎縮しちまうだろー。
「わぁこわぁいですぅー。たすけてごしゅじんひゃまぁ」
萎縮どころかめちゃくちゃ伸びてやんの。何このメンタル軟体動物。全然動じてねぇよ。むしろ楽しんでるよ。まるで動物園の猛獣見てはしゃいでる子供だよ。クローラちゃん気づいて、その動物園檻ないんだよ。
ぎゅーっと俺の首に手を回してますます密着してくる女奴隷。無邪気で可愛らしい仕草だが、今の状況下でそれは肉食獣の前で素っ裸になって、自分に塩と胡椒をまぶす行為に等しい。
リファは今にも斬りかかりそうな勢いで鼻息を荒くし、唸り声を上げている。
「ぐるるるるる……」
「ま、まぁまぁまぁ落ち着けリファ! クローラは悪くないよ。全部酒のせいだからさ、な!」
「うるさい! 酒に全部責任転嫁して済むなら、この世に罪という言葉は存在しないッ!!」
お前それ初日の飲みん時の自分に同じこと言ってこい今すぐ。時をかける少女になってサマーウォーズの後始末した俺に土下座しろやオラァン。
「そーですよリファさん。クローラはただ大胆になれ、っていうごひゅじんさまの命令にちゅーじつにしたがってるだけれふ」
「ダニィ!?」
「そのわたしを斬ることは、すなわちごひゅひんさまの命に背くも同義……ちゅーぎを尽くすのが義務の騎士が、それを自ら反故になさるおつもりなんれふかぁ?」
煽るねぇキミ。もともと天然っぽいキャラしてたけど、そこに挑発スキルが加わってぶりっ子毒舌キャラが誕生するとは誰か想像しただろうか。
だが言ってることには一定の筋が通っているためか、リファも頭ごなしに否定することはできず、抜刀もしなかった。
「だ、だが……私はこの自宅の警備隊で……秩序を守るためにそういう真似は……うぅ~」
いろいろ言い訳を見つけようとして頭がショートしかけてるっぽい。目をぐるぐるさせて頭からは煙が出てきた。ダメだこりゃ、もう再起不能だな。
そんな様子を尻目に、酔ったクローラはますます俺にラブリーなハグをしてくると甘い声で囁いてくる。
「ごひゅじんさまぁ~。クローラうるさいハエをおっぱらいました~。ほめてほめて~」
う る さ い ハ エ。
ハエってお前……ハエって……。
……なんか、妙にしっくり来るな。――じゃなくて!
なんなんさっきからそのテンション。チューハイ一缶でここまで人間性変わるもんなん? それともただ化けの皮が剥がれただけちゃうんか? これがこの娘の本性とかそーゆーオチ?
俺が若干引いていると、まとわりついてくる彼女はほっぺたをプクーっと膨らませた。
「む~。何でごしゅじんさまそんなに嫌そうな顔してるんれふかぁ?」
「いや、これはその――」
「ふん、やっぱりごしゅじんさまはクローラのことなんかきらいなんですね」
ぷいっ、とわざとらしく顔を背けていじけちゃったクローラさん。
「どーせ私はなにをしたって感謝されない奴隷なんでしょう。だからこんなに身を粉にして頑張ってるのに、ごしゅじんさまはなーんにも言ってくれないんだー」
面倒くさいという言葉の擬人化体かよオメーはよ。
さて、ここからどうご機嫌取ったもんか。こっちが色々気を利かせるのは手間そうだし、直接訊いた方が早い。
「悪かったよ。じゃあどうすれば機嫌直してくれる?」
「そーですねぇ……どーしましょーかねぇ」
勿体ぶるな、ゆらゆら体を揺らすな、ニヤケ顔を俺に向けるな、可愛すぎて砂糖吐きそうなんじゃボケ。
「じゃあクローラ、ごしゅひんひゃまにごほーびもらいたいれす」
「褒美だぁ?」
なんだ、何要求されちゃうの? 輝く
おっと、今頃になって俺にも酔いが回ってきたようだな、こりゃ失敬。
クローラはトロンとした瞳を俺に向けたまま、耳ともでその内容を打ち明ける。
「私ぃ……ごひゅじんさまのお酒がほしいれす」
あら、思ったより控えめなお願いだこと。まぁそれで気が収まんなら安い代償だ。
俺はまだ半分くらい残っている自分のチューハイを差し出した。
「ほらよ」
この後はクローラがそれを受け取って飲んでハイ終わり、という手はずだったのだが。だが! だがッッ!!
「あーん……」
彼女は目を閉じ、ベロを出して、両掌を口の下に添えている。
それはどこをどうとっても、手渡しされるのを待機している者の姿勢ではなかった。
お前……それはあかんやろ……あかんやろ。完全にアレ待ちのポーズじゃねーか。
しかも俺の持っているチューハイが、カルピスサワーというダブルコンボ。これを組み合わせてしまったが最後言い逃れは出来ない。どうするアイフル。
そんなふうに人生最大級の窮地に立たされている中、そのカオスな空間から俺を救った者がいた。
「ふんっ!」
リファが突然ちゃぶ台を乗り越えて俺達の間に割って入り、俺の手から缶をひったくったのである。一秒とかからぬ早業。俺はそれを目で追うことしかできなかった。
なんだ、何をするつもりだ? 自分で飲むつもりか? それとも握りつぶすか?
だが、答えはそのどちらでもなかった。
「せいやっ!!」
「ふぇ――? もがっ!!!」
思いっきりクローラの口にブチ込んだ。
頭を鷲掴みにして身動きを取れなくした上で、強制的に飲ませていく。
「んーっ! ンんッー!!!」
ジタバタとクローラは暴れるが、相当押さえつける力が強かったのかその拘束から逃れることは出来なかった。無駄な抵抗を続ける彼女を見ながら女騎士は高笑い。
「はーっはっはっは! 残念だったな! 貴様は『マスターの酒が欲しい』としか言ってない! つまり私がお前に飲ませてもいいということだ! ほぅら、存分に味わえ!」
さっきの仕返しとばかりに、すごいゲス顔で缶を傾けていく。それに比例してクローラの顔はどんどん青くなっていく。おいおい、いくらなんでもやりすぎじゃあないか。
完全に缶の中身を喉の奥に流し込まれた後、クローラは咳き込むこともなく、口の端から白くべたつく何かを垂らして仰向けにぶっ倒れた。文字通り、一泡吹かせられたってやつかな。
ピクリとも動かなくなった女奴隷を見下ろして、勝利した女騎士は誇らしげに大威張り。
「ふん、安易にマスターにねだりごとなどしたのが間違いだったな。調子に乗った罰だ阿呆め」
「お前なぁ……」
呆れながら俺は倒れたクローラの頬をペチペチと叩く。反応がない、どうやら気絶しちまったようだ。大丈夫かな……いくら軽めのやつとはいえ、お酒の一気飲みは命に関わるから軽視はできない。
しゃぁない、宴会はここで中断。介抱するとしますか。
俺は重たい腰を上げて、部屋の隅に畳んである布団(俺用)を敷こうとした。
瞬間。
ゴッッ!!!!
という鈍く強い衝撃が後頭部に走った。
気がついた時にはもう、俺は顔からフローリングに激突していた。鼻に、歯にヒビが入るかと思うほどの激痛が少し遅れてやってくる。
が、それに悶える前にさらなる追撃が。
「笑止千万」
背中にのしかかる重圧。背骨をゴリゴリと削られるかのような感覚。
誰かが俺を……踏みつけていた。
「このわたくしをここまでコケにするとは……いい度胸をしてますわね、あなた達」
「……へ?」
俺のものでも、リファのものでもない声は、そう不敵な口調で言った。
まさか……。
俺は自分に足を乗せている奴を、おずおずと見上げた。
そして思わず息を呑む。
「く、クローラ?」
そう。裸エプロン女奴隷クローラさんが、そこにいた。
唇の片端を吊り上げたその不気味な笑み。目はくせっ毛の前髪に隠れて見えない。だが、それだけで石になってしまいそうなその姿はまるでメデューサ。
その様子にはさすがのリファもビビってしまったようで、顔をこわばらせながら彼女は一歩後ずさった。
「ど、奴隷……貴様……何を……」
「奴隷……? あらあら、随分と無礼なことをほざく
グシャァ!! と彼女は持っていた缶を握りつぶした。相当強い握力であることは、芯だけになったリンゴのようになっていたそれを見れば明白だった。
「いいこと、よくお聞きなさい。愚かな愚民ども」
こいつ……まさか……。
俺の全身から冷や汗がドッと吹き出す。この感覚、間違いない……あの時……リファが覚醒した時と同じ……。
クローラは伏せていた顔をバッと上げると、高らかに宣言した。
「わたくしの名はクローラ・クエリ! 世界で最強の帝国、ワイヤードを統べる女王ですのよ!!」
悪酔いしやがった―――ッ!!!
王の次は女王かよ! 一体どうしてこうなった!? ってかさっきの甘えんぼでナチュラルに毒吐くのが酔い形態じゃなかったの!? まさかの二段進化って不意打ちにも程があるだろ!
「わたくしこそが全ての主……ワイヤードの全てを創り上げし、いわば神にも等しき存在……その私に歯向かおうなど片腹痛いですわ」
「な……」
「あなたたちはわたくしの世界に生きる者……ゆえにわたくしの所有物。そのことを自覚されてまして? わかったらさっさと
き、ひれ伏すのですわ!」
ダメだ、完全に性格変わってやがる。どう収拾つけるつもりだよこれ。とにかくこの足から逃げ出さないと……。
「ふんっ、ぎぎ……」
「あらあら、下民の分際で抗うと? ふふ、可愛らしいですわね」
ジタバタする俺を上から更に重圧を強くして、クローラは足をどかさずしゃがみこんで言ってきた。
「ねぇあなた……お肉はお好き?」
「はい?」
「わたくしは好きよ……特にあなたみたいなイキのいい狗はきっと美味なのでしょうねぇ」
「いやぁーボクはそんな美味しくないと思いまっせ」
「何を言ってらっしゃるの? 残飯か虫くらいしか食べてこられなかったわたくしにとっては、肉というだけで最高の馳走ですわよ」
ちょっと奴隷成分残ってるんですが女王陛下。
だがそんな彼女は舌なめずりをしながら、俺の耳たぶに指を這わせるとそっと撫でる。
「あら、この辺がすごく柔らかくて食べごたえがありそう……」
「まてまてまて! 話せば分かる!」
「あなたはわたくしの狗。主に身を差し出すのは当然。さぁ、焦らさないで早く頂戴……」
「ふざっけんなやめろバカ!」
「あなたに選択肢などなくってよ? それに……」
ぐいっと耳を引っ張り上げられ、俺は強制的にエビ反らしの状態にさせられた。耳と背中とでそれぞれ反対の方向に加わる力のおかげで、痛みと苦しさも二倍になる。
非常に心身ともにきつい状態のまま、クローラ女王は耳元に口を近づけて囁く。
「あなたをくれたら……ご褒美を差し上げますわ」
「ほ、ほーび?」
「ええ。さっきあんなに白くてベトつくモノをくださったんだもの。そのお返しの意味も込めて……」
お前記憶残ってんだろ! きっちり頭ん中に刻み込んでしかも自覚してるだろ! わかっててそのキャラ変してんだとしたら俺マジでキレるぞ! ガチギレ戦隊オコレンジャーだぞ!
とはいっても、こんな可愛い女の子から「ご褒美」なんて言われたら嫌でも下半身が反応しちゃうのが男ゆえの悲しい性。
「だからちょっとだけ、ちょっとだけね……」
耳元にかかる熱い吐息に、全身から力が抜けていく。
このままもう諦めて身を任せようとしたその時。
「ふ、ふざけるなーっ!」
救世主現る。我らが自宅警備隊、リファレンスさん。
さっきはクローラの論述にまるめこまれたが、今度は何があっても動じないぞという気迫で抜刀。その切っ先を女王様に向けた。
「今すぐマスターから離れろ。さもなくばこのワイヤード騎士団元兵長、リファレンスが斬る!」
という勇ましいお言葉。だが肝心の女王様はそれを歯牙にもかけない様子。ため息を吐いて、むしろ面倒くさいといったようなリアクション。
「次から次へと……この国もしばらく見ないうちに随分無礼な輩が増えましたわね……。揃いも揃って女王たるこのわたくしに楯突こうなどと……愚行の極みですわ」
「黙れっ! 私に女王も教室もない! 私が仕えるのはマスターただ一人だ!」
何この娘かっけぇ。やだもう最高、可愛い……。
「もう一度言うぞ……マスターから、離れろ!」
「こちらももう一度言わせてもらいますわ。あなた達はわたくしの狗……その身朽ち果てるまで献身するのが最大にして唯一の誉れなのです!」
「どうやら口で言っても無駄なようだな!」
リファは剣を両手で構え、姿勢を低くすると、こっちに踏み込んで突進してきた!
速い! これなら倒せるかもしれない! 対するクローラは何の防御態勢もとっていない。
俺はリファの勝利を確信し、小さくガッツポーズを決めた。
が。
「これ、お返ししますわ」
と、先程自身が握りつぶしたカルピスサワーの缶を、そっとリファに向けて放り投げた。
「ッ、小賢しい!」
小さな水滴を振りまきながら、くるくると宙を舞うそれを見ると、女騎士は瞬時にそれを剣で弾いた。
抵抗にもならない、むしろ抵抗と呼んでいいのかと迷うほどの行為。そんなことでリファの殺意も、動きも止まらない。
だが彼女、クローラ・クエリにとっては、たったそれだけでよかったのだ。
ほんの一瞬でも、リファの注意を逸らすことができれば。
缶を弾き飛ばしたことで、たしかにそこには僅かな隙が生じた。それをクローラは見逃さなかったどころか、千載一遇の好機とした。
リファに負けず劣らずの速度で接近し、懐に潜り込む。女騎士の方もワンテンポ遅れて気づいたものの、あまりにも遅すぎた。その一秒とかからぬラグは、生と死を分かつほどのとてつもなく大きな差だったのだ。
腰を落とし、右手を引っ込め、正確に狙いを定めると……。
「小賢しい真似でも、おつむの足りない方には効果てきめんでしてよ?」
掌底が、決まった。
鈍い音が響き、鳩尾にクローラの右手が抉りこむと、リファの身体はくの字に曲がった。
ふわっ、とその身体が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。
その全てを理解するのに、技を繰り出した本人以外、二秒は要した。
「ガハッ!?」
「リファ!?」
図らずも拘束から逃れられた俺は、急いで彼女の元へ走った。
マジかよオイ! 一瞬でやられるなんて。クローラ……肉体能力まで酔って変化しちまったっていうのか!
「こんなものですの……? 拍子抜けですわね」
女王は手を払いつつ、平然と勝利後の感想を述べる。まさにさきほど彼女が言った通り、うるさいハエを追っ払ったという動作だった。
「さぁ、邪魔もいなくなったことですし……早くあなたをくださいな……」
「くっ」
矛先が再び俺に向いてきた。どうしよう、このままじゃまずい! 俺でも勝ち目があるかどうか怪しいところだ。
何かないか……、あいつを止めるいい方法は……。
俺は頭脳をフル回転させて、打開策を模索する。
そして、導き出した。
たったひとつの冴えたやりかたを。
「勝利の法則は、決まった!」
俺は叫ぶと、目の前にあったちゃぶ台に手をかけ、盛大にひっくり返した。
ポテチが、せんべいが、さきイカが、津波のようにクローラに襲いかかる。だが彼女はバックステップでそれを難なく回避。足止めにすらなりゃしない。
だが、時間稼ぎにはなった。
「……まったく、もう少しマシな手は考えつかないものですの? ……あら?」
クローラがぼやきながら俺に視線を戻した時、彼女は眉をひそめた。
「な、なんですのその手に持っているものは?」
そう問われて俺は唇を吊り上げて笑った。
手に持っているもの。それは俺が今の一瞬で台所に直行し、戸棚に隠しておいたのを取ってきた秘密兵器だ。
瓶。
一言で言えばそれである。しかも二本。透明なものと、琥珀色のもの。
スピリタス。そしてラム。
どちらも言わずと知れた、90%以上という世界最大級のアルコール度数を持つ蒸留酒だ。
知り合いに差し入れとしてもらったが、度数が度数故に開けることのないままだった。まさかこんなところで使う機会が訪れるとはな。
「酒? まさかこのわたくしが今更そんなもので満足するとでも?」
「誰があんたに貢ぐなんて言ったよ」
「なんですって?」
その通り。何もこいつに渡して見逃してもらおうだなんてバカな策は考えちゃいない。
俺は壁にもたれかかって、苦悶の表情を浮かべているリファを足で蹴って起こす。
「リファ、起きろ」
「ん? ま、マスター?」
「まだお前は戦える、変身するんだ」
「へ? へんし……何?」
目を点にしてキョトンとするリファさん。
さてさて、こんなものを使って一体何をするつもりなんでしょうか。まぁすでに勘のいい読者はお気づきかもしれないが……。
俺は彼女の前にその瓶二本を突き出して迫る。
「これを飲め。それだけでいい。それだけでお前はあいつに勝てる」
「いや、これって酒ではないか? こんなものでどうやって?」
「うるせぇ! いいから飲むんだよ! スピリタスのラム割りだ、こいつがお前に力を与える! それ以外に俺達に生きる道はない!」
「わ、わけがわからんぞ! 割りじゃなくてむしろ乗算してるではないか! そんなの飲んだら色々と問題が――」
ああもうこの期に及んでごちゃごちゃと……! かくなる上はッ!
「もう猶予はねぇんだ! 無理矢理にでも飲ませる!」
「ちょちょちょ! 気でも触れたか!? 正気に戻ってくれマスター!」
「俺はいつだって正気だ! 大義のための犠牲となれリファレンス・ルマナ・ビューア!」
ボトルをフルフルと振り、蓋をねじ開け、俺は狼狽する女騎士の前にしゃがみ込む。
さぁ、実験を始めようか。
スピリタス! ラム!
ベストマッチ!
Are you ready!?
「ダメです!」
「できてるよ」
有無を言わせずリファの口に瓶を突っ込んで、一気に飲ませた!(※真似しないでください)
「ふご!? ふごおぉっ……おっ……」
抵抗しようとするも、さっきのクローラの一撃で参ってしまっていたため、そのまま世界最大級のアルコール度数を持つ液体を体内にブチ込まれることとなった。
「……かはっ」
ものの数秒で気絶。脛骨が折れたようにカックンとうなだれ、沈黙するリファ。
死んだか、と思われたが……。
実験は、成功した。
「がああああああああああああああああああ!」
そんな雄たけびと共に、真の王が復活した。
あの日……リファと初めて酒を飲んだ日に生まれ、やりたい放題やらかした王を!
これこそ俺の秘策。バケモンにはバケモンをぶつけんだよ。
祝え。全メーカーの力を受け継ぎ、度数を超え、麦とホップをしろしめす酒の王者。その名もリファレンス・ルマナ・ビューア。まさに生誕の瞬間である。
「ワイヤードを統べる真の王は、この我だぁ!」
「王……ですって?」
鼻息荒く、声高々に宣言する新たな王に、女王は顔をしかめる。
「何を言うかと思えば、片腹痛いですわ! 帝国に統制者など二人もいらない! 偽りの王など、今すぐこの場で消し去ってくれますわ」
そうだぁ……争え……もっと争え……そして二人共々仲良く滅び去れ……。
そんな心汚い想いを胸に、にらみ合う酔っぱらいを俺は見守った。
「王の許可なしに勝手に庶民を手篭めにしようなど愚の骨頂! そのような振る舞いは断じて許さん……」
握った拳を震わせながら、リファはカッと目を見開く。いいぞいいぞ。
「いやむしろ! この庶民はお前に渡さぁん! こいつはこの我のものだ!」
「人の狗を横取りしようとするとは……さすがのわたくしも堪忍袋の緒が切れましたわ。その狗はわたくしだけのものなのです!」
そ、そうだぁ……その調子で今すぐ戦え。
「ふん、貴様ごときに何が分かる……お前よりもずっと前から我はこいつを知っていた。その価値もわからんどこのものともしれぬ輩に、おいそれと渡せるものか!」
「わたくしの目を舐めていただいては困りますわね! ひと目見た瞬間から気づいておりましたとも、その狗はわたくしを満足させられる最高級品だと! そう、これはまさに一目惚れなのです!」
う、うん? あの、ちょっと?
「ほ、惚れって……ば、バカを言うな! こいつを想う気持ちは我の方がずっと上に決まっている! 我は王……寵愛の心なら誰にも負けん!」
「いいえ、私の方がずっと上でしてよ! きっとこの狗もわたくしのこの熱い想いを受けて、きっとよろこんでわたくしに身を捧げるはずですわ!」
「いいや、我の方だ!」
「わたくしです!」
……。
両者とも一触即発なのには間違いないのに……なんか流れおかしくね? 内容だけ言うなら普通の女の子の会話そのものなんですが。
どういうことだ、あの時の凄惨さとは違う。いつまでたっても戦争が始まらないぞ?
「ぐぬぬ~っ!」
「むむ~っ」
バチバチとお互いに火花を散らす。おっ、ようやく開始か? まったく前振り長いんだよ。ヒヤヒヤさせやがって。さぁさっさと相打ちして砕け散れ。そして俺に平穏をもたらすのだ……。
だが。現実は非情であるということを、俺は今宵改めて思い知らされることになる。
「……」
「……」
「ふっ、想う心は互いに同じ、ということか」
「……ですわね」
うん?
「争って台無しにしてしまうのはもったいない。お互いに彼を欲するのなら、いわば同士。憎み合う理由もないはずだ」
「そうですわね、なら共に
ガッシ。
と、あろうことか二人は握手。
そして宣言。
「「同盟を結ぼう」」
「なんでだよおおおおおおおおおおおおお!!!!」
禁断の帝国、ここに誕生。
話が違うじゃねぇか!? 元の計画の跡形もねぇよ!
何だよこれ! 相殺どころか仲間になるって急展開もここまでくると笑うしかねぇよ! 何で、何で尽く裏目に出るの? 俺が何したの? 一体俺が何したっての!?
「さて、では……」
「そろそろ……」
「はっ!?」
気がつくと、王と女王は揃ってこちらを向いている。そして舌なめずり。
まずいまずいまずい! この計画の失敗で、敵を減らすどころか逆に増やしてしまっている!
二対一、しかも両方じゃ流石に分が悪すぎる。逃げるか? いや、それも無理か……。
絶体絶命。まさかこんなことになるなんて……ついてねぇ……ついてねぇよ……。
「さぁ……我に身を委ねよ……」
「いまこそわたくしたちのものとなるのです……」
のっしのっしと近づいてくる猛獣二匹。あ、終わったこれ。完全に詰んだやつだわ。
こんなところで……短い人生終えるなんて……。
ガクガクと俺の膝が震える。歯もカチカチ言ってる。もはや俺は袋のネズミ。ただ食べられるのを待つ小動物、血を抜かれる前のニセアカギにすぎない。
いやだ、やめろ、死にたくない……。
シニタクナーイ!!!
○
「……はっ!?」
そこで目が覚めた俺はゆっくりと身を起こした。
……まさか、夢?
自分の身体を見たが、傷一つ無い。血を抜かれたり、乱暴を受けた形跡は全く無かった。
それを理解した俺はへなへなと脱力した。
まったく……とんでもねぇ悪夢だったぜ。なんであんなものを……。それにしてもどこまでが夢だったんだろ。飲み会初めて途中で寝ちゃったのかな? チューハイ一缶でそんなになるとも思えないけど。
まぁいいや、あれが現実でなかっただけありがたい。あのまま続いてたらどうなっていたことやら。
それに、悪夢は現実でいいことが起きる兆しとも言えるしな。とりあえず、一件落着っと。
俺は大きく伸びをして、腕をぐるぐる回す。
おっと、そういえばリファとクローラはどうしたのかな。俺は床で直に寝てたみたいだけど……もし俺が先に寝てたなら布団くらい敷いてくれてもいいのに。
と、思いながら、俺は改めて部屋の中をぐるりと見渡した。
そこには……。
いちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロ散らばったお菓子いちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロ寝てるリファいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロひっくりかえったちゃぶ台いちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロ寝てるクローラいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロいちめんのゲロ
……。
寝るか。
○
いや、寝ねぇよ? ていうか寝られねぇよ。
こんな大惨事ほったらかしたまま朝なんて迎えたくねぇよ。
大掃除、洗濯、寝てる二人の処理……やることが山程できた。
「くっそ、今日掃除したばっかだってのに……」
せっせと雑巾がけをしながら俺はぼやく。こんなことになるんなら正夢になった方がマシだったよ。
まぁほとんど俺の自業自得っちゃ自業自得だけど……釈然としねぇな。
二時間ほどかけてなんとかゲロとゴミの始末を終え、部屋に消臭剤を散布した後、汗まみれの服と悪臭漂う雑巾を洗濯機にブチ込んで一息。
あとは、布団敷いてこの二人を寝かせるだけか。
手を払いながら、俺はすやすやと寝息を立てる異世界転生コンビを眺めた。
リファはいつもどおりベッドで寝かせるとして、問題はクローラだよな。
今日の朝はいつの間にか俺の布団に潜り込んでたけど……今夜も、ていうかこれからはどうしたらいいんだろう。
もう一枚布団を買ってやろうにも、もうこの部屋には敷くスペースがない。必然的にどっちかと一緒に寝てもらうことになるわけだが……。俺はそこでちらっとリファに目を向けた。
こいつとは……無理かな。
両者の仲的な面もあるけど、なんたってリファは寝相が悪い。出会って初日のみ、一緒のベッドで寝たけど、そりゃもう凄まじい技の数々を食らったもんだ。それをクローラが受けたら……きっと怪我どころじゃすまないだろう。
「背に腹は代えられない、か」
ということで、ひとまず今夜は俺の布団にお招きすることにした。
それぞれを各々の寝床に配置し、やっと就寝の時間だ。
電気を消し、俺はクローラの隣に横たわって薄毛布をかぶった。
ったく、今日はいろいろありすぎた。
一日にどんだけ章使ってんだよって話だ。それぐらい濃密な時間だったってことだろう。やれやれ。
もう寝よ寝よ。寝て全て忘れてしまおう。
そう思って俺は半ばやけくそ気味に目を閉じた。
今度こそは、いい夢見られますように。そんな願いを込めて。
「……で」
……ん?
ふいに隣から声がした。時計の秒針の音にすら負けそうな、かすかな声。
空耳かな? と思ったが、やっぱり聞こえる。
「……ない、で」
ふと横を見ると、その声の主は、やはりというか、ぐっすり寝ているはずの女奴隷だった。
寝言かよ、と思ってほっとこうとした俺だったが、その寝顔を見て少し驚いた。
「……クローラ?」
彼女は……泣いていた。
カーテンから透けて差し込んでくるわずかな月明かりに照らされて、それははっきりと見て取れた。
小さな液体の粒が、彼女の顔筋をつたって下へと落ち、布団へと吸い込まれていく。
ど、どうしたんだ? なにがあったんだ? こいつも何か悪い夢を見ているのか?
「いか、ないで」
「え?」
「いかないで……」
行かないで。
今度はたしかにそう聞こえた。
そして気がつくと、クローラは俺の着ていた寝間着の裾を掴んでいた。
まるで離さない、離れたくないというように。
「いかないで……そばにいて……おねがい」
「……」
そうか。今夢を見ているんじゃないのか。
彼女は、最初から夢だと思いこんでるんだ。
今日、奴隷という悲惨な生活とは程遠い暮らしを目の当たりにしていた。これまでの彼女の言動からしてそれを現実として認識できていたのか。
答えは否。
幸せな生活に憧れるがゆえの夢と思っていた方が、十分しっくり来るのは彼女にとって自明の理だったんだ。
だからこうして、眠りについた時。次に目が冷めた時にはもとの辛い現実に引き戻されるのではないかと思った。
泣いているのは……それが理由か。
俺は一息つき、そっと腕を伸ばして。
彼女を抱きしめた。
優しく、それでいて、強く。
もう離さないよ、という思いを込めて。
「行かないよ……どこにも」
俺達はどんな時でも一緒だ。
どんな事があっても、俺はキミの傍にいる。
これから、ずっと。
そう彼女に、口には出さずに伝えた。
それは、自分自身に対して言い聞かせた意味もあった。
これは間違いなく現実なのだから。
間違いなく、明日は来る。
リファとクローラ、そして俺の新しい一日が始まるんだ。
それは明後日も、明々後日も、ずっと続く。
だからもう恐れないで。泣かないで。
だって俺達は……
そう思って、俺は再び目を閉じる。
明日もキミに会うために。
キミに、「おはよう」って言えるように。
あらためて同居人との生活するという自覚と決意を固めると、不安と期待を抱きながらもう一度目を閉じた。
ではでは、今日はこのへんで。
――おやすみなさい
そして。
額に頭突き5回。
胸板にパンチ8回。
腹部に膝蹴り13回。
上腕部に肘突き4回。
膝に踵蹴り6回。
以上の寝技をクローラ様からありがたく頂戴した。
結局床で寝た。
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